ONとOFF
この1カ月、土日に授業やセミナーがあり、
何気に丸1日が休みという日がない…。
学校に行き始めて、もう半年が過ぎたというのに
未だに 『学校のリズム』 に乗れていません
思えば1か月休めないことなんて、勤めているときにはあったこと。
でも学校は、その時間が微妙~
休みがないといっても、丸1日時間が取られるわけではなく、
午前だけとか、午後だけとか、たいてい5時間くらい。
微妙~~
普段の授業にしても、大学院のカリキュラムは
朝9時から夜9時過ぎまであったりするんですけど
朝9時から夜9時まで仕事するのとはなんか違う。
間にちょこちょこ休み時間とか入るからなのか・・・
何にせよ、中途半端に時間があって、
その中途半端な時間を使いこなせない。
以前も書いたかもしれませんが、
私は忙しいほうが物事はかどるタイプなんです。
暇な仕事に転職し、しかも週休二日制になったとたん、
日曜日にやればいいやと土曜日をダラダラ過ごし
その延長で日曜日もダラダラ過ごす。
気づけばやらなきゃいけない家のこともせずに、
ショッピングに行くこともなく、引きこもり状態
そんなこれまでの悪い癖が学校のリズムに乗り切れない事態に陥らせています。
そもそも
学校が ON にならない。
ON と OFF の切り替えが下手なわけではないんですが
『仕事』 = ON だったわけですから、仕事が学校になった今
『学校』 = ON にしなきゃいけないはずなのにならない!!
中途半端な時間があるからなのでしょうか…
それともやっぱり 『責任』 があるとかないとかの違いなのでしょうか…
学校のリズムに乗れた頃には卒業
そもそもずっとOFFのまま卒業![]()
かといって、卒業後に仕事のリズムに乗れるのかも疑問![]()
きゃー
誰か学校をONにする方法を教えてください
センス☆
こんにちは。
さて、この年にして再び “学生” をしている私ですが
学問のすすめ
仕事と違って学校は終業時間がズレ込むようなことがないので
予定が立てやすく、また時間もたっぷりあるとういうこと、
そして何より、しがらみがないという立場を利用して
いろいろな研修に出席させていただいています。
先月も夏休みなので (夏休みって響きが懐かしい
)
ある研修を受けてきました。
その研修、講師が外国の方だったんですね
講演はすべて英語。
もちろん通訳はあるのですが、、、なんだかすごく疲れました。
日本語には訳せない微妙なニュアンスは分からないし
分からない言語なんて、雑音みたいなもんです。
研修会場にいる方々は通訳を聞くまでもなく
うなずいたり、笑ったり、英語で質問していたり…
内容の濃い研修ではありましたが
私がこの研修で1番学んだことは…
よし
英語を勉強しよう![]()
これ、何度目だろう…。
英語に憧れた小学生のとき、英語を習い始めた中学生のとき、
アジアの国々に行ったとき、
受験でがっつり英語を要した高校生の時、
周囲が英ペラだと知った大学生の時
仕事で英語圏の人と出会ったとき、
ロンドンに旅行したとき…
思い返せば何度も思った 「よし!!英語を勉強しよう!!」
もうこれで何度目の決意表明
そういや大学院の受験のために英語を勉強したとき、
読み書きは少し出来るようになってきたから
よしこれを継続しよう
って決意したんだった。
もはや決意したことさえ忘れてたよ…。
最近ようやく気づいたんです
語学って、特に会話に関しては芸術に近いと思うんです。
音楽であったり、陶芸であったり、料理と同じ領域。
さっき、分からない言語は雑音って例えましたが、
要は “音” なんですよね
つまりね、何が言いたいかというと、
何を言い訳にしたいかというと、
センスの問題なんですよ![]()
センスがある人は第2、第3の外国語を習得しています。
感覚で言語を聞いています。
(
英語と日本語を瞬く間に習得したアジア圏の知り合いが言っていました。)
私もロンドンに旅行した時、さすがに1週間も英語圏に放り込まれると
嫌でも耳や口が慣れてくるもので、頭の中で翻訳することなく
聞いたりしゃべったりはある程度、ある程度は出来てきてはいました。
でも “感覚” というのとは少し違う。
ちなみに一緒に行った子は、出発したときの英語力は私とどっこいどっこい、
なんなら私の方がまだマシって感じだったんです。
しかし、帰国の時には私よりもすんなり英語が耳に入っていました。
彼女がとりわけ積極的に会話していたわけでもないのに
そう、つまり私にはセンスがないんです。
そんなセンスがない人でも習得できる方法はただ一つでしょ。
英語圏の人と恋をする
そう![]()
こんな私と話をしてくれる殿方。
上手くしゃべられない私を温かく見守ってくれる殿方。
そんな殿方は…
マンツーマンの英会話教室にしかいないと思う今日この頃
書くことのすすめ
去年の今頃、大学院の願書を準備していたわけですが
学問のすすめ
研究計画書とか、志望理由書を書かなきゃいけないんですよね。
個人的には、コレ書くのオススメします。
ぃゃ、こんなかしこまったものぢゃなくても、
どこかに提出するものぢゃなくてもいんですけど。
要するに、『書く』 ということをオススメします。
仕事に行き詰まりを感じて、よし!もう一度勉強だ・・・
と意気込んだものの、ビジョンはあまり描けていなかった去年の今頃
描けていなかった、ということもこれらの書類を書いて気づきました。
仕事でうまくいかなかったこと、疑問や不満を書き連ねていると
あー、私こういうところに問題を感じていたんだ。
この問題をこうしていきたいんだ。
そのために私はコレをする必要があるんだ。
ってな感じに考えや気持ちが整理されていく
整理された考えや気持ちは、今までのそれとは若干違っている。
今までは、自分が頑張っても出来ないこと、
どちらかというと大きな問題だったことから、
自分が出来るはずのこと、
しなければならないことにフォーカスされていく。
以上が私が書くことをオススメする理由です
わざわざ時間を作って構えてする必要はないと思いますし
ましてや、文章がうまい下手は関係ないです。
(ってゆぅか私は下手です
)
書くということで誰かに相談するよりも、答えが見えてくる気がします。
まさに、「答えは自分の中にある
」ってやつですね。
なんかもやもやする?
苛々する?
やる気が出ない?
思い通りにいかない?
環境が悪い?
やれることは全てやったけど無理?
よく分かります!!確かに!!
組織は腐ってます!上司は能無しです!ゆとり世代は手強いです!
世間の常識は時に非常識です!!
でも、、、
そんな思いを書き始めてみると、
今抱えている気持ちの理由、
自分に何が出来るのか、何が必要なのか
今まで自分が思い込んでいたものとは違うものが見えてくるかもしれません

