ブランドとは伝説信仰のことだ | 魔法の言霊――寿詞(よごと)説法師が贈る人生のヒント

魔法の言霊――寿詞(よごと)説法師が贈る人生のヒント

おめでとうございます!

『魔法の言霊(東方出版刊)』の著者・橘月尚龍です。
ボクが、この本を上梓したのが2002年――
それから世には同様の表現があふれて玉石混合で、
わけ分からん状態になってます。

そこで本家としてのメッセージを発信することにしました。

 はてさて前回の答えは分かったかな?
 そう。広告とPR(広報)が混同されているということだ。このアメブロには運営会社が「PR」というスペースがあって、そこにバナー広告が貼り付けられている。
 曰く「面白いゲームがあるよ」「お買い得のエステだよ」といった感じ。でも、これらはみんな「よかったら(当初はタダでも、最終的には)買ってね」という経済行為を支援するものであるから、やっぱり広告に属す。けっしてPR……すなわち広報ではない。


 じゃあ、PR(広報)ってなんだろ?
 前回に概要は記載してあるけど――それだけでは「いまひとつ、よう分からん」というのが本音じゃないかな?
 じつをいうと……この広報こそが、ブランド戦略の核となるものなんだ。会社や商品をつくって名前をつけたら、しゅしゅっと「ブランド」になるなんてことは金輪際ない。これはサルでも分かる。そこから「知らしめる」という作業がはじまり、生活者が認知し、同意してくれて、はじめてブランドとなるわけ。その手法がPRである。で「広く報(しら)す」ことから日本語では広報と呼ばれる。

 でも「なにを?」「どう?」報せばいいのか分からんよね。そこでPRという英語表現を見てみよう。すると短縮しなければ「パブリック・リレーション」だ。すなわち「公の場における生活者との(良好な)関係構築」という意味。でもって、ここで素敵な関係ができれば、生活者にとって社名や商品名がブランドとなる。


 分かるかな? 広告は「この商品はいいものだ。値打ちがあるよ。だから買ってちょうだい」と送り手側のメッセージに終始するけど、PRというのは「あたしらは、こんな活動をしてるねん。せやから、いい関係を結びませぬか?」という送り手のメッセージがあり、それに対して生活者が「なるほど、たしかに……せやね」という同意の上に成立する双方向の存在なんだ。
 そして、この同意を引き出すのに「買え、買え」じゃペケポンなのは分かるよね。生活者の側からの「ええヤツやんか!」が絶対に必要なんだ。ほいで、この「ええヤツ」が積み重なり、昇華されると「伝説」となる。

 だから、世のブランドといわれる存在には、ひとつやふたつの伝説があるわけ。ここでもまた、月刊『企業診断』に連載したコラム「存在意義のストラテジー」から引用してみよう。


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 ……前略……


 また、こんな話もある。真偽のほどは定かではないが、たしか名車ロールスロイスの神話だったと思う。
 とあるオーナーが砂漠の道をドライブ中、まだ新しい車が突然、エンコしてしまった。近所のドライブインまで歩いて汗だくのオーナーが、ロールスロイスに怒り心頭の電話を入れた。しばらくすると、ヘリコプターが飛来。オーナーを車のところまで運び、そこで完璧に修理をし、ヘリは飛び去ったという。
 のちほど、修理代の請求がなかったことを思い出したオーナーが電話を入れたところ、ロールスロイス側は「当社にそういった記録はございません。これからもご愛顧いただけますようにお願い申しあげます」との返答だったとか……。おしゃれな話だ。


 こちらはメーシー百貨店の伝説と記憶している。
 ある日。年配の女性のお客さまが、不良品を持って苦情をいってきた。店側は「レシートは?」「お買い上げ日時は?」「担当者は?」と質問をしたが、頭に血が上ってしまっているお客さまは「おまえのところが悪い!」の一点張り。それでも店側は深く詫び、返品を受けつけ、ちがうメーカーの良品をお渡しして帰ってもらった。
 ところが後日、お客さまの家族が店を訪れ「おばあちゃんが迷惑をかけました」と詫びた。じつをいうと、そのお客さまが商品を買ったのはメーシー百貨店ではなかったのだ。それどころか、不良品として持ち込んだ商品は、メーシーの扱い品目ではなかった。にもかかわらず百貨店は交換に応じたのである。そして店側は「お客さまが不便を感じられていることを解消するのも百貨店の務めです」と答えたとか……。これまた、おしゃれだ。

 このように、ブランドにはかならず、伝説や神話のひとつやふたつは存在する。言い換えるなら、伝説や神話を持つのがブランドともいえるだろう。そして、その伝説は「大儲けした」とか「うまくやった」という類(たぐい)のものでは、けっしてない。それでは、ひとのこころを打たないし、感動をもたらさないからだ。場合によっては反感さえ買ってしまう。あくまで社会との良好な関係性への努力から生まれる。

 

 このことをハナから戦略として展開し、成功した企業がある。アウトドア商品を扱うLLビーンだ。この会社は、アメリカの片田舎ともいえるメイン州に本社を置く。そして、その販売の大半は通販に依存する。まあ、国土が広大なアメリカのことなので、ある意味、当然といえるだろう。
 それで、このLLビーンの社是がふるっているのだ――「わたしたちの商品は、お客さまに完全な満足を提供することはできません。しかし、サービスでは完全な満足を提供します」といった内容になっているわけ。

 ある顧客が、週末に鴨撃ちに出掛けようと思い立った。ところが用意をしていると、湿地帯を歩くためのハンティング・シューズが破れているのを発見。あわてて、LLビーンのカスタマーサービスに電話をかけた。サービス係は「すぐに破れた靴を送ってください」といい、さらに顧客の鴨撃ちスケジュールを訊いた。
 彼が現地に着くと、投宿先に真新しいハンティング・シューズが到着していた。そして「お客さまの靴をお調べしましたところ、応急処置することは可能ですが、それでは充分な機能を発揮できません。完全に修理し、返送いたしますので、今回はこちらのハンティング・シューズでお楽しみください。修理品が到着しましたら、着払いで返送くだされば結構です」とのメッセージ。
 その顧客は鴨撃ちを存分に楽しんで帰宅した。後日、完璧に修理されたハンティング・シューズが家に届いた。そのていねいな仕事ぶりに感動した彼は、鴨撃ちで使った新品のハンティング・シューズも購入することにしたという。
 まさしく「看板に偽りなし」である。彼は完全な商品を購入はできなかったが、完全なサービスを受け取ることができたのだ。結果、顧客は感動し、LLビーンは信者を獲得したばかりでなく、商品も販売できたわけ。
 このように自社のブランドの意味を高らかに宣言し、それを遂行することによって、LLビーンはブランド戦略のみならず、事業を成功に導いている。


 ……後略……


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 どうだい? カッチョイイだろ!
 生活者だって生身の人間――その心意気にはグッとくるわけさ。グッときたらファンになる。ファンになったら、なにかと肩入れしたくなる。ほれ、素敵な関係性が生まれているわけだ。

 それを「安いよ」「いいもんだよ」「開発に苦労したんだ」なんてやったところで、絶対に生活者はなびかない。あなただって、そうだろ?
 ちがうんだ。ブランドとは「それ以外」のところに価値があるからブランドなんだ。でもって「それ以外」の最右翼が「伝説」ということなんだよ。