冬があり夏があり昼と夜があり晴れた日と雨の日があってひとつの花が咲くように悲しみも苦しみもあって私が私になってゆく――星野富弘。これは、そうかも知れないね。だって人生は、ある意味、時間の中に存在するロールプレイング・ゲーム。なので、その時間の積み重ねで自分を確立していくプレイさ。
力仕事や動作の時のかけ声、民謡の 囃子詞に「どっこいしょ」がある。もともとは修験のかけ声「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」に由来する。六根:とは仏教で「眼(視覚)、耳(聴覚)、鼻(嗅覚)、舌(味覚)、身(触覚)、意(心)」の六つの感覚器官を清らかに保つことを目指す教えだ。はあ~、どっこいしょ!
苦しみは人間を強くするか、それとも打ち砕くかである。その人が自分の内に持っている素質に応じてどちらかになるのである――カール・ヒルティ。そうかなあ? よしんば打ち砕かれたとしても、苦痛で死なない限り、そのひとの人生はつづいていくさ。だから結局、経験と耐性を獲得していくしかない。
時々、相手の都合も考えずに自分の勝手な用事を押しつけてくる御仁がいる。それも大抵は無報酬、場合によっては持ち出し。なのに悪気が全くない。というかハナから考慮することもないので余計タチが悪い。依頼の根拠は「朋友だから」だ。もし人間関係を思うなら「ヒマがある時に」といなしておこう。
病んだ集団は、誰か一人を犠牲にしてその集団を維持します。その人が一番心の優しい人なんです――加藤諦三。これは、いえるね。だいたい悪というのは、すぐに結託したがる。だから悪党 っていうのかな(笑)。だって正義は徒党を組む必要はないからね。で、そんな正義が邪魔になるのが腐った集団だぜ。