海外協力の現場を離れて約1年半、国内の生活困窮者の方の支援施設で生活支援員として働かせてもらいました。
 
その間、17人の方を受け持ち、それぞれの人生の一端に触れさせていただきました。
 
短い方は約2週間、長い方は1年以上、入所からほぼ毎日お顔を見て言葉を交わし、新たな暮らしに向かわれるまでのお手伝いを、私は自分に与えられた役割として勤めました。
 
同僚、上司、会社、行政や民間の支援機関、専門職、地域の方たちとの交流を通し、はじめて知ることが本当にたくさんありました。
 
働きながら心理学と社会福祉を通信大学で学んでいたので、先生方や学ぶ仲間から教わったことを通して、別の視点から自分のいる場や体験を眺めることができたように思います。
 
まあ、福祉施設での仕事を通し、様々な感情や葛藤に遭遇しました。

「所詮仕事の中でのことだ」と自分の気持ちを整理しようとするのですが、時には、職場で起きていることが、自分のこれまでの人生とリンクして、深く強く揺さぶられる時がありました。
 
40代も終わりに差し掛かり、大体のことは受け止め、流せてしまう気でいたのですが、そんな自分でも、その揺られ方にとまどうことが多かったのです。
 
「感情」の扱いは、なんとも厄介です。
 
とにかく自分を保つこと、立っていること、息をすること、その日一日を生きのびることだけに、必死な時もありました。
 
帰宅し車を降り、駐車場から玄関ドアまでの1、2分の距離を、「右、左、右・・・」とつぶやいて、足を一歩一歩前に出して、ようやく玄関にたどり着く日もありました。
 
でも、周りからはそんな風には見えていなかっただろうと思います。
 
だんだん分かってきたことなのですが、私は、自分の感情に疎い。というのか、これもだんだん思い出してきたことなのですが、感情に気付かないようにすることで自分を保ち、生き延びてきたようでもあるのです。
 
気持ちを持ったとしても、目の前の、怒りで身の震えるような現実は変わらないという状況だったから、かもしれません。
 
どうすることもできない「気持ち」には意味がないとし、その存在を自分で認めることも、ましてやそれを人に分かってもらおうと期待することも、どこかあきらめてきてしまったようなところがあります。これまで一緒に歩んでくれた人たちには、なんとも失礼な話かもしれません。(ごめんなさい)
 
そんな私の気持ちに対する鈍感ぶりに、やや変だと気付きつつ、心配しながら見守り、ここぞと思ったときに声をかけてくれる人もいました。家族、友人、支援者、縁あってつながって下さる方。私はそういう人に、心、というか、自分のいのちを救われてきたのではないかと、今は思います。

手を差し伸べてくれた人に対し、それに気付かず、時には気付いたとしても、払いのけようとしたこともあって、今思うと恥ずかしい。
 
素直に助けて、ちょっと聞いてよ~と、表現できなかったのですね。
 
やり場のない、気持ちの整理に苦しむ状態が1年程積み重なった頃、ある日、おどおどしている自分に気付きました。
 
やることなすこと考えること全部に、不安がつきまとうのです。

これまで、新しい環境にも仕事にも挑戦し、会いたい人には会いに行き、前に前に進んできた、そうしてきた自分は、厚かましい程気丈な方だと思っていたのですが、その自分が、まさかこんなに脆くくずれそうになるとは。
 
おどおどして不安でいっぱいになっている、そんな自分に気づいた時のショックは、もしかしたら一番自分をうろたえさせたことだったかもしれません。
 
ずっと頑張ってきた人が、突然うつ病やパニック障害などの病に襲われた時、もしかしたらこれと似たような気持ちになるのかもしれないと、思いました。
 
こうした体験をきっかけに、私は遅まきながら徐々に「気持ち」「感情」というものの重みに気付くことになりました。
 
過去の体験から刻み込まれた傷は、たとえ自分の心が忘れようとしても、身体が記憶している。
生き延びるためにしてきたことが、自分自身を苦しめることがある。
 
今、迷いなく「トラウマインフォームドケア」に向かう自分がいる背景には、これを体験を通して知ったことが、大きく影響しています。
 
自分の感情を受け止める
 
自分の中に自然に生まれる素直な気持ちや状態を、抹殺しないということは、大げさではなく、自分のいのちそのものを大切にすることだと思います。

自分を受け止めることは、自分を甘やかすのとは違います。

自分を知ることで、よりしなやかに、強くなる道が広がります。現実を見ないのではなく、現実を見て、対応できるようになるので。
 
自分が大切にしたい人、目の前の助けたいと願う人を、真の意味で大切にしたいなら、自分を受け止めることからスタートしましょう。
 
ちょっと前までの自分は、「自分を大切にね」などという文言を見ると、ため息とちょっと怒りにも似た気持ちを感じていました。
「したいのはやまやま。分かっているけどできないのよ!」と、心の中で叫んでいたように思います。
自分を大切にする環境を作れない自分に対して、苛立ちを感じていたようにも思います。
 
でも、大した時間も、手間もお金もかけないで、できるのです。気持ちを、自分を、大事にすることは。
 
トラウマインフォームドケアの視点を持つことは、自分を大事にすること、そのもの。
 
目の前の問題をキレイに解決してくれるわけではぜんぜんなく、むしろ、知らなかった、隠れていた問題に気づかされることがあるかもしれません。
 
でも、不安が減ります。
 
不安が減るから、ありのままを見ようという勇気が出てきます。
そうすると、目の前に、ないと思っていた、別のもっといい道が、おぼろげながら見えてきます。
 
半心半疑で歩き出してみた。それがどんどん確かな姿となって現れ、その先に先に道が続いている。
人生50年目にして小さな一歩を踏み出した私が、そのように実感しています。
 
今、現実と自分の気持ちの間で折り合いがつかずもがいている人がいたら、伝えます。
「答えは内にもあるかもよ」と。
 
トラウマインフォームドケアを学んで伝えていくことが、未熟な私にいろんなことを教えてくれた、フィリピンの子どもたち、女性たち、出会ったいろんな人たちへの恩返しにつながらないかなと、むしのいいことを考えております。
 
トラウマインフォームドケア(TIC)というのは、人の心、心にできたケガやその基本的対応についての理解を土台にして、被害者(困っている人、苦しんでいる人)とそれを助ける人が、安心できる環境や関係性を作ることを目指すものです。
 
他にも、こちらの本に、次のように書かれています。
 
 
「トラウマによって生じた症状や行動化を、「病理」や「問題行動」として捉えるのではなく、それらは危機時における正常な「反応」であり、適応のための「対処」であると捉える。
 
解離やフラッシュバックといったトラウマ症状も、リマインダーに対する反応として当然のものであり、危険な状況を生き抜くための対処法と見なされる。
 
トラウマは、専門家の治療や投薬で直してもらうものというより、そうした医療的ケアを一助としながら、自分自身のためによりよい対処法を身につけて行くという本人の主体性に重きが置かれる。
 
よって、TICでは、本人の心情や考えを理解し、共感的に関わりながら、トラウマに関する情報を提供する心理教育と対処スキルの練習をすることが重要な要素になる。」
 
TICは、「○○法」とか、「××理論」とかみたいな、個別のケア技術や理論ではなく、人や環境を見るときの、ものの見方や捉え方。
目に見えないけどそこにある習慣や文化みたいなものじゃないかなと思います。
 
文化は日常に浸透して、そこにいる人の言葉や行動、壁の貼り紙から部屋の家具の位置まで、いろんなところに現れてくるものですよね。
 
安心がキーワードのTICな文化って、どうやって作られ、当たり前になっていくのでしょう。
 
約2年前から、自分たちなりのTIC文化を作る工夫が、NPO法人ソルト・パヤタスで始まっています。
 
最近、団体の3か年計画の評価が始まったのですが、過去になかった新しいルールが取り入れられました。
 
それは「自責・他罰を超える」というルールです。
 
計画通りに進まなかったり、当初期待していた結果が得られなかったりすると、原因探しで、自分を責めるか人を責めるかをして終わってしまいがちです。そうする方が楽なので。
 
私たちの脳はいつも働いていてすごく忙しいから、少しでも省力化しようしようとして、それ以上深く思考しなくていい方向に向かおうとするのですよね。そのように身体が作られているのです。
 
でも、責められれば防衛するのが、人の常。
 
責められれば気持ちは閉じ、本当は明らかになったかもしれない大切な事実や思いが、誰にも見えない心の奥の奥の方にしまいこまれてしまいます。
 
それではもったいない。
 
だから問題を話すときこそ、責めたくなる気持ちを意識して脇にやります。
みんなで、そうします。
 
計画通りに進まなかった、やれなかったということは、計画していなかった別のことをその時にやっていたということ。
 
その別のことというのは、もしかしたら計画していたことより、その時にやらないといけなかった、もっと重要なこと、さらにはその方が、ソルトにふさわしいことだったかもしれません。
 
やるべき!と頑なに進めようとしていたことはちっとも進まなかったのに、想像もしていなかったこと(変なこと、面白いこと)がなされていたということは現場ではよくあります。
 
そして、その自然になされていたことの中に、実はその人や地域や団体の強みがあったなんてことも、ありますよね。
 
評価をする目的は、関係者で本当のことをちゃんと知って、次に活かすためです。
 
そこにいるみんなが、子どものような気持ちで、何が起き、そこにどんな気持ちや意味があったのかを探る宝さがしの旅に出るのが、ソルト流の評価。
 
私たちの身体が無意識のうちにしていることは、私たちを危険から守るためにしていること。
 
その人が、私が、団体がしていることは、安心を得るため、身を守るためにしたこと。
 
その視点に立って、問題やその背景を、怖がらず、安心した雰囲気の中で、眺めてみる。そうすることで、今まで見えなかったことが見え、たどり着けなかったところに行けるかもしれません。
 
出口が見えない・・・と、もしあなたが悩んでいたら、TICの考え方を取り入れてみるといいかもしれません。
 
問題と見えているものは、これから先いい変化に向かうための大切な扉だったりして。
 
まあとにかく、「評価」なんて恐ろしい響きの活動をするときは、不安や恐怖を宝さがしに変えるTIC魔法は役立ちます(^^)
 
文化を作るのはトップから。
理事会に魔法使いがいっぱいいると、TIC文化が育ち定着していくのでしょうね。
 
  
 
家が大変なんだけど、周りの大人に
言えない子
相談していいことを知らず、ひとりで
むちゃくちゃ頑張っている子
 
自分のこと、ほんとうに分かってくれるかな
信じてもらえるかな
頼れる大人っているのかな
頼れる大人はどうやって見つけられる?
 
こんな気持ちを抱えた子のちょっとした
安全地帯になれたらいいですよね
 
子どもの気持ち、子どもの目線に近づきたい人
子どもたちの気持ちを応援したい人に
 
おすすめの催しがあります。
 
2019年12月18日(水)- 12月22日(日)10:00~18:00
ぷるすあるは絵画展(絵本朗読会/ギャラリートーク)
会場:小平市民文化会館 ルネこだいら展示室
東京都小平市美園町1-8-5(西武新宿線小平駅南口徒歩3分)
入場無料
 
 
22日(日)には保健師さんが会場にいて、お困りごとを聞いてくれるコーナーもあります。
不眠が続いて…とか、家族のお酒の飲み方が心配で…とか、最近の知り合いのxxな様子が気になってて…とか、誰に、どう相談したらいいのか迷う、ご自身や家族、周りの気になる人のお困りごと、保健師さんが聞いて相談先を案内してくれます。
 
「NPO法人ぷるすあるは」
絵本やウェブサイト「子ども情報ステーション」を通して、精神障がい(依存症を含む)を抱えた方、家族、特にこどもたちを応援する活動をしているNPO法人です。
 
 
チラシにあるこの言葉、大好き。
 
「大きなひとつのカケラはこわれやすいけど、たくさんの小さなカケラは簡単にはこわれない。
だれかを想う、たくさんの小さなカケラの集まりで、ふんわりと応援する だれでもだれかのサポーター」
 
いろんな街の、身近な場所で
こんな情報に触れる機会があったらいいなと思います。
 
子どもたちに信じてもらえる大人と社会を
目指したいものです。
 
私も、ボランティアとして、準備や搬入などのお手伝いに加わらせてもらうことになりました。
イベントも今から楽しみです。
 
 

12月1日(日)、日本アルコール関連問題ソーシャルワーカー協会主催の研修「アディクション家庭と子どもたち」に参加しました。
 

フィリピン教育支援でも、アプローチがすごく難しかったのが、アルコールや薬物依存、家庭内暴力等の問題を持つ子どもたち。
どうやって支援を届けることができるのか、そのヒントを見つけたくて、今もさまよっております。


教室は100名程の人でいっぱい。

児童相談所の職員、精神科病院のワーカー、スクールソーシャルワーカー等々、日々現場の第一線で悩みながら取り組んでいる方々。
 

内容の濃い4人のスピーカーの話と質疑応答で、あっという間に4時間が過ぎました。



胸に残った言葉たちを、書き留めておきます。

森田久美子氏 (立正大学社会福祉学部教授/一般社団法人日本ケアラー連盟)のお話より

ヤングケアラーについて
 ・イギリスで生まれた言葉 (※ACアダルトチルドレン‐アメリカ)
 ・家族や親族に、病気、障害、高齢でケアを要する人がいて、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18歳未満の子ども
 ・買い物、料理、洗濯、入浴やトイレなど身の回りの世話、病院への付き添いや通訳、家計費の支払い事務、元気づけ、きょうだいの世話、その他(家で起きていることを隠し、秘密にする)
 ・ケアの対象として、母親の場合「精神障害」51.8%、父親の場合「アルコール依存症」21.2%の割合が高い(2019年厚生労働省)
 ・ケアをすることの影響‐欠席、遅刻、学力がふるわない
 ・高校生の場合、生活面の満足感や学校生活の満足感、健康面が低い傾向
 ・家事やケアでとにかく忙しい。余裕がない。

イギリスの調査より
 ・依存症の親を持つヤングケアラーは、学校を欠席したり、教育上の困難がある子どもの割合が、他のヤングケアラーよりも高い。
 ・無秩序な生活や家庭内暴力のリスクの影響として、日課や関係を壊し、行動面・感情面の問題を引き起こすことがある。

日本では
 ・小中学生の0.9%(2017年日本ケアラー協会)
 ・中学生の1.2%(2015年北山他)
 ・高校では5.2%(2018年濱島ら)
 ・大学では8.5%(2016年森田)

・ヤングケアラーが必要としていること
 ・SOSを出しやすいように、助けてと言いやすい環境
 ・子ども自身がケアをすることをどう思っているのか、どうしたいのかについて、よく話を聴くこと
 ・子どもの担っているケアの負担を軽減すること
 ・ヤングケアラーや家族の病気や障害についての社会的な理解を促進すること



詳細はこちらへ 
ヤングケアラー協会
 

 

細尾ちあき氏 (NPO法人ぷるすあるは)のお話より

 ・精神障害の母、身体障害の兄を持つヤングケアラーだった。嫌じゃなかったけれど、小学生の時を思い出すと、とにかく家事や母・兄のケアで忙しかった。
 ・複雑すぎて何が問題なんだか、誰に対して、何を自分が怒っているのか、分からないまま、ただ忙しかった。
 ・お母さんが自分の子どもだったらよかったのに、と思っていた。
 ・相談しようという発想はなかった。他の人が入ってきたら、もっと悪くなるのではないかと不安だった。
 ・よく子どもからSOSが出ないと聞く。子どもは、家の問題がばれたらどうしようと思っている。「聞かれたらどうしよう」と不安。大人に話すには心の準備がいる。
 ・欠席、身なりが汚れている等の問題が見えてきたら介入しやすいかもしれないが、発達に問題のない子の場合、自分たちでなんとかしようとしてできてしまって大人に頼れない。問題が誰にも気づかれない。
 ・下の兄が「お前はなんも悪うない。誰も悪うない。病気も悪うない。(この境遇は)たまたまや」と言っていた。その言葉に救われた。
 ・誰を、何かを責めるわけではなく、その子がその子でいられる場所、信頼して頼れる大人がいることが大事。
 ・助けてっていう状態になったときに、子どもが声をかけやすい大人は、なんでもない時から話せる大人。ピンチの時もピンチでないときも同じように接してくれる大人。
 ・「何かあったら連絡してね」よりも、「○○が△△の時はXXしてね」と具体的に伝えられた方が、子どもには動きやすい。
 ・子どもと一緒に、いざという時の安全プランを一緒に考える(作戦会議)
 ・子どもは病名、障害名、診断が知りたいわけではない。子どもが「何に具体的に困っているか」を理解しようとすること。
 ・子どもに安心、安全が確保されることが大切。支援者が安心するための支援じゃない。
 ・子どもに接する人は、例えば「アルコール依存患者は怖い」というような偏見を、自分も持っているかもしれないと、自覚して対応してほしい。
 ・親の中には病や障害を抱えながら、子どもの教育を心配し、罪の意識を感じている人、感じてない人様々。子どもも負担を全く感じてなかったり、感じていたり様々。支援者の価値観を当たり前と思わずに対応すること。
 ・頼ることが苦手な人、なのだと理解して対応する。
 ・児童相談所、学校、医療の連携。うまくいかないケースで多いのは、脅しの支援。例えば、「親が〇〇しなければ、子どもを一時預かりする。」子どもを交換条件にした措置は、親からも、子どもからも信頼が得られず、敵対する。
 ・医療、福祉、教育の専門職の見方の違いアルアル。例えばネグレクトのお母さん。依存症でふらふら酩酊。でも子どもの食べものだけは数食分(チョコバナナ)用意している。この状況を、医療専門職の視点で見ると「しんどい状況でとりあえず子どもの食べものだけは用意した。まあよくやった。」福祉・教育専門職から見ると「信じられない!親失格!」こうした見方の違いがある。(それぞれの専門職の知っている情報、見方を持ち寄って支援を)

 

小川泰弘氏 (さいたま市教育委員会総合教育相談室/精神保健福祉士・公認心理士)のお話より

 

 ・依存症の問題は、なかなか学校現場ではあがってこない。
 ・学校は管理職次第で方針がまるっきし違う。極端な時は、子ども、親、担任、管理職で見てる方向がバラバラな時がある。
 ・子どもにとっていい方向に支援するために連携する。スクールソーシャルワーカーは、子どもを守るため、管理職に信頼され、担任に信頼されることが大切。
 ・先生方はとにかく多忙!
 ・子どもも多忙!授業に出さずカウンセリングというのはなかなか難しい。カウンセリングは、授業・部活の次となる現状。
 ・最近では不登校・家庭内暴力にゲームへののめりこみが見られるケースが多い。
 ・ゲームにのめりこむ背景、現実社会のストレス解消手段、安心感を得る手段
 ・そもそもゲームにのめりこみやすい家庭環境
 ・現実では味わえない仲間、達成感、成長、役割がある。
 ・ゲームを毛嫌いするのではなく子どもがやっているゲームに関心を持つこと。どんなゲームをどのくらい誰とやっているのか。「あたたかい」関心を持つこと。
 ・いじめる側もいじめられる側も心の「傷つき」を抱えている
 ・実際の支援現場は、うまくいったのかいかなかったのか、何がうまくいかなかったのか、判断しづらい。
 ・子どもや親のニーズを大切にする。何に困っているのかに焦点をあてる。支援は、信頼してもらうことから。
 

===

と、こんな感じでした。

 

ちあきさんの話は、胸にささることばかり。

あー、そこ、そこ見落としてた。。。って教えられることがいっぱいでした。

 

子どもの心、子どもの目線に近づきたい人におすすめです。

 

ぷるすあるは著 「生きる冒険地図」より

周りに頼る大人がいない子どもたちだけで、何とか毎日をくらしてる二人の子どもMIRUとIRU。

どこのまちにも、どこの学校にもいる、でも、誰にも見えない二人は、生きるために、頼れる大人をみつける冒険へ。

ぷるすあるは 心理教育 教材いろいろ

大綱案、読みました?
 
今の子どもの貧困の課題が、ぜーんぶ網羅されていると思えるような、理想にあふれた、バラ色・虹色の内容。
 
大綱は大きな方針で、まずはここに必要なことが網羅されていることが大事なんだろうと思いますが、バラ色の理想を読んでいたら、なんだか読んだだけで満足しちゃいそうで、あっまずいと思いました。
実施されてこその大綱です。
 
「子どもの貧困」と一言で言っても、人によって気になる領域、これは優先と思う領域は違いますよね。
 
「幼児教育無償化」「高等教育の機会」「就労へとつなげること」等が、最重要課題だと思う方もいらっしゃるでしょう。
 
どの領域がどこまで施策に反映されるのか、大綱の段階では分かりません。
 
ご自身が、ここはぜひ落とさないで!!!と思うものがあれば、ぜひ、それを伝えておくと良いのではないかと思います。
 
意見は1000文字以内となっています。修正しようと思って、画面を戻ると、入力したものが全て消えてしまうようになっているので、下書きを別ファイルで作成してコピーすることをお勧めします。
 
個人的に、これは確実に実行されてほしい!と思ったことは・・・
 
1の(5) 特に配慮を要する子供への支援 
・児童養護施設等の子供への学習・進学支援
・特別支援教育に関する支援の充実
・外国人の子供等への支援
 
2の(1) 親の妊娠・出産期、子供の乳幼児期における支援 
・妊娠・出産期からの相談・切れ目のない支援
・特定妊婦等困難を抱えた女性の把握と支援
 
2の(3) 食育の推進に関する支援 
・疾病や障害、経済状態等の個人や家庭環境の違い、多様性を踏まえた食育の推進
 
2の(7)相談職員の資質向上
 
特に、相談職員の資質向上は、気になって、大綱の中に「研修」ということだけが書かれていたので、研修の一部を、支援者側の心身の健康のための「ケア」や「相談者が相談できる環境作り」に振り分けることを提案してみました。
 
研修の効果は、受ける側のレディネスに左右されます。
今、知人やニュース、調査結果などで見聞きする、支援現場の職員さんたちがおかれた状況はこんな感じ。
 
・相談件数は増加しているが、時間に余裕がない
・深刻で胸が痛くなるケースの連続で精神的打撃・感情的消耗を体験する
・その一方、問題は自分の力ではどうしようもないことが多く、達成感を感じられず無力感に苛まされる場面が多い
・仲間は次々と早期離職する
・業務の困難性を受け止め、相談・助言を求められる場、セルフケアの情報が少ない
・ストレスフルな環境で同僚・上司も疲弊しハラスメントが横行している
 
意欲を持続することすら難しくなるような、このような状況にいる現場の職員さんたちに対し、新たに研修が追加されても、負担感が増すばかりで、資質向上につながるのかと疑問に思います。
 
研修効果を上げるために、資質向上の施策の中に、ケアと相談支援の視点をぜひ盛り込んでほしいです。
 
子どもの健康・意欲・社会に対する安心感や信頼感、将来に対し希望が持てるかどうかは、その子どもが、出会い触れ合う周囲の人間の健康・意欲・社会への安心感や信頼感、将来への希望を感じながら生きているかどうかに、影響を受けます。
 
子どもや養育者と、最も近く接するのが、相談支援員さんたち。
 
こちらの研究を参考にしました。
社会的養護(児童福祉施設)における 人材育成に係る要件に関する研究報告 https://www.zaidan.shiseido.co.jp/activity/carriers/publication/pdf/research201604.pdf
児童養護施設職員のバーンアウトに関する研究一職員支援にもとつく被措置児童等虐待防止の観点から https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/16566/1/shinrishakaigaku_8_1.pdf
児童養護施設職員への心理的支援に関する研究 https://core.ac.uk/download/pdf/46896186.pdf
 
今後の動きを、見守っていこうと思います。
 

良書に出会いました。

 

東京大学先端科学技術研究センター

特任研究員で、ご自身も発達障害の

当事者である綾屋紗月さんが

まとめられたこちらの本です。


「他分野の豊かな学術的知識を

人々の生活世界から切り離された

ものではなく、当事者が生き延びる

ための知に足のついた資源として

再配置していくこと。その具体的な

実践がここにあります。」

 

と、書かれているのですが

本当にこの研究によって

分野を超え様々な研究がつながり

研究と、日常の暮らしがつながり

必要とする人同士がつながり

力強い資源となる

一冊だと思いました。

 

発達障害がテーマですが、社会の

分断や寛容についても

考えさせられます。

 

目から鱗が何百枚もはがれおち

ページをめくる度、心拍数や体温が

上がっていくような感覚がしました。

 

大好きな一節

 

「Recovery is Discovery 

回復とは発見」
 

「生き延びる上で必要なのは

いっときだけ楽になる薬や、小手先の

ハウツーなのではなく、経験に

意味を与えてくれる知と、それを

信に変えてくれる仲間の存在

なのかもしれません。」

 

どんなに困難な状況にあっても、その場と自分や仲間の経験の中に、困難を解消する知恵が眠っていると考える「当事者研究」。


今日から始まった施設実習で、私は、豊島区にあるBase Campという施設でお世話になっています。(就労継続支援B型作業所)


展示スペースで、早速こんなかわいいものを見つけてしまいました。

 

作者のおおしまさんです。
猫が犬の上にのっかっている写真をヒントに、描いたんですって。
なんとも言えない、脱力の1枚。私のお気に入りの一着になりました。


そうそう、「当事者研究」って、誰かよそから来た人が、当事者と呼ばれる人を研究する、ということではなくて、自分たちで自分たちのことを研究・発信するということらしいです。
当事者研究の第一人者、北海道浦河町の「べてるの家」の向谷地さんが、とっても分かりやすく説明して下さっているサイトがこちらです。

当事者研究とは


中でも、私の胸にささったのは、冒頭の文と、こちらの説明でした。

「単なる「問題解決」の方法ではなく、「問題」と思われている出来事に向き合う「態度」「とらえ方」「立ち位置」の変更や見極めを基本とし、問題が解決されないままでも「解消」される可能性も視野に入れる。それは、自分自身の生きてきた経験と今を語る「言葉」を吟味し、育みながら、現実の生活場面の中に具体的なふるまいとつながりを創造していく言葉のプログラム」

既に自分の中にある感覚や体験を活かして、自己制御力を高めていこうとするコミュニティ・トラウマ・レジリエンシー・モデル(コレモ)と、根っこの考え方は似ているなあと思います。

コレモとは (「コトレモ」から名前が変わりました)

宝物は外ではなく内にある。

 

それを信じて、引き出す

当事者研究とコレモ。

私たちは、弱い。
弱いけれど、強い。

ひとりでなく、傍にいる誰かと

みんなで、
弱くなったり強くなったりして
いっしょに生き抜いていきたいです。
 

10月27日(日)、Base Campで、こんなイベントがありますよ。

 

ジェーン・スティーブンスさんの「ACEの科学にまつわる12の神話」の続きです。

その中の5つについて、紹介します。

ACEに関する神話#3:

「子ども時代の逆境体験研究の知見は、あなたの逆境体験を理解するのに役だつ」

→ それ以上の効果があるでしょう。

子ども時代の逆境体験は、驚くほど普通の、世間によくあることです。約17000人を対象とした調査で、ACE体験の10のうち1つを体験している人が64%を占め、4つ以上ある人が12%いました。

間違いなく、子ども時代の逆境体験と大人になってから発症する慢性疾患、精神疾患、暴力、被害者となることの間には関連があります。骨折すること(スリルのあるスポーツ等で)も含まれます。

子ども時代の逆境体験が多ければ多いほど、結果はより深刻です。 ACEスコアが4の場合、アルコール依存症のリスクは7培、自殺を試みるリスクは12倍に増加します。心臓病と肺がんの発生率は倍になります。

ACEは、慢性疾患、経済的および社会的な健康問題など、私たちの健康問題のほとんどに関係しています。

あるタイプのACEは、別のタイプのACEよりも悪い、ということはありません。

 

4つのACE体験‐離婚、身体的虐待、抑うつ状態または家族が刑務所にいる‐を持つ場合と、他の4種類のACE体験を持つ場合とでは、同じような統計的結果が出ています。

 

特定の一つのトラウマ体験の防止策(性的虐待撲滅)や/または対処メカニズム(喫煙の停止)に焦点を合わせたとしても、トラウマ体験や対処メカニズムを撲滅させられない理由はそこにあります。


ACEに関する神話#4:

「ACE体験を持っていたらもうおしまい、なければ問題なし。」

→ 脳には可塑性があります。また私たちの身体には治癒力があります。 

 

ACE体験を持っている人は誰でも(子どもでも大人でも)、癒すのに遅すぎるということはありません。

 

 ACEの科学を理解することが、最初のステップです。ACE科学を知ることで、あなたが生まれつき悪かったわけではないということ、また、子ども時代をコントロールすることはできず、あなたが当時とった対処方法は、それよりましなものがなかったからそうした、つまり適切だったということや、癒すことができるということが分かるからです。

 

最近の調査では、子どもの頃にACE体験がたとえあったとしても、保護因子を持っている場合、保護因子を持たない人よりもはるかにうまくいくことが示されています。

 

興味深いのは、ACE体験がゼロ、あるいは体験数が少ない場合でも、人生がバラ色であるというわけではないということです。

 

保護因子がないケースでは、ACE体験と保護因子があるケースより、悪いという結果があるのです。保護因子は、健康と幸福にとって重要なのです。


ACEに関する神話#5:

「ACE体験のスクリーニングテストが、どこででも行われる必要があります。」

→ 必ずしもそういうことではありません。コミュニティ、学校、組織において、ACE体験の負担や保護因子、またそれらの程度について知りたい場合、匿名のACEおよびレジリエンス調査で十分です。

 

ただ、保健医療の領域においては、治療と追跡のために個人的なスコアが役立ちます。

 

いずれにせよ、ACEの科学について十分説明をすることが不可欠です。

 

説明なくACE体験のアンケートを不用意に実施しないでください。

 

ACEのスクリーニングは一般化させてはならないという意見を持つ人も一部にいます。「保険会社が保険料を決定するためにACEのスクリーニングを実施したらどうなりますか?」というような問いがあるのです。

 

保険会社は、悪意のある方法でACE研究の結果を使用する前に、まず自分の組織のACE調査結果を見るようにという運動が起こることを望みます。


ACEに関する神話#6:

「身体的および性的虐待は、最悪のACE体験です。」

→ 脳はACE体験の種類を区別することはできません。

 

ACE体験は、ひとたび脳に入れば、いずれも「有害ストレス」です。 ACEの調査では、ACE体験の種類はあまり問題ではないことが示されました。

 

4つのACE体験、例えば、離婚、身体的虐待、家族の投獄、抑うつ状態の家族がいることを含む場合と、家族にアルコール依存症患者がいること、言語的虐待、感情ネグレクト、身体ネグレクトを含む場合とで、同じような統計的結果が出ています。

 

感情的、社会的、経済的、生物医学的に、さまざまな結果を調査しました。ACEスコアが2つ、4つ、7つの場合、ACEスコアがどんな内容かは問題ではありませんでした。

 

それは予想外で驚きだったと、ACE研究の第一人者であるFelitti氏は言っています。


ACEに関する神話#7:

 「トラウマについてよく知っているならば、ACEの科学について学ぶ必要はない。」

→ 確かにACE研究について説明することなく、多少の脳科学の知識で、トラウマ・インフォームド・アプローチ(トラウマについてよく理解した支援)を実施しているところもあります。

 

しかし、ACEの科学の説明をそれに組み入れた方が、組織的な成功を収めることができます。
 

今日はここまで。

昨日、ACEコネクションネットワークを始めたジェーン・スティーブンスさんが、「ACEの科学にまつわる12の神話」というタイトルで投稿をしていました。
 

ACE研究というのは、ACE:Adverse Childhood Experiences 子ども時代の大変な体験と、大人になってから発症する病気、行動、生活習慣上の問題などとの関連性を調査した研究です。

ACEとなる体験には、傍から見て分かりやすいトラウマになるような深刻な体験から、他の人は気付かず、場合によっては本人も自覚なく知らず知らずに受けているストレスまで含まれます。

1998年に最初のACE研究が発表されて以来、アメリカを中心に世界各地で調査が広がり、今では、ACE研究と一口に言っても、その研究領域は主に5つ、体験の種類も、家庭内の個人的なものだけでなく自然環境も含む3つの領域で示されています。

■ACE研究の5つの研究分野


・ACEを経験している人の数、体験のレベル、影響、予防などの研究(疫学)
 

・ACEによる有害ストレスが子どもの発達中の脳にどんなダメージを与えるか(神経生物学、脳科学)
 

・ACEからの有害ストレスが、短期および長期の健康にどのように影響するか
 

・ACEの影響が、世代から世代へどう受け継がれていくか(後成的遺伝学)
 

・レジリエンスに関する調査(脳の可塑性、有害ストレスからの保護因子、ACE科学に基づいたレジリエンスの鍛え方の研究)


■ACEの3つの領域(以下はその一部)
 

・家庭の中で、見聞き、体験するACE:
 

家庭内暴力、虐待(性的、感情的)、家庭内でのいじめ、親の離婚、家族の誰かが刑務所に入った、ホームレス状態、ネグレクト(身体的、心理的)、親が精神疾患を患っている、家族の誰かがアルコールや薬物等の依存症である、妊娠期や産後のうつ等

・コミュニティの中で、見聞き、体験するACE:
 

昔起きた不幸な出来事(虐殺事件、大事故、戦争等)、質の悪い教育を提供する学校、社会資産の不足・社会的流動性のなさ、構造的な人種差別、暴力、貧困、水不足、良質な水へのアクセスの悪さ、不十分な賃金収入、仕事不足、住宅環境の悪さ等

・自然から受けるACE:
 

気候の危機、記録的猛暑・干ばつ、山火事・煙害、記録的な嵐・洪水、土砂崩れ、海水の上昇、自然災害、トルネード・ハリケーン、噴火、津波、地震等


ACE研究では、苦労するような体験が子どもにとって全て悪であると、決めつけているわけではありません。

体験があったとしても、保護因子(例えば、安心して子どもの心や生活を支える大人の存在など)があれば、影響は少なくて済み、癒され、また、その体験が糧になって体験前より強くなったりします。


そういった保護因子の研究も含め、新しい発見が日々出ているACE研究です。

今回の12の神話には、ACEが広まる上で生じてきた懸念や疑問の声に答え、伝える上での留意事項などを示しています。
 

原文はこちらのサイトで見られますので、よかったらご覧ください。
ACEコネクションネットワーク


これから何回かに分け、私なりの訳をつけて紹介していこうと思います。

さて、内容もさることながら・・・

 

今回ジェーンさんの投稿の後、素敵だなと思うことがありました。

 

ジェーンさんがこの投稿をアップした直ぐ後、ACE研究の産みの親の1人であるビンセント・フェリッティ博士が、こんな賛辞をアップしたのです。


「ジェーン、ありがとう。君は、長い間、よき人たちが敢えて触れず、尋ねず、沈黙を守ることで、隠されてきた重要な人間についての情報を、世界中に広める素晴らしい仕事をしているね。ぼくは君がしていること、そしてそれを行うことの効果に、常に感銘を受けています。君が書いている ACE研究の本を読むのが待ちきれないよ。」

書籍化、本当に楽しみです。

 

研究を進める研究者、その研究の結果を使って、医学・教育・福祉の現場で実践する人、環境を作る政治家、公共政策に携わる人、伝えるメディアの人、いろんな人にとって、価値ある情報を、誰もが分かる言葉で、アクセスしやすい方法で共有しているジェーンさんたち、ACEコネクションネットワークのメンバー。素晴らしいです。

 

1998年、アメリカ、カリフォルニア州で、ACE研究(Adverse Childhood Experiences Study :子ども時代の有害な体験の研究)が発表されました。


約17000人を対象とした、子ども期の体験と疾病との関係を示した調査だったのですが、結果は衝撃的なものでした。

 

虐待や暴力、家族との別離、極端な貧困などの不幸な体験の数が多いほど、病気になりやすかったり、自殺率が高かったりしたのです。
 

それ以後、それをさらに裏づけるような研究が、アメリカの他の地域や世界各地で行われました。
 

子ども時代に心や身体に刻まれた、苦しい、寂しい、悲しい体験、つまりトラウマになるような体験は、発達を阻害し、学力、行動、習慣に影響を及ぼし、生涯に渡り精神や身体の病気になりやすく、犯罪を起こしたり巻き込まれたりする率も高いということが分かってきました。


今年、WHOの研究者たちが、ACEに関する複数の国際研究と、2012年~2018年に北米やヨーロッパで実施された、病気と有害な体験の関係を調べた研究を、統合した論文を出しました。

23の研究、160万人を対象とした、膨大なデータ数から出た結果で確認されたことは…

・ACEは、人間の健康と幸福に関係している
 

・ACEは、精神障害および自殺の主要な危険因子であり、うつ病、不安障害、喫煙、アルコールや薬物依存、他者に対する攻撃性、暴力、危険な性行動、心的外傷後ストレス障害を含む生涯にわたる後遺症をもたらすものである

ということでした。
 

子どもの、トラウマになるような体験のほとんどは、身近な大人がもたらしています。

 

または、大人が作った環境や社会が、もたらしています。

WHOは、Preventable Trauma (予防可能なトラウマ)という言い方をしています。

防ぐことができるトラウマ体験。

それによって、北米とヨーロッパで、年間、約1.3兆ドルが、費やされているそうです。

例えば個人や国家が負担する医療費だったり、国や地域が負担する処罰や保護更生にかかる社会コストだったり。

日本円に直せば約130兆円!
日本の来年度の一般会計の概算要求額が約105兆円で、それ以上というのですから、もう目が飛び出そうなぐらい、痛いコストです。

トラウマが個人や社会にかけているコストを減らして、減らしたコストを、みんなが生まれてきてよかった~と思えるような社会づくりのために、使いたいですね。

ACE研究が伝えるような悲惨な社会の現実を知ると、じゃあACEを体験しちゃったら、未来に救いはないの?と言いたくなるかもしれませんが、そういうことはありません。
 

子ども時代の苦難を乗り越えて、実り多い人生、他の人を助けるような人生を送っておられる人は多いし、ポスト・トラウマティック・グロース(トラウマを乗りこえた先にある成長)という言葉もあります。
 

ACEという過去は変えられないけれど、ACEの影響という現在と未来は、変えられます。
 

みんなが、ACEについて、トラウマについて知っている、という環境を作っていくことが、大事なのではないかなと思います。

治療や支援のプロしか、この現状を変えることはできないのかというと、それは違うような気がします。

治療はそうかもしれないけれど、治療や支援に、困っている人と「つなげる」人の存在も重要です。

 

足元から、今日から、私たちができることは、自分に、身近な人に、すべての人に、もしかしたらACE体験やトラウマがあるかもしれないと考え配慮すること、「トラウマインフォームドアプローチ」です。
 

これから、ちょっとづつ、このトラウマインフォームドアプローチに関係することを書いていこうと思います。

 

WHO 9月4日の記事 トラウマが、社会にかけているコスト

 

世界で行われているACE研究(2012年~2018年)