『9月1日 学校に行かなくても』を読んで思い出した事。 | 小堺翔太オフィシャルブログ『ショウタパドック』Powered by Ameba

『9月1日 学校に行かなくても』を読んで思い出した事。

ふと見た

Yahoo!ニュースのトップに

こんな見出しを見つけました。

 

『9月1日 学校に行かなくても』https://news.yahoo.co.jp/byline/hiraiwakuniyasu/20170829-00075016/

 

放課後NPOアフタースクール代表理事

平岩国泰さんが書かれた記事です。

 

 

記事の中で

学校で人間関係がうまくいかずに

悩んでいたお子さんが

夏休みを機に元気になったものの

終わりが近づくにつれて

徐々に不安になってしまっていく様子が

お母さんの目線から紹介されています。

 

2学期の前日、

お母さんが

「明日学校にいかなくていいよ」と告げると

不安で寝られなかったお子さんが眠ってくれたこと。

翌日は学校に行かなかったけれど、

母として状況に向き合ういい契機になったこと…。

 

読み進めるにつれて、

なんだか胸が痛くなりました。

私も似たような経験があるからです。

 

 

小学校5年生の時に

体育の授業でサッカーがありました。

運動が得意ではなかった自分も

授業でなので

当然、運動が得意な

もしくはクラブに入って

サッカーをやっているような子達と

チームを組んでプレーをする事になります。

 

ついていけない自分。

そこに目を付けた子がいました。

『役立たず!』

『ふざけんなよ!』

『お前のせいで負けんだよ!』

今思えば、もしかしたら

サッとかわせた言葉なのかもしれません。

でも言葉は積み上げられ、やがて力を持ってきます。

運動が得意な子達に寄ってたかって

さらに汚い言葉を浴びせられるようになり、

言葉だけでなく靴を隠されたり、

プリントに落書きされたり、

嫌がらせが日常の学校生活にまで及んできました。

 

当時、

全く友達がいなかったわけではなかったので、

少し相談することもできたし、

普通に遊んだり楽しいこともありました。

まだ救いはあったんです。

でもやっぱり苦しかったんだと思います。

毎週火曜日の、

そのサッカーの授業が近づくと、

気持ちがどんどん暗くなっていくんです。

 

すごく具体的な話になりますが、

当時放送されていた

「月9ドラマ」の主題歌を聞くと、

今でもあの

『明日(火曜)はサッカーの授業だ…』

っていう憂鬱感がよみがえってきます。

それくらい苦しかった。

母に話をしながら自然と泣いた事もありました。

 

気が付けば、

火曜日の朝「学校に行きたくない」と

布団にもぐるようになり、

でもやっぱり、と学校に行くんだけど、

どうしてもその授業が嫌で嫌でしょうがない。

授業の前後の嫌がらせがつらい。

 

ついに保健室に逃げるようになりました。

体育の授業の直前に

「お腹が痛い」とか「頭が痛い」とか

そんな理由をつけて。

毎週のように続くので、

当然、嫌がらせをする子たちにも目を付けられるし、

一度担任の先生に「本当ですか?」と言われた時は、

心が折れそうになりました。

 

確かにこれは「逃げ」かもしれない。

当時も「保健室に行かせてください」

というのが本当に辛かったですし、

ダメな事をしているのだ

という自覚もありました。

 

 

でも、

その「逃げ」こそが僕を救ってくれました。

逃げた先の保健室の先生がいてくれたからです。

 

先生は何も聞きませんでした。

校庭からも見える保健室で、

外でみんなが授業を受けています。

毎週のようにやってくる僕を

「あら、じゃあベッドで寝ていなさい」と

カーテンを閉めれば、

校庭から見えない所においてくれました。

 

嫌がらせをする子たちが

保健室に来たことがあって。

でも「お薬を飲んで寝てるから静かにしてあげて」と

追い返してくれたりました。

 

忘れられないのは、

ベッドに潜っていた私に

『これ元気が出るお菓子だから

ゆっくり食べて…内緒ね』

とオレオとお茶を持ってきてくれてた事。

本当に泣きながら食べました。

 

体育の授業だけ保健室にいて、

いろんな話をして、落ち着いて。

タイミングを見て先生は教室に送りだしてくれました。

でもだんだん保健室にいる時間が長くなって、

放課後までいたこともあったような気がします。

 

 

何週間も何か月も

全く学校に行けなくなった、

というわけではありませんでしたが、

母も本当に辛いときは学校を休ませてくれたり、

おそらく保健室の先生からの報告もあり、

担任の先生も心配をしてくれ、

いろいろ対応をしてくださいました。

ようやく学校にもフルで行けるようになり、

嫌がらせをしていた子達とは

6年生の頃には普通に話ができていました。

 

あの時

「逃げ場」や「逃げる時間」を作ってくれた

親や先生方には本当に感謝していますし、

それが無かったらどうなっていただろう…

と、今振り返ってみてもそう思います。

 

 

平岩さんの記事は、

最後に辛い思いをされている

お子さんや親御さんに向けた

メッセージで締められています。

私からも。


スポンジのように物事を吸収する時期。

楽しいことも、趣味も、興味もそうですが、

自分に向かってくる矢に対しても

当然、心は、

たぶん想像以上に

大きく反応すると思います。

立ち向かっていける強い子もいる。

でもいろんな事を考えてしまって、

時に自分を責めて、

相手を責めたいけれど、責められなくて。

助けて欲しいけど、声が出せなくて。

そんな子もいるんだと思います。

心が振り切れるほどの大きな反応をしたとき、

大人も驚くような、冷静な人が考えると、

「なぜ」と思うような解決の仕方をする。

 

自分を終わらせる、という結末。

そんなの悲しすぎます。

 

 

「学校」という

実はとても狭い世の中の

さらにごくごく一部の出来事が

「全て」という時期です。

そこが辛いなら

抜けさせてあげる時間があっても

いいんじゃないかと思うんです。

 

逃げたって

立ち止まったっていいと思います。

どうしよう、悲しい、辛い。

そんな思いからの「逃げ場」が

平岩さんの言う「心の安全基地」が

悩んでいるお子さんに見つかりますように。

周りにいる大人の皆さん、

どうかそっと支えてあげてください。

 


 

最後に。

僕自身は子供がいるわけでもなく、

子供との接し方といっても…正直、分かりません。

意見を書くのもどうかなとも思いましたが、

いろいろ思い出してしまって…。

こんな経験をしたヤツがいる、

という事が何かのお役に立てれば幸いです。