令和五年二月二十二日、師匠笑瓶が急逝しました。

 

死因は急性大動脈解離でした。

 

前日に奥さんから連絡をいただいて僕も急遽、東京の救急病院へ。治療の甲斐なく翌朝、永眠しました。

 

最期を奥さんと二人で看取らせてもらえたのは師匠の采配だと感じました。ありがとうございました。

 

お通夜・告別式ではたくさんの方々にご参列いただき又、たくさんの供花・弔電を賜りました。ありがとうございました。

 

先日、四十九日法要・納骨を滞りなく済ますことができましたことをここに報告させていただきます。

 

生前、師匠笑瓶がお世話になりました皆様、ファンの皆様、弟子として改めて御礼申し上げます。

 

ありがとうございました。

 

 
僕が入門したのは二十六年前、二十歳の時です。

 

僕と師匠は二十歳違うので師匠は当時四十歳でした。

 

都内に家を建てられ、レギュラー番組も多く、毎日を忙しく過ごしておられました。

 

笑福亭の修行はだいたい三年が多いです。※師匠の考えによってさまざまではありますが

 

修行中は仕事場に付かせていただき、車の運転をしたり、家の掃除や洗車や買い物もしました。

 

師匠の持ちネタの古典落語を習うことはなかったですが、お笑い芸人としての”感覚”や現場での立ち居振る舞い、声の出し方や表情など、師匠から直接・間接的にたくさんのことを教わりました。

 

毎日そばにいて顔を見ていると心まで見えてきました。

 

これは凄いことやと思いました。

 

六代目笑福亭松鶴師匠が直系のお弟子さんに「俺の気がわからんで(落語会の)お客さんの気がわかるかい!」と言ったことを僕は師匠笑瓶から聞きました。

 

まさにその通りで、修行とは相手(お客様)の表情から気持ちを汲み取る・感じ取る勉強でした。

 

さらに自分の心と技術に磨きをかけることが大切だと感じました。

 

僕はまだまだ未熟な芸人ですが、師匠笑瓶は若くして開花されました。

 

これは死後、奥さんから聞いたことですが師匠笑瓶は二十六歳の時から四十年間、社会福祉団体に寄付を続けておられました。

 

総額は何千万円というえげつない金額でした。

 

寄付の理由は自分は元気な身体で好きな仕事ができている。そのことへの感謝から少しでもお役に立てればということでした。

 

ますます頭が下がります。

 

師匠の笑いは誰も傷つけませんでした。

 

自らが笑われ役で且つ、周りとの調和を上手くとるクッション役でもありました。

 

なかなか真似できる芸当ではありません。

 

そして何よりトレードマークの黄色いメガネ!!

 

それで存在感がグッと上がります!!

 

師匠笑瓶は動物的感覚が鋭く、負け戦は避けた人でした。

 

負けるステージには立たない、立つなら負ける為に立つ。「負けるが勝ち」という言葉があるように、初めから相手を立たせるために、勝たせるために自らを存在させました。

 

落語をしなかったのはそこでは自分は勝てない、有名になれないと思ったからじゃないかと僕は思っています。

 

師匠の時代はテレビ全盛期。今のようにインターネット放送のない時代。子供の頃から芸能界に憧れていた師匠笑瓶はテレビで有名になることが将来の目標だったんでしょう。

 

そして鶴瓶師匠の元へ入門し、チャンスを掴み、周りの方々に恵まれご自身の才能や努力も有り、芸能界で成功されました。成功と言っていいと思います。

 

長年タバコを吸っていたのでそれも原因の一つかどうかはわかりませんが、2015年末にゴルフ中に一度目の心臓大動脈解離。その時は手術をせず自然治癒力で治り、きっぱりタバコを止めて生活習慣も見直していたのに・・・

 

今回、再発しました。

 

場所は違いますが同じ病気です。

 

享年六十六歳。早すぎます。若すぎます。

 

僕も何歳まで生きることができるかは分かりませんが、師匠が向こうにいてると思うと怖くないです。

 

大切なことはこの世をどう生きるかだと思います。

 

師匠の死は僕にそんなことを感じさせてくれました。

 

人の命の儚さも教えてくれました。

 

師匠の遺志を継いで、僕なりに笑いの道を歩いて行こうと思います。

 

きっと師匠があの世から見守って、導いてくださるでしょう。

 

いや、うちの師匠のことやからそんなことはせず、あちらの世界で好きなゴルフをしたり先に逝った愛犬のサンゴと遊んだりしてるかもわかりません(笑)。

 

僕は堂々と笑瓶の弟子として歩んでいきます。

 

師匠、本当に今までありがとうございました。



 

今朝も夢に出てきました。

 

未だに師匠がいないなんて信じられません。

 

これはきっと夢だと思います。

 

師匠、またお会いできると思っています。

 

どうぞこれからも宜しくお願い致します。

 

笑助