1 再び、この馬鹿な戦争を「アメリカ、ゼレンスキーはやめよ」

 理由。

 タイム同様「世界は狂ったか?」だからです。

皆さん「民主主義の看板に騙されるな!」です。その看板の下、やっていることは「狂気」。まさしく「蛸と演劇は血を荒らす」です。そして「戦争」はいかなる理由であれ「我々一般人」にとっては「悪の極み」です。

☆アメリカが「プロヂューサー、兼脚本家、兼監督」と考え始めたのは、「ジェノサイド」の発表の仕方です(※後述1)。あの出たがり屋のゼレンスキー大統領が「ジェノサイド」になぜ【間】を置いたのか。そう言えば侵攻前ゼレンスキー大統領はアメリカに「煽るな」と言ったそうですし、ロシアは「30日、当該市長がテレビに出ていながら一言も触れていない」と言っています。

 

☆2022年1月~2023年1月15日までのアメリカのウクライナ支援は10兆円で各国からの支援の約半分(キール世界経済研究所)。これはウクライナの23年度国家予算と同額強。ウクライナ軍事費の2倍強。この額は、ゼレンスキー大統領の強気の発言といい、アメリカに引くに引けない事情があるからなのか?。結局【間】はアメリカとの【調整の為】だったのか?。冒頭の記述はそう考えたからです。

 

☆ゼレンスキー大統領は、なぜ「90%支持」ではなく、「個々の木々を最優先」して「愚鈍」になり「提案協定成立」後の「ジェノサイド騒動とその処理」を選ばなかったのか?。俳優ではなく「政治家」ならばそれしかないではないか。政治家は「正義を選び負け戦をすること」が仕事ではない。政治家ではなく「俳優」を選んだのは「アメリカのシナリオにその選択肢がなかった」からか?

1国家予算強の支援=自国民のアメリカ支配下。

2そして「殺し合継続」と世界各国のお囃子。

3国外避難民の「諸外国支配下」。

4最悪の「戦期の長期化狙い」の「チョボチョボ戦略」。

5中国に対しては、バイデン大統領の焦りの雰囲気を感じます。一方ロシアに対しては余裕を感じます。ということは彼の中では既に「戦争は終結している」。なのに継続している。つまり彼にとって「戦況」はあるが、ウクライナの人々は「全裸英女性と日本男性(=人と見做されていないこと)」の関係にあるということです。

6にも拘らず「ゼレンスキー大統領を世界の英雄」に祭り上げ利用している。

7そして(ドイツに躊躇いは感じられるものの)世界はこの戦争を誰も止められない。欧米は民主主義看板を御旗に、止めようとすらしない。市民は何時も蚊帳の外に置いてきぼりだ。

「世界は狂ったか」としか言えません。

 

☆既述の通り「先日私の住んでる所は-6°。自然と『ウクライナの人、どないしてはるかな。電気ないし』。『ウクライナ、ロシアの兵隊さんも寒いだろうな』と思いました」。

我々一般人にとって、戦争をやめる理由、それ以上何が必要なんでしょう。それで十分です。

 

☆改めて(本来「自由人」の役目だと思うけど、それらしい動きを知らないので)「柳井さん、豊田さん、孫さん、三木谷さん」本業に差支えのない表現でいいので「主義も世界経済も大切」等アメリカに再考するよう言って頂けませんか。

 

☆何故アメリカか。既述の通り「欧米の天然=優越性→遺体は〃1000人以上〃カナダ寄宿学校の闇→人と見做されていない→この戦争の真犯人」と思うからです(日本も明治維新後ひたすら西側を目指し似非天然を手に入れ、朝鮮総統府建設をした←※後述2―。我々に出来ることは、再び、欧米人にならないことだけ。「なったふり」は今日日、仕方がないとして、なる必要はないと思います。新聞の見出し「キーウ訪問出遅れた首相」。議長であろうがなかろうが気にせず「我が道を行って下さい。岸田さん」)。

 

2 復元力を求めて

 

「17歳高校生切りつけ」、「ガーシー議員」、「連続強盗事件」等最近の事件に触れて。

 

☆私のブログから関連すると思われるものを拾います。

①「自然という蓋をなくし・・心や思い出が、森や小鳥たちが、手や足までもが私たちの体からどんどん離れていってしまいます」

  ↓

「肉体の存在を確認するということに依ってのみ存在を認識しうる」

  ↓

「何でも、誰でも、ともかく、願わくば自分より弱い相手を見つけ、その相手の意志とは関係なく、リング上に引きずり上げ、戦いの対象とする。それが、生きる、ということになる」・・・平成元年九月十九日・・・まさしくその通りのことが、その八年後に起る。

 

②射撃をやっている人は無性に何かを撃ちたくなる時がある(2015年3月6日記)

 

③最終目的は「81/2→甘い生活→道」。「愛の無機質化の解消」。つまり判沢弘先生の地方で、「行き着くところまで行った結果(←企業活動)」としての復元力に「結いの村」がなり得るかどうかの試み、というわけです。勿論、反デジタル集落(2022・7・28)。

 

④サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより経済発展と社会的課題の解決を両立する【人間中心の社会】(超スマート社会、Society5.0←2016年1月。教科書準拠の安倍内閣閣議決定)。

 テレビでなんだか目にかぶりものをしている姿は、外から全体の姿が見えるのだが、その姿は腰をかがめ足は折れ曲がり、あっちにふらり、こっちにふらり。とても見ておれない。「あんな、美の欠片もない世界がなぜ受けるのか」と言っても、社会に浸透すると思うとゾッとする。

 それは、私たちの心の在り方が現状で推移すると暗黙の仮定に立っている。環境問題はわかりやすいが、仮想空間の社会も同じで弊害がないなどということはあり得ない。神さんは何処かで「愚か者め。ウッシッシ」とほくそ笑んでいることだろう。そして、必ず「神さん、悪乗りし過ぎる。わけが解らん」と思うことがますます増えるに違いない。だから、とてもやないが「それはそれ、これはこれ」では済まないように思う。「愛の無機質化」に対してどんなプログラムを用意してくれるのか?。

結局、企業連合国家で考えるしか仕方がないのかもしれない。

企業は、勝つことが最優先される。デジタル社会はおかしい、とは言ってられない。つまり「結局、行き着くところまで行くしかないのではないか」と言われた方の世界がピッタシだからである。それだけでうまくいかないのは上記の通り経験済みなのだから、当事者が考え対処するのが一番いいと言うことになる。(2022・7・28)

 

⑤「道を歩いていると思ったらいつの間にか土塀を歩かされていた。こんどはピアノ線だという。うまく渡れるだろうか(←平成元年9月19日記)。 

 

⑥「企業連合国家」で企業は「中卒か高卒」しか採用しない。そして、このやり方は、かつて集落にいた「説教爺さん(=人としての生き方を刷り込む役割)の復活」になり得るかどうかの試みでもある(2023・6.14記)。

 

⑦企業連合国家で統治を

企業が実態を通し他人(=従業員、取引先、顧客等)を背負い、順法でも実態遊離は「赤字」のチェックを受ける。一方為政者が背負うは自分(=当選)だけ。そして行政も含め法の範囲内であれば説明=言い訳で全てがチャラになり、企業の赤字に相当する罰は一切受けない。それが法治国家の中身だ〈取材を通じ、神戸家裁で連続児童殺傷事件の全記録が廃棄されたと知ったのは、昨年9月だった。改正少年法をテーマにした連載企画の取材で、この記録の閲覧請求した対応を確認した。約2か月後に連絡があり、家裁を訪ねた。職員は「廃棄済みのため、閲覧、謄写(コピー)はできません」と淡々と述べた(←2023年6月14日神戸新聞朝刊)。これとて近ごろ頻発する事件と共通する『愛の無機質化』と同質性を感る〉。更に、時代認識を置き去りにして単細胞の欧米は「殺し合いゴッコ」。更にそれを礼賛するマスメディア。

いまの統治のあり方はもう限界だと思う。

一方企業はどうか。株主総会での豊田社長の発言=「他人しかない自分=戦争完全回避と福祉主(※後述3)」。真逆だ。真剣に「企業連合国家」を考えてほしい。

 

⑧AIのこと

神=自然科学とするならばAIに興味を持つ研究者は神の服従者。よって彼らは、神に「人間の尊厳をかけて逆らう人種」じゃあないことになる。もしそうなら研究をやめるはずです。つまりは「趣味没頭人」。

これからは「人間の尊厳をかけて神に逆らった」世界を作れるかどうか。

何故か。「愛の無機質化の解消」。「環境破壊の解消」はそれしか解決策がないからです。

結局「超スマート社会、Society5.」つまりは「安部内閣」の「白々しい『あるべき姿』を追い求める政治家群」ではもう無理だと思う。

 

※後述1(再掲)

和田春樹先生によると―2022年3月29日イスタンブールでトルコが仲介した協議が行われ、ウクライナ側が明解な停戦協定案を出した。ウクライナの中立、非核化を約束し、自国の安全の保障のための国際的な枠組みを提案した。クリミアの地位については、15年間の交渉を行う。ドンバス東部については大統領交渉で解決することを提案した。ロシアはこの提案を歓迎し、交渉をさらにすすめるためキエフ方面の攻撃を縮小すると表明した。だが、停戦への希望は3日ともたなかった。4月3日、ウクライナ検事総長がロシア軍の撤退したブチャで市民410人の遺体が発見されたと発表し、ゼレンスキー大統領は「ジェノサイド」だと非難した―という。

 

※後述2

 これに関する歴史事情の講釈は御免こうむりたい。ただひたすら「醜い日本の恥曝し」。

 外国は関係なし。

 

※後述3

「他人しかない自分=戦争完全回避と福祉主」は、株主総会での豊田社長の発言を読んで、私が感じたままを言葉にしたものです。社長の発言ではありません。

 

 

            2023年3月4日   井筒屋 弟二郎