「太田光さん」と「高市さん及び榛葉さんとのやりとり」

 

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 太田さんは「こういう状態だと、国民民主党が単独で与党にならないと、総理になれないじゃないですか? その道筋を(どうするのか)」と質問した。

 

榛葉さんは、それに対して

 「玉木が総理になることも、目的ではなくて手段なんですよ」とし

「手段は政策実現なので、我々は今、国民が望んでいる政策を実現するために(動いている)」と説明。

 

一方、太田さんが

「日本の政治家は責任の所在があやふやになることが多い。もし、できなかった場合、高市さんはどうやって責任を取るんでしょうか?」と質問すると、

高市首相は「公約に掲げたから、やるんですよ。そんな暗い話はしないでください!なんかいじわるやなぁ。最初からできへんと決めつけんといてください。これから必死にやろうとしている私に、すごいいじわる」と。

 

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「玉木が総理になることも、目的ではなくて手段なんですよ」とし

「手段は政策実現なので、我々は今、国民が望んでいる政策を実現するために(動いている)」と説明。

榛葉さんに、こう応対されると、その当事者でなくとも私は、なんか「背筋を伸ばし、シャンとして、椅子に座りなおした」。

そして「榛葉さんは、大人と言うか、政治家だな」と納得がいく。

そして「男の美的な筋論」だ。

 

一方、高市さんの上記発言で、真っ先に思い出したのは、公明党の連立離脱表明に対し「一方的に伝えられた」と主張した件だ。

26年間、苦楽を共にしてきた方々へのその発言は「公明党さん、喧嘩買います」宣言でしかない。

サラット「厳しいご指摘をいただいた」でいいではないか。

それは、太田さんに対しても同じ。

そんな暗い話はしないでください!なんかいじわるやなぁ。最初からできへんと決めつけんといてください。これから必死にやろうとしている私に、すごいいじわる」と(下線は私)。

まさしく「愚痴の高市、丸出し」だ。

少なくとも、そこには「美的センス」は微塵もない。

 

要するに「自分しかない」ということ。

榛葉さんと比べ「世間知らずの、政治家以前、大人にもなっていない」ということだ。

 

榛葉さん、ひいては太田さんの御蔭で「高市さんの、本質が、白日の下に晒された」ということだ(「人間自分を誤魔化すことはできない(モーム)」)。

 

3

太田さんの質問に関連して、

高市さんにお聞きしたい。

「責任ある」というあなたの枕詞からして、あなたの発言で「公演中止」という現実に直面した方々に、あなたはどう「責任を果たされるのか」。

具体的にお答えください。

太田さんの上記質問は、「芸能界に身を置かれる、他人の痛みを追体験できる感性の持ち主の太田さんからすれば、当然ではないでしょうか」。

 

4

経済安保の改正に手を付けられるとか。

ウクライナの方は、自分の被った被害に対し、損害賠償を、国及びICCに提訴されたとか。

ぜひ、その改正経済安保の中に「今回の公演中止に関する保証」も盛り込んでいただくよう要望します。

 

 

 

      2026年2月12日      井筒屋 弟二郎