新型コロナウィルスの感染の拡大を受け、政府が非常事態宣言を出すなど、それ以前からもでしたが各大会やイベントの中止の決定が相次いでいます。

先の東京マラソン2020も、マラソンエリート及び車椅子エリートの部のみが開催され、一般参加者の出場は取り止められることが決定されましたが、その際に所定事由以外の事由による大会中止の場合には、参加料等の返金はしない旨規定されていたエントリー規約に基づき、参加料等の返金はなされないことが併せて発表されました。

さて、今回のように感染症の流行や天候等の理由でイベントが中止になる場合、参加者側の事情でキャンセルする場合のいずれであっても、既に支払われた参加費やチケット代の取扱いはしばしば問題となります。

 

消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項(消費者契約法9条)

解約時のいわゆる「キャンセル料」や、違約金を定める契約はよく見られますが、消費者と事業者との間の契約(消費者契約)においては、消費者契約法9条1号により、契約の解除に伴う損害賠償の額又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき「平均的な損害の額」を超える部分は無効とされます。

「平均的な損害の額」の範囲は、判例(最判平成18年11月27日民集60巻9号3437頁、最判平成18年12月22日集民222号721頁等)で考え方が示された一部の分野を除き、必ずしも自明ではありません。

 

「消費者契約法改正に向けた専門技術的側面の研究会報告書」(令和元年9月)※1 では、「平均的な損害の額」に関して争われた裁判例※2 を分析し、損害類型と具体的な損害項目を【図表 1】のように分類しています。

一方で、同報告書では、同種事業者が類似の役務を提供する場合であっても損害類型としては異なる分類となる裁判例が存在する事から、個別の契約がⅠ型~Ⅳ型のいかなる損害類型に該当するかについては、事業や役務の同種性・類似性からのみでは一義的に定まるものではないとも説明されています。

 

なお、「平均的な損害の額」の立証責任は、消費者側が負うと解されていますが、立証のために必要な資料は主として事業者が保有している事から、上記報告書では、立証負担の軽減に向けて、①同種事業者の損害額を当該事業者の「平均的な損害の額」と法律上推定する規定を設ける、②訴訟上、事業者の資料提出を促す制度を設ける、③実体法上、適格消費者団体に、事業者に対する資料提出請求権を付与する制度を設ける。といった考え方が示されています。

2019年12月には、消費者庁に「消費者契約に関する検討会」が設置され、「平均的な損害の額」の立証負担の軽減のほか、① 消費者が合理的な判断をすることができない事情を不当に利用した勧誘(いわゆる「つけ込み型」勧誘)に関する取消権等、②契約条項の事前開示及び消費者に対する情報提供、③オンライン取引における利用規約の透明性・公正性の確保その他の消費者保護に関する規律等について検討し、2020年夏頃を目途に結論を出すことが予定されていますので ※3 、議論の行方が注目されます。

※1 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/review_meeting_002/pdf/consumer_system_cms202_190912_01.pdf

※2 判決に至らず、裁判上の和解が成立することや、提訴前の協議段階で解決に至ることも多くあります。例えば、 https://www.caa.go.jp/notice/assets/consumer_system_cms203_200219_01.pdf(工事請負契約解除時の違約金を請負代金総額の5%とする条項が争われた例)等。

※3 第1回消費者契約に関する検討会(2019年12月24日)資料1-1

 

消費者の利益を一方的に害する条項(消費者契約法10条)

消費者契約法10条は、①法令中のいわゆる任意規定 ※4 が適用される場合に比べ、消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であり、②民法1条2項に規定する信義誠実の原則(信義則)に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効である事とされています。

冒頭のマラソン大会の参加料のように、消費者契約の解除に伴う損害賠償や違約金に該当しない条項も、消費者契約法10条については別途検討が必要となるでしょう。

イベントの中止について当事者の一方に帰責事由があるのか、いずれの当事者にも帰責事由がないのかどうかは、個別の事案毎に異なりますが債務が履行できなくなった事について両当事者に帰責事由がない場合のルールとして、民法536条1項は「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない」と定めています ※5

同項によれば、イベント主催者・消費者双方の責めに帰さない事由によりイベントが実施できなくなった場合はイベント主催者は反対給付(=参加料)を受ける権利を有しない事となりますので、イベントが実施出来なくなった場合でも参加料を返還しない旨の特約は、上記①の要件との関係で問題とされる恐れがあるでしょう。

 

次に、上記②の信義則違反との要件は、消費者契約法の趣旨、目的に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきであると解されており(最判平成23年7月15日民集65巻5号2269頁)

具体的に、例えば当該条項によって消費者が受ける不利益がどの程度のものか、契約締結時に当該条項の内容を十分に説明していたか等の事情も考慮し、消費者契約法の趣旨や目的に照らして判断されると考えられています。※6

 

イベントが中止になった場合でも、主催者側はそれまでの間に準備費用を負担しており、イベント自体は開催しないものの、準備していた参加賞の提供や次回イベントへの参加振替えなど、消費者の不利益を緩和する措置がとられる事もあり ※7

必ずしも参加料を返還しない事が信義則違反になるとは言えないケースもあるのではないかと思われます。

 

※4 「任意規定」の内容と異なる合意(特約)をした場合は、当該特約が優先的に適用されます。(そのような特約がない場合に任意規定が適用されます)

一方、いわゆる「強行規定」は、当事者の意思に関わらず無条件に適用され、これに反する特約は無効です。

※5 なお、2020年4月1日に施行される改正民法の下では、536条1項は、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。」と改正されています。 

※6 消費者庁消費者制度課『逐条解説消費者契約法〔第4版〕』296頁。

※7 東京マラソン2020の例においては、参加予定だった一般ランナーには記念品が郵送され、また、改めて参加料の支払いが必要であるものの、翌年の東京マラソン2021への参加が認められるとされています。

 

今回説明した条項以外にも、消費者契約法は、事業者の損害賠償責任を免除・軽減する規定等、事業者間の取引では有効でも、事業者・消費者間では一定の条項が無効になることを定めています。

企業に求められるコンプライアンスのレベルが高まる中、消費者契約法を意識して自社の契約・約款等を見直すことは欠かせないといえるでしょう。


 

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