カルロス・ゴーン氏は、なぜ逃亡したのでしょう。


連日マスコミなどを賑わせていますが、なぜ逃亡したかについては、日本の刑事司法の闇について絶望したからでしょう。

何か問題が起こると、誰かの責任問題にしたい人達がいます。
しかし、最初に申し上げておきますと、今回の件に限っていえば、保釈を認めた裁判所にも、保釈請求を通した弁護人にも、一切責任も問題もないと考えています。

これは、日本の刑事司法システムをきちんと理解している人にとっては当然の理解です。
本件で裁判所と弁護人の責任を問おうとする人は、日本の刑事司法に関する基本的な知識がないし、本件の特殊性を過大評価しているだけと言っていいでしょう。

 

他方で、おそらく刑事弁護に携わる多くの弁護士は、彼が逃亡したくなった理由に、理解を示すのではないでしょうか。

また、彼の弁護人を務めている高野隆先生は、昨日、ブログでこのようなコメントをされておられました。

確かに私は裏切られた。しかし、裏切ったのはカルロス・ゴーンではない。
と。

しかし、裏切ったのはカルロス・ゴーンではない。
日本で刑事弁護を取り扱っている弁護士であれば、誰しも様々な想いがあふれる言葉ではないでしょうか。

なぜなら、すべての刑事弁護人は、常に裏切られ続けているからです。

 

しかし、この事はなかなか一般的には理解してもらえませんし、メディアも取り上げません。
なぜなら、その説明をするためにはかなりの量の前提知識と実務の運用についての理解が必要で、理解するにもメディアが取り上げるにも分量が多すぎるからです。

 

この機会に、多くの方に刑事弁護について理解していただくのも弁護士や司法に関わる人間の仕事の一つだと思っています。

さて、カルロス・ゴーン氏が会見でも述べていた日本の刑事司法システムの10個の闇について、基本的な情報を提供したいと思います。

尚、今回は逮捕から保釈までの日本の刑事司法システムの問題点のみを取り扱い、公判の問題点や彼の逃亡そのものについては取り扱いません。

・カルロス・ゴーン氏に関する刑事手続の時系列
まず、時系列を整理しておきましょう。

2018年
11月19日 10~14年までの有価証券報告書の虚偽記載(金商法違反)で逮捕(逮捕①)
11月21日 逮捕①について、10日間の勾留決定
11月30日 逮捕①について、12月10日まで勾留延長決定
12月10日 逮捕①について起訴、15~17年の有価証券報告書の虚偽記載で逮捕(逮捕②)
12月11日 逮捕②について、10日間の勾留決定
12月20日 逮捕②について、勾留延長を却下
12月21日 検察官が、特別背任罪で逮捕(逮捕③)
12月23日 逮捕③について、10日間の勾留決定
12月31日 逮捕③について、10日間の勾留延長決定
2019年
1月8日  東京地裁で勾留理由開示。弁護人は勾留取消しを請求
1月9日  東京地裁、勾留取消しを棄却
1月11日  逮捕②と逮捕③について起訴
1月15日  東京地裁が1回目の保釈請求を却下
1月22日  東京地裁が2回目の保釈請求を却下
3月6日  保釈される(保証金10億円)
4月4日  検察官が、特別背任罪で逮捕(逮捕④)
4月5日  逮捕④について、10日間の勾留決定
4月13日  逮捕④について、8日間の勾留決定
4月22日  逮捕④について起訴
4月25日  保釈される(保証金5億円)

 

具体的に説明していきます。

まずは、日本の刑事司法のシステムの闇:逮捕〜起訴されるまで。

 

①:逮捕から勾留(×拘留)までは最大3日間、勾留は原則10日で、10日まで延長できる

勾留期間の原則は10日とされているものの、多くの事件で(注目される事件はほぼ確実に)10日延長されるので、事実上、一度の逮捕で最大23日間、身柄拘束される事になります。

逮捕だけなら数日ですが、勾留されると13日間身柄拘束されます。
被疑者の社会的ダメージが大きすぎる点。

※カルロス・ゴーン氏は、逮捕①と逮捕③で、20日間勾留されている(逮捕②は勾留延長が認められず、10日のみの勾留。逮捕④は2日削られて18日間)。

 

②:逮捕は警察または検察官が請求して裁判官が決定、10日間の勾留と勾留延長は、検察官が請求して裁判官が決定します。

警察または検察官が逮捕状を請求すると、ほぼ全件裁判官が認めます。
簡易裁判所の判事は特に認めやすいので、逮捕状の自動販売機と言われています(笑)
警察はそれを狙って逮捕状を取りに行くこともあるのが実態です。
また、検察官が勾留請求すると、裁判官はほぼ認めてしまう(勾留請求の却下率は数%しかありません)

東京地裁の裁判官は、逮捕②のみ勾留延長を認めなかったが、逮捕①の被疑事実は10~14年までの有価証券報告書の虚偽記載、逮捕②の被疑事実は15~17年までの有価証券報告書の虚偽記載であり、被疑事実は実質的に同じです。
逮捕②については、勾留はもちろん逮捕そのものを認めるべきではなかったと思います。

 

③:勾留の要件は、①住所不定、②罪証隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある、③逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある、のどれかがあると裁判官が認めたときです。

裁判官は罪証隠滅や逃亡を図るおそれがほとんどあり得ないような被疑者についても、抽象的にそれらの可能性があれば勾留(延長)を認めます。
しかも、被疑者も弁護人も、裁判官が具体的にどんな可能性を考えて身柄拘束を決めたのかがまったくわからず、その判断の正当性も検証できないようにさせます。

また、逮捕・勾留は、あくまで罪証隠滅や逃亡を防ぐための手段として認められているのに、警察・検察は、被疑者が逃げられない状況を利用して長時間の取り調べを行い、被疑者の自白を獲得しようとします。
黙秘しても、取り調べには応じなければならないのです。
しかも、警察と検察は被疑者が希望しても、弁護人が申し入れても、取り調べへの弁護人の立ち会いは絶対に認めません。

これが所謂人質司法と呼ばれ、これまで何件も警察によって作られてきた冤罪の温床なのに、裁判所が勾留を認め続けるのが実態なのです。

 

④:勾留は最大20日までだが、釈放してすぐに別の罪で逮捕すれば、また最大23日間身柄拘束される

一罪一逮捕・一勾留という原則があり、1つの罪では1回ずつしか逮捕・勾留はできないというルールがあります。
しかしながら、罪を細かく分けたり、ちょっと違う事実で別の犯罪に仕立てることで、最大23日身柄拘束した後に、一旦釈放して、また逮捕して最大23日間身柄拘束するということが延々とできてしまうのです。
尚、警察は本当に留置所で一旦釈放して、ちょっと出たところでまた逮捕するということをやるので、被疑者は、いつになったら解放されるのかわからず、心を折られるし、社会的に抹殺される事になります。

東京地検特捜部は、逮捕②は明らかに身柄拘束をさらに引き伸ばすためにやっている。
※あまりにあからさまだったので、さすがに東京地裁は勾留延長を認めませんでした。
特捜部の勾留延長請求を却下するのは極めて異例てます。

そこで、特捜部は、そこまであからさまとは言われない特別背任罪で逮捕し、勾留請求しました。

これにより、ゴーン氏は、11月19日に逮捕されてから1回目の保釈がされるまで、3回逮捕され、被疑者勾留と起訴後勾留を合わせて108日間勾留されました。

 

⑤:勾留中は弁護人以外は家族でさえも面会できないし、手紙のやり取りも差し入れもできないという条件が付けられることがあります。

弁護人以外の者(たとえば家族)が被疑者と面会する場合は、警察官が立ち会うことになっており、手紙は検閲されるにもかかわらず、弁護人以外の者との面会や手紙のやり取りも禁止されることがあります。

裁判官は、口裏合わせを防ぐためと言うのですが、警察官が立ち会ってて手紙も検閲される状況で口裏合わせするのは相当困難です。
しかし、その条件を解除するよう求めても、裁判所はなかなか認めないのが現状です。

報道からは確認できませんでしたが、おそらくゴーン氏の被疑者勾留については常に接見禁止の条件が付され、家族と会うこともできなかったと思われます。

 

⑥:起訴されるまでは保釈請求はできない

保釈請求できるのは起訴されてからなので、勾留中に釈放を求める権利はありません。
勾留及び勾留延長の決定に対しては準抗告や勾留取消請求を申し立てる事ができますが、ほぼ認められません。
前述の通り、裁判官が勾留した理由はまったくわからないので、弁護人が想像で勾留の理由を考えて、それへの反論書面を書くという無茶を強いられることになるのです。

※ゴーン氏の弁護人は、勾留に対する準抗告や勾留取消請求をしているが、全て認められませんでした。

 

⑦:勾留理由開示を請求しても、勾留されている理由がまったくわからない

まず、起訴されるまでは、被疑者も弁護人もどのような証拠があるのか一切わからない。また、すでに述べたとおり、なぜ裁判官が勾留を認めたのかの理由はまったくわからない。

憲法が認めた勾留理由開示請求という制度はあるものの、裁判官は「一件記録によれば、被疑者には罪証隠滅や逃亡の相当な理由がある」としか言わないため、勾留理由を開示する手続なのに、結局勾留されている理由はわからない、というギャグみたいな手続になっている。

以上のとおり、手続自体はほぼ意味がないが、公開の法廷で行われるため、接見禁止がついている被疑者が、傍聴席にいる家族と顔を合わせるという目的のためにこの手続を使うことがありますが、そんな事をしないと家族と顔も合わせられないということ自体、おかしな話ではないでしょうか。

ゴーン氏の勾留理由開示請求の手続では、「容疑者の供述などに照らすと、関係者に働きかけ、証拠を隠滅すると疑うに足りる相当な理由が認められた」という理由が開示されましたが、具体的に誰に働きかけることを想定しているのかはよくわかりませんでした。

日本の刑事司法のシステムの闇:起訴された後~保釈されるまで

 

⑧:被告人は、起訴された後も要件を満たせば勾留される

起訴後の勾留は、初回は2ヶ月、2回目以降は1ヶ月ごとの更新だが、事実上自動更新になっており、保釈が許可されるまで身柄拘束され続けます。

ゴーン氏は、1月11日に逮捕②と逮捕③の事実で起訴されてから、すぐに保釈請求しているが、却下され、3月6日に保釈されるまではずっと起訴後勾留されていました。

 

⑨:起訴されたら被告人は保釈請求ができ、保釈請求があれば、裁判所は原則として保釈を許可しなければならない(権利保釈)

刑事訴訟法第89条
保釈の請求があつたときは、次の場合を除いては、これを許さなければならない。
一 被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
二 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
三 被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
四 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
五 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏い怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
六 被告人の氏名又は住居が分からないとき。
そもそも、証拠が揃ったから起訴している以上、罪証隠滅のおそれはほぼないはず。また、保釈請求に対しては「許さなければならない」という原則ルールになっている。

しかし、実態はこのようにはなっていないのです。
裁判所は、保釈不許可事由を簡単に認める(検察側の証人尋問が終わるまで、接触する可能性があると考える)ので、権利保釈はなかなか通らない。

尚、見てわかるとおり、逃亡のおそれがある事は保釈不許可事由にはなっていません。
逃亡のおそれは保釈保証金で担保することが想定されており、仮に被告人が逃亡しても、裁判所の責任ではありません。

 

⑩:保釈不許可事由があったとしても、裁判所は裁量で保釈できる(裁量保釈)

保釈不許可事由があるとしても、裁判所は逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれや被告人の不利益などを考慮して保釈を許可出来ます。

しかし、権利保釈はなかなか認められないため、多くは裁量保釈になりますが、裁量保釈は裁判所の総合判断になるため、どうやったら保釈が認められるのかがわかりにくいのです。
弁護人が被告人にいろんな自由を放棄させて勝ち取らなければならないというのが、裁量保釈の実態です。

ゴーン氏の弁護人は、相当異例の条件を提示して(=彼のいろんな自由をやむなく放棄させて)、保釈許可を勝ち取ってます。

保釈許可決定書にあるとおり、裁判所が指定した条件の名宛人はすべてカルロス・ゴーン氏に対するものであり、弁護人に対するものではない。弁護人が被告人を監督する義務はなく、彼の逃亡について、弁護人の責任は一切ないと断言出来るでしょう。

さて、そうなるとカルロス・ゴーンの逃亡に責任があるのは誰なのか。

ずいぶん長く書いてしまいましたが(まだ書いていないこともあるのですが)、カルロス・ゴーン氏の逃亡の背景を理解するためには、最低限このくらいの知識は必要ですし、メディアや知識人もぜひこの問題について言及するときはベースにしていただきたいと思います。

日本の刑事司法のルールと、その運用には大いに問題があります。
カルロス・ゴーン氏は、本記事で紹介した10個の闇のすべて喰らったわけです。
刑事弁護人が彼の行動に理解を示す理由が、おわかりいただけるのではないでしょうか。

そして、今は彼が注目されていますが、日本にはこの闇のフルコースを喰らっている人が、毎年10万人近くいるのが現実なのです。ぜひ、この機会に、この現実に目を向けていただければと思います。

また、彼の逃亡について東京地裁にも彼の弁護人にも責任がないこともおわかりいただけたと思いますが、では誰に責任があるのでしょうか?(ちなみに、保釈されている被告人が逃走しても刑法の逃走罪にはあたらないため、現在のシステムでは一概に逃げることが悪いとは言えません。)

私は、敢えていうのであれば、検察官及び警視庁に責任があると考えています。
その根拠は、犯罪捜査規範にあるからです。

(保釈者等の視察)
第二百五十三条 警察署長は、検察官から、その管轄区域内に居住する者について、保釈し、又は勾留の執行を停止した者の通知を受けたときは、その者に係る事件の捜査に従事した警察官その他適当な警察官を指定して、その行動を視察させなければならない。

犯罪捜査規範とは、警察が捜査するにあたって守らなければならないルールをまとめたものですが、上記規定は、検察官が保釈した者の通知を警察署長にした場合は、警察官がその行動を視察することとしています。

これは、保釈された被告人が逃走したり、証拠隠滅しようとしたりするのを防ぐためのルールです。

また、検察官は、警察職員に対する一般的な指示権限を持っています。彼の逃亡を心配していたのであれば、当然警察に指示して、彼の行動監視をさせるべきだったでしょう(まさか通知すらしていなかったということはないでしょう)

 

東京地検の幹部が、こんなことを言っているそうです。

ある検察幹部は「弁護人の責任は十分ある。あの手この手を尽くして細かい条件と引き換えに得た保釈の結果が逃亡だ」と憤る。

別の幹部は「いつか逃げると思っていた。

日本の刑事司法の恥を世界にさらした裁判所と弁護人の責任は重い」と痛烈に批判する。

「世界に恥さらした」…出国のゴーン被告、検察の懸念的中 裁判所も動揺

https://www.sankei.com/wo…/news/191231/wor1912310017-n1.html

 

いや、お前やで?

 

森法相「正当化される余地はない」、東京地検・次席検事「犯罪に当たり得る行為」…ゴーン被告逃亡 : 国内 : ニュース : 読売新聞オンライン https://www.yomiuri.co.jp/national/20200105-OYT1T50130/

法務大臣と東京地検次席検事が、本件についてコメントを発表しました。
本内容を読んだ方であれば、彼らが「何を語っていないか」がよくわかると思います。
尚、弁護士は誰一人として、保釈中の被告人が逃亡することを勧めるものではありません(むしろ逃亡されると後始末が超面倒なので全力でやめてほしい)

 

本件が、今後の勾留や保釈の判断に悪影響を与えることなく、カルロス・ゴーン氏が逃亡するに至った背景である司法制度の問題に光を当てるきっかけになることを願うばかりです。