トラウマの視点から支援を見直してみよう
~子どもが抱えるあらゆるニーズに応えるために~
 
1980年代から米国においていち早くトラウマインフォームドケアに取り組み、トラウマに対する援助を行う現場で起こりうる「再トラウマ」の理解と、それを予防する「安全・安心な機関づくり」をベースとする“サンクチュアリモデル”を提唱したサンドラ・L・ブルーム博士の講義がこちらで視聴できます。
 

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DVD No.8 健全なシステムとは(17:24

 

健全なシステムでは、オープンで、率直で、密なコミュニケーションがあります。そのため支援チームは、まず組織内の全員に周知すべきコミュニケーションプランをたて、組織の内外両方のステークホルダーに通知するための資料を用意します。

 

健全なシステムは、組織の記憶というものを蓄積し、引出し、そこから学びます。重要なのは、組織としての記憶と同時に、組織の一人一人が組織の記憶を持っているということです。つまり、その組織で長く勤めるほど、去るにあたって、引き継ぐべき重要な知識を知らない間に蓄積しているのです。

 

辛い記憶は厄介です。組織に何か悪いことが起こった場合、個人に起こったことが組織にも起こります。忘れよう、なかったことにしようとするのです。悪いことが起こると職場は一日二日その話題でもちきり、しかしそのうちに上司がやってきて、「さあさあ、もう十分だ、仕事に戻りなさい。」という。でも、そんなに簡単じゃない。危険なのは、むしろ、辛い記憶からの解離現象が起こることです。すると組織は、いつまでもその亡霊に苛まれる結果になります。

 

悪いことが起きたときほど、新しい学習と計画が必要です。そこから何を学んだのか、これから何を変えたらよいのか、うまくやれているかを振り返って確認するための計画をたてるのです。トラウマに対応する組織は、記憶を活かし続けます。記憶を思い起こし、どうしてこんなことが起きたのかを振り返ります。組織ができたときのビジョンについてはもう分からないとしても、組織のトラウマの歴史については知りたいのです。私たちが関わった組織には、100年以上の実績のあるところもありました。長い時間が経過しているからといって、もはやその歴史が今の組織に影響を及ぼしていないわけではありません。何を失ったのか、どんな失敗をしたのか、どう対応したのか、どんなふうにうまくいったのか、組織の歴史を振り返ります。

 

個人のクライアントに関わる場合と同じです。これは組織レベルで取り組むこと、率直なコミュニケーションへの取り組みの一つです。健全なシステムは学習する組織でもあります。学習する組織という概念の産みの親ピーター・センゲの言葉にこんなものがあります。「学習する組織において、リーダーは設計者であり、世話役であり、教師である。」

 

リーダーは、職員が自分の能力を常に向上させ、複雑な問題を理解し、ビジョンを明確化し、共有されたメンタルモデルをよりよくするような組織を構築します。すなわち、リーダーは学習の責任者なのです。社会的学習への取り組みと言っていいでしょう。ネルソン・マンデラの言葉通り、教育こそが、世界を変えるための最も強力な武器なのです。しかしそのためには人をどう教育するか知っていないといけません。これはトレーニングというより、むしろ再教育と言った方がいいでしょう。

 

関連の最新科学の成果をどうやって教育するか、簡単なことではありません。トラウマと逆境に関する科学、社会神経科学、精神神経科学などのれっきとした科学、学問ですから、皆に理解させるのは大変です。トラウマに対応できる組織は、社会経験からの学習を重視し、ルーティンとして葛藤マネジメント方略を用い、その葛藤を新たな学習に役立てます。

そして難題には常にクリエイティブで統合的な解決を追求します。トラウマに対応できる組織は、経験から学び、たとえ好ましくない変化であろうと対応します。順応できないといけません。

 

学習は組織全体で共有されます。組織全体にはすぐに思い浮かべることがないような人も含まれます。例えば保守管理をする人、食堂で働く人、経理や総務のスタッフなど、全員です。どの人にも関わることですから。そして学習したことを活かして変化を起こしてほしいのです。もし学習したのに同じことを何度も繰り返しているなら、それは学習ではなく、実際には学んでいないのです。その時は学校の子どもと同じように、どこが分からなかったのか戻って考える必要があります。そうすると、コミュニティメンバーは人間の行動は実は理にかなっていることが理解できるようになります。一人一人の経験について、十分に文脈を理解すれば理解可能なのです。

 

私たちはまた、人を傷つけるのは、実は自分を傷つけるのだと学びました。自分や他人への暴力、それは痛みの症状です。暴力をふるう人は、本当は助けを求めているのです。許されないようなことをしている人は、「私は問題を抱えています」と伝えようとしているのです。

助けてほしいと。

 

態度がひどいとその裏にあるものはなかなか認識しづらいですが、コミュニティ全体としては、痛みを最小化し、報復の起こる前に埋め合わせをしなくてはなりません。人は報復を求める性質を持っています。誰かに傷つけられたら相手にも傷を負わせようとする。誰かに親切にされたら相手にも親切にしようとする。これは基本的な社会的プログラミングと言われるものです。これは人を傷つけるだけでなく非常に危険なことです。必ず報復したいと思うのが人間ですからそれが人間としてごく自然なことなのです。

 

トラウマに対応できる組織は、誰もが全てに完ぺきではないと分かっています。ですから特別なニーズに対応できる専門家を雇います。組織という集団では危険に対処するため最良で最も公正な方略を決定し、すべての専門家が同じ認識を共有すべきです。このイラストの、教育、児童福祉、司法、メンタルヘルスはすべて縦割りです。それぞれ異なる言語で話し、異なる反応をし、同じ基礎知識を共有していません。そこを変える必要がある。なぜなら、もしこれら全てのシステムに関わっている人がいたら、その人はそれぞれの専門家から矛盾するメッセージを受け取ることになってしまいます。なので、将来的にはすべての専門家が同じ認識を共有し、同じ言語を話し、同じ目標を目指すことが重要です。学習はもちろんそうですが、忘れることもまた学習の一部なのです。ヨーダが言ったように健全なシステムは忘れることもしています。

 

トラウマに対応する組織が問うべき重要な三つの問いがあります。これからも続ける必要があるのは何か、うまくいっていて役にたちミッション達成に有用なのは。じゃあ何をやめないといけないのか、もうできない、心地が悪い、自分がやっていることと矛盾しているのでできない、偽善者になってしまうから、もう続けられない、そしてどんな新しいことを

学ぶべきなのか、何を始めないといけないのか、新しい取り組みが必要なのかをどうしたら分かるのか、この3つの問は、実施段階でとても重要な問いなのです。

トラウマに対応する組織は社会的学習に熱心です。その標準的な操作手順と、その方針手順を認識し、それらが組織のミッションや価値観と整合性があるかを確認します。そして先ほど申し上げたとおり、全ての価値をすべてのプロセス、どんな組織にも生じる人事に関する実践に適応していくのです。

 

また、健全なシステムは社会正義を重く受け止め、有限実行します。つまりトラウマに対応する組織とは、人権についての組織なのです。子どもを含めたあらゆる人の人権についての組織なのです。

現時点でアメリカは世界で唯一国連の子どもの権利条約を批准していない国です。私はそれが、この国がどこにいて、どこに行くべきかについて、重要なことを示唆していると思います。なぜなら個人の問題は政治の問題なのです。

 

トラウマへの暴露は、人々を阻害させ、意味や目的の感覚を感じられなくさせてしまうということを私たちは知っています。今の環境では多くの人がそのように感じていると思うのです。だからこそ、私たちは互いに責任があり、責任を持つのだと言う概念に立ち戻るべきです。

 

誰でも常に自分のニーズとより大きな集団のニーズとのバランスをとらなければなりません。私たちはいまだかつてないほど相互につながっているのです。

 

健全なシステムは、仲間と一緒に働き、変化を起こし、問題を解決します。サンクチュアリではそれを「セルフ」と呼んでいます。安全Safe、感情Emotion、喪失Loss、そして未来Futureの頭文字です。コンパスになっているのは方向性を指し示すのであって、達成すべき段階を意味するものではないからです。これはシンプルで誰でも使え、トラウマと逆境から立ち直るための根本的な領域について、数多くのアイデアを与えてくれます。

 

安全を確保し、自分の感情の管理の仕方を知り、喪失と変化に向き合わなくてはならない。

しかし明確な未来が見えなくては、向き合うことはできません。だから、効果的な問題解決と問題整理のために、そのコンパスを動かし続けて下さい。これが成長と変化へのコミットメントへとつながっていくのです。

 

セルフはこうしなければならないといった順序や段階がないので、どんな場面でも活用できます。ちいさな5歳の子どもさえも、セルフがどんなものかを説明できます。家族、スタッフ、組織全体にとって、セルフは非常に強力なツールとなります。教師にも役立ちます。実際教室で広く使われています。子どもたちの置かれている状況が把握できます。その子にどうしてあげたらよいのか、その教室内の葛藤をクラス全員とどうやって解決すればいいのか、学級全体としてうまくやれているか、皆はセルフをどう思っているのか、何かを変えなければならない、やり方を変えなければならない、どうやって安全に感情を制御し、何をあきらめなくてはならないのか、あるいは目的に照らせば諦める価値があるのか、すべて成長と変化をめざす取り組みの一部です。

 

セルフを使うにあたって、考えるべき重要な問いはなんでしょう。その人にとって、自分自身にとって、その学級にとって安全を脅かす問題とはなにか、感情マネジメントに関わる問題は何か、喪失の問題は、その人、又はクラスが被った喪失の問題は何か、変化を起こすには、どの喪失を再認識しなければならないのか、そしてなぜ変えるのか。

 

人が抗うのは変化ではありません。喪失です。人は喪失が嫌なのです。失わなければならないものを認識することで、自分、あるいは自分を含む周囲の人が変わることで得られる利益は何かというビジョンが得られるのです。

 

私たちが地上チームとして喪失の概念にたどり着いたのは、随分後になってのことでした。それは本当に重要なことでした。もし痛みをともなう喪失の問題に対処しないまんまだと本当に変化することはできません。喪失は私たちが見過ごしていた重要な要素でした。同時に、健全なシステムはいいことがあった時に、その楽しみ方を知っているものです。お祝い事は定期的に、どんな小さな変化や改善も見つけてお祝いし、よりよい未来を志向しましょう。また笑いは万能薬です。

笑って楽しんで遊ぶという要素を大切にしましょう。私たちはこれをサンクチュアリモデルと呼んでいます。これは組織が変わるための青写真であって、レシピではありません。

 

トラウマインフォームドな価値について、もう一度繰り返しましょう。人生のすべての局面で安全と感じられること。そのためには非暴力と多面的な思考ができる必要があります。

感情的知性が必要です。なぜなら、個人や集団の意識と無意識の両方を理解しなくてはいけないからです。

 

人間は試行錯誤を通じて学ぶ存在なので、社会的学習が必要で、また相互の信頼関係の中でこそ、最良な学びができます。情報を偽りなく、オープンで風通しのよい状態に保つため、コミュニケーションをオープンにしておくこと。秘密は病を生み出します。権力の更なる濫用を避けるため、民主的であることを目指さなければなりません。複雑な問題に対処するためには幅広い参加が必要です。良いアイデアがどこから出るか分からないからです。

 

個人のニーズや欲求と社会全体の福祉とのバランスをとるために、社会的責任を果たす姿勢が求められます。成長と変化には強い決意が必要です。変化には喪失が伴うので、それに代えても価値があるのだという認識をしっかりと持っていなければ実現できません。

 

ですから、もうお分かりでしょうが、トラウマに対応し乗り越える組織は強い心を持たない者には向きません。欺瞞の蔓延する時代に真実を伝えることは革命的な行為になります。

 

私たちは今、自分たちの抱えている問題やこれからやってくる問題の大きさを否認し続ける時代に生きているのです。

 

皆さんには、たとえ声が震えようとも、真実を話すことをお勧めします。

ガンジーは言いました。「彼らはまずあなたを無視し、次にあざ笑い、そして闘いを挑むだろう。しかし、最後にあなたが勝利するだろう」と。

 

バスラフウ・ハーベルは、「真実と愛が嘘と憎しみを克服する」と言いました。もう一人の私のヒーローは、デモクラティック・セラピューティック・コミュニティの創設者の一人、マックスウェル・ジョーンズです。彼は1953年にこう言いました。「メンタルヘルスの分野では、精神療法や精神衛生に最も注目が寄せられているが、健全な人格を育成する文化全体の設計はほとんどない」と。

 

このことがあらゆる支援者が今後取り組むべき課題なのです。自らのキャリアを築いている支援者の皆さんの課題、それが我々のすべきことであり、ぜひしてもらいたいと心から願っているのです。

 

 

 

トラウマの視点から支援を見直してみよう
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DVD No.7 民主的な学校はトラウマを回復させる(4:16)

 

トラウマを負った脳のことを考えると、民主的な学校や職場こそ、トラウマに対する一番の治療法であると、私は信じています。ただ、どんなシステムならトラウマによる傷を回復させられるのでしょうか。どうすればシステムを民主的に運営できるでしょうか。それにはたくさんのプロセスや話し合いが必要となります。反対意見にも忍耐強く耳を傾ける姿勢が求められるので、非常に大変なことです。そのためには、自分の感情をマネジメントする方法を学ぶこと、たとえ怒りをおぼえても、相手の首を締めあげてはいけません。たとえそうしたくてもね。

 

自分の衝動をコントロールする方法を学び、言葉で話し合うことを学ばなければなりません。また、自分が決めたら勝手に行動に移すのではなく、まず周りと共有し、集団内で許可を求めてから、問題解決をしなければなりません。

 

このように、多くのソーシャルスキルを伸ばす必要があります。つまり、子どもであれ、大人であれ、経験を通じて、権力の濫用を最小化する方法を学び、いじめの加害者の抑え方を学ぶのです。少数意見の人やマイノリティは、リーダーが彼らの声が通るように尽力すればエンパワーされるでしょう。トラウマの被害者は常に恐怖に怯え、周りが信用できないため、こちらが被害者の声を聴くよう努めていることを示さない限り、自ら声をあげられません。

 

選挙での投票が市民の権利とされるのみならず、義務とされるような社会になってほしいものです。例えばオーストラリアでは、選挙当日に仕事を休んで投票しに行くことができ、投票しないと罰金が課せられます。ここでもそうだったらどうでしょう。今のような信じられないほど低い投票率にはならず、人々は投票に行くでしょう。今の制度はまるで投票に行けないように仕向けているかのようです。

 

我々の職場や学校でも同じです。しかし、システムを民主的に運営できれば、フェアプレイを示すことができ、修復的手法の良い実例となります。また実現のために、人は信頼を築くようになります。またその生命線であるソーシャルスキル、すなわち交渉や譲歩、妥協の仕方を身に付けることになります。こういったことが、私が民主性こそがトラウマの治療薬だと主張する理由なのです。

 

トラウマを受けた人々は、長期的な脳への影響により、こういうことすべてに機能不全を起こしているのです。友人で精神科医のジョナサン・シェイは、ベトナム戦争を経験した兵士を専門に診てきましたが、実は、ギリシャ神話の学者でもあります。彼が言うには、若い古代ギリシャ市民は、長期間に渡り戦争に駆り出されていたため、その後日常生活に戻り、民主的な生き方を送ることが難しくなったため、彼らを癒す必要があったと言います。彼は、ギリシャ悲劇はその過程で生まれたと考えています。それが戦争を経験した兵士を、日常生活に適用させる今日言うところのPTSDへの処方箋だったのです。

 

 

 

トラウマの視点から支援を見直してみよう
~子どもが抱えるあらゆるニーズに応えるために~
 
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DVD No.6 システムをどう創り変えるか?~トラウマに対応できる組織づくり~(25:11)

 

さあ、何から始めましょう。あなたが教育機関やメンタルヘルスプログラムのリーダーだとしたら、あるいは、それ以外の組織でも構いません。まず、何から始めますか?まずは、ビジョンを明確にしましょう。自分ひとりのビジョンではだめです。他のメンバーと共有します。徹底的なブレインストーミングで、何を変えたいのか明確にします。その際いわゆるアトラクターシステムというものを作る必要があります。

 

すべてのシステムは一連のアトラクターシステムによって、バランスまたはホメオスタシスが保たれています。たとえば、今月の支払いがあるとか、生活レベルはこれくらいじゃないとか、だから職に就きたい、これぐらいの収入がいるなあとか、そういったものすべてがアトラクターシステムです。どの職場にも、必ずあります。変化を起こしたいなら、そのアトラクターシステムを変えなければなりません。

 

実際によくありそうな例を見てみましょう。例えば介護施設なら、大抵もっと安心できる職場が望まれているでしょう。暴力もケガももっと減ってほしい、職員の入れ替わりの激しい状況も変えたいし、同僚が辞めていくような状況も変えたい、よりよい成果を出したい、もっとうまくやりたい、もっといいチームを作りたい、思い描いているようなチームを作りたい、もっと楽しみたい、家族より職場で過ごす時間の方がずっと長い人が多いでしょう。だから職場でもっと楽しく有意義に過ごしたい、満足したい、職場にこれらすべてを望むのは自然なことです。

 

ここで健全とはどういうことかを定義する必要があります。私が好きなのはこれです。機能が統合されてこそ叶う、心身や関係性が適応的に機能している状態であり、最適に調整された状態である。この“統合され”というところが肝心です。トラウマの核心は、断片化ですから。断片化が脳や人々の生活に起こると、それがトラウマとなるのです。

 

逆に統合は治癒を意味します。なので、どのレベルの問題を話しているにしても、統合が鍵です。ばらばらに壊れてしまった断片を集めて、悪いこともいいことも、すべてをもう一度自分自身に戻し、人生のフルストーリーを作ること、そして人生とは、私や私たちの人生とは、文化とは、人間とは、立ち向かうこと、すべきことはそういったことを知るのです。よりよい社会についてのビジョンを持たなければなりません。今日の社会に欠けているのはこれだと私は思っています。

 

健全なシステムは、明確で到達可能なミッションを推進するために、明確で分かりやすいビジョンを共有します。“共有”というところが重要です。トラウマに対応できる組織は、ミッションを原動力に変化します。ミッションに忠実に、それを原動力にできれば、管理職から実務担当者まですべての人が、受けたストレスや逆境、トラウマの短期的および長期的な影響に立ち向かうことができるのです。それが社会正義を広め、組織のすべてのステークホルダーの健康とウェルビーイングを改善することになると私は思っています。

 

健全なシステムでは、一貫性のある評価システムが実践され、この“実践され”が肝心です。そして共有されています。

 

そして、リーダーは、誰もが価値の模範になるべきです。現場に行けば、価値が実践されているのを見ることができます。毎日どんな人間関係なのか、お互いに何をし、どんなことを話しているのか、また、世間に対して示している組織イメージの中にも読み取れます。

 

サンクチュアリモデルが目指す価値は7つです。それらは、私たちの価値ですが、完璧にできている人はいないので、目指すべき価値と呼んでいます。その7つとは、非暴力、感情的知性、社会的学習、率直なコミュニケーション、社会的責任、民主性、および成長と変化です。臨床家や患者、子どもだけでなく、誰もがみな、これらを目指さなくてはなりません。常に念頭に置き、共有し、実践するべきものです。それがトラウマに対応することができる組織の中核的価値なのです。

 

次に健全なシステムとリーダーシップの関係について、権威主義の危険性については既に少し触れましたが、本当に危険なものです。健全なシステムには権威あるリーダーがいますが、それと、権威主義的なリーダーは全く違います。親も、権威ある親でいることは大切です。権威を発揮するが、権力を濫用しない人が、権威あるリーダーです。権威あるリーダーは、常に模範になろうと最善を尽くし、決断に際して、人の報告を聞き、決断のプロセスで誰にどのタイミングで関わらせるか分かっており、可能な限りコンセンサスへと導きます。コンセンサスは面倒で時間もかかります。なので、集団がコンセンサスに達するには努力が必要です。

 

権威あるリーダーは、目標を示し、良い変化には報酬を与えます。えこひいきをしないので、公平だと考えます。責任は自分が負い、人の功績は認め、組織文化の持つ力を大切にします。よいリーダーは組織文化の力をうまく活用したり、修正したりする方法を知っています。権力分散型の組織の方が働きやすいと感じる人もいます。その方がずっとうまくいくし、何もかも自分で考え、どれもこれも自分でやらねばと思うより、ずっと楽ですから。

 

的確な質問さえしたら、誰かがこれに応えてくれる。こういった状況でリーダーシップをとれるのは楽でしょう。しかし、そのためには、権力を分散し、部下にも必要な決断を任せ、上司がいちいち干渉しないようにしなくてはなりません。職場や生活環境の自己組織化を促進し、システムが実際に生きているものだと認識しているリーダーが、好ましいのです。

 

このようにトラウマに対応できる組織には、トラウマインフォームドな変化を目指すリーダーが必要です。これは組織がどう機能するかについての根本的な役割を大きく変える長期的な取り組みです。そのため、リーダーは皆、人やその他のあらゆるリソースを駆使して、それを実現させる必要があります。

 

リーダーはまず代表的な実施チームを組織し、そのチームから助言を得ます。そのチームのメンバーは、他の人々に影響を与え、どうしたら実現できるかを考え、実行に移していくことになるのです。また、そのチームには、あらゆる関係者が含まれるべきです。たとえば、学校なら子どもたち、例えばメンタルヘルスや身体的健康に関わる訪問看護なら、その当事者や、実際の状況が分かっている内部関係者などを含みます。

 

人が定期健康診断を受けるように、健全なシステムは定期的なチェックが必要です。どんな定期診断を行えばいいでしょうか。まず、率直な自己アセスメントから始めます。私がおすすめしたいのはこれです。自問してください。私はここに行きたいだろうか、ここで働きたいか、愛する人にサービスを受けさせたいか、実際どう、周辺やあちこちはきれいにされている?居心地がいい、それとも、殺風景で汚れていて、荒れている感じですか?聞いてみたいことがあれば、電話をかけてみましょう。サービスの利用者や関係者のふりをして、電話をかけるんです。偽名でも使って、聞き出したい情報を聞いてみてください。教えてくれましたか?丁寧で親切でしたか?スタッフの動き、健康、満足度についての膨大な調査を行うこともできます。

 

次に暴力が起きているか、どんな暴力かを分析します。身体的な暴力がありますか?個別の暴力や自傷行為がたくさんありますか?社会的暴力の面から見て、お互いの関係性はどうでしょう?のけものにしたり、裏切ったり、陰口をたたいたり噂話をしたり、意地の悪いことをお互いにしていませんか?それは構造的でしょうか?仕組み自体が結局暴力を発生させるようになっていませんか?暴力的なことが起きてもおかしくないシステムになっていませんか?価値観はどうですか?モラル面の原則は?価値や原則は一貫していますか?安全ですか?

 

次に、トラウマに対応できる組織は、トラウマに合致した指標を見つけ出し、そこから得られた知識をもとに、目標を定め、その内容を対象者にも知らせます。何を変えていきたいですか?変化したかはどうしたら分かりますか?これまでどんな指標を用いていましたか?

 

組織のトラウマへの対応を変えたいなら、再構築とはいかなくとも、何らかの変化は必要です。一度の取り組みで達成できることではないので、見直し続けることが大切です。状況が改善すれば、また新たな課題も出てくるでしょうから、常にそれらの指標を更新し続けなければなりません。指標が変わったことで、課題が変わってきていることに気付きます。突然ハプニングが続き、一旦立ち止まって、あれ、何が起こっているんだろうと考えることになるのです。原因は個人ではなく、全体の文化に何かが欠けているのです。それが何か把握しなければなりません。

 

人体と同様、健全なシステムには健全な社会的免疫システムがあります。私の考える、健全な社会的免疫システムとは、あらゆる暴力が、人々のウェルビーイングへの脅威であることをよく認識し、それらに対応する能力です。したがって、トラウマに対応できる組織は、皆が安全で信頼できるものです。つまり、サンクチュアリプログラムでは、すべての人にセーフティプランがあるのです。もうだめという時に、シンプルなセーフティプランがあれば、なんとかもちこたえられ、安全を最優先する組織の規範も確立できるのです。そして、言うだけでなく、実践すること、みんなセーフティプランを持っているのですから、IDカード、私のはカバンの中ですが、その裏側の規約のようなもので、それを活用するのです。しかし、それでも何かの拍子に、安全と信頼が損なわれた場合、回復のプランが必要です。また信頼を構築し、維持し、安全と信頼を修復するための利用可能なリソースも必要です。これは、どの組織にも非常に重要であり、非暴力への取り組みの一部です。

 

安全な文化は、これら4つの安全領域を大切にし、そして実施チームは自分たちの社会的免疫システムのいったいどの部分を修復しなければならないのか考えます。この画面のこれらの領域はどれも互いにつながっています。このいずれかで何かが起きた場合、それは社会的免疫が壊れたのです。それを見抜かないといけません。原因は何か、何があったのか、どう始まったか、遡って探しましょう。それが、暴力がどうして起こるのかを学ぶ方法です。社会的免疫システムをどう修復するか学ぶ方法なのです。

 

境界線も非常に重要です。様々な境界線が私たちの安全を守ってくれています。非暴力を目指すには、プログラムは常にこの明確で実用的な価値システムがないといけません。しかし、それをシステムの日常的な機能にいかに取り入れるか、はじめから考えてみましょう。

 

人はあなたの組織のことをどうやって知りますか?どんな広告をしますか?なんと言ってスタッフを募集しますか?採用面接では何をしますか?応募者があなたの組織で働けるかを判断するのに何を訊けばよいのか分かっていますか?オリエンテーションは何を説明すべき?トラウマと逆境についてよく理解し、どの部署でも働けるようにするために、他に何をすべきでしょう。このことは、どんな訓練が必要か他、全員に何を身に付けてもらう必要があるか関係があります。私たちは組織では人の入れ替わりが激しいから、日々訓練を重ねないといけないことを忘れがちです。

 

では、どうやって訓練をすべきでしょうか。また、方針と手順を見直しましょう。掲げている価値と一致していますか?どうやってそれをみんなに分かってもらいますか?率直なコミュニケーションをどうとればよいでしょう?ステークホルダーとのコミュニケーションをどう維持しますか?トラウマに対応できる組織は周囲を見張っています。この小さな警備員のように。私このキャラ好きなんです。何か悪いことが起こった場合、どうそれを察知しますか?まず直観を大事にして下さい。それ周囲の人に耳を傾けて下さい。必ずうまく説明できないけど、何かおかしいと感じている人がいるはずです。その人の話をよく聞き、自分の内なる声にも耳を傾けます。その声は脳の被支配的な非言語的な領域からの声です。言語領域よりも古い脳内領域で、感情を理解したり、安全か安全でないかを評価するのは、言語領域よりずっと優れています。この小さな警備員のように、あらゆる方法で、入り込んでくる暴力に対して、非暴力的な葛藤解決法で対応できなければなりません。その際、様々な脅威に同じ対応をするのではなく、驚異の程度に応じてそれぞれに見合ったレベルの保護が必要なのです。頭は柔軟に、この警備員の頭は固いですが、言いたいことはお判りでしょう?

 

このように、暴力の出現を全体の問題として捉え、深刻に受け止める必要があります。学校やプログラムから暴力を根絶したければ、まず行動を起こすことです。暴力的な人を罰したり、追い出せと言っているのではない、それでは何もしたことになりません。暴力が起こる文化そのものに、何もしていないのですから。グループ全体で、一緒に、なぜこんなことが起こったのか、境界線、期待、価値の何が問題だったかを考えます。暴力は集団現象なのです。暴力的な人は、グループ内の最も脆弱なメンバーです。その人が暴力をふるう可能性が最も高いとは言えますが、それが問題の根源ではないのです。

 

組織の文化は、明示されたものであること、したがって集団の目的を促進し、あらゆる手段を使ってこれらの目標を継続的にモニタリングし、時間の経過とともに何が起こるかを間接的にチャートにして整理します。安全の文化が弱まっていると分かったら、その都度即座に関係者間で調整して対処することが肝心です。

 

レッドフラグレビューと呼んでいる方法があるのですが、起こった問題や葛藤を処理する体系的な方法です。それを使って長い時間をかけずに全体像を把握することができます。

 

すべての前提として非暴力の徹底があります。身体的、心理的、社会的、またはモラル面のいかなる暴力にも迅速に対応すること。また、危険度に合わせて反応する必要があります。やりすぎても、やらなさすぎてもいけない、ちょうどで。慢性的に過敏な反応をしている組織では、これがなかなか難しい、あまりにも極端な、実際には暴力を拡大させてしまうような、報復的な対応をしてしまうことが少なくありません。

 

健全なシステムは感情的知性も重視します。感情的知性とは、感情を自己調整し、パターンを認識し、個人や集団のダイナミクスを理解し、人々の動きをよく理解していることです。トラウマに対応できる感情的知性の高い組織は、感情の調節不全は非常に重要な問題だと認識しています。逆境やトラウマに晒された人々にとって、それは本当に重要な問題です。

 

そのために感情調整を促進するための、皆が使えるツールが用意されています。確かに感情は人間の経験の重要な部分として認められるべきです。感情はものに価値を与え、注意を払うべきものを教えてくれます。また関係性を築き、維持する上で不可欠です。しかし、感情に支配されてはいけません。尊重すべきですが、かといって支配させてはいけません。感情は伝染しやすく、すぐに集団に波及することを認識していなければなりません。

 

健全なシステムは、参加型の民主的な体制を促します。この点は既に、権力の行使と濫用の問題として述べた通りです。健全なシステムは、権力の濫用を最小限に抑えます。人種や年齢、性別、教育、経験、そしてひとりひとり皆違う存在だと多様性を尊重します。そして、創造性、変革、チームワークを通じ、複雑な問題に対する複合的な問題解決方法を見つけられます。

 

トラウマに対応できる組織は、トラウマが権力の濫用であることを知っています。人々は自然災害でさえも、神がもたらしたのだと感じるものです。再トラウマを避けるには、組織全体が、個人や組織が権力を建設的に使うことは重要だと理解しなければなりません。そのための最も進化した最良の方法が、民主的であることなのです。

 

今の参加型の民主的な構造は完全ではありません。確か、チャーチルだったかと思います。「民主的な手続きは最悪だが、しかし我々に与えられた最善の方法だ」と言ったのは。もっと美しい表現だったかもしれませんが、言いたいのは、民主的であるのは難しいということです。時間のかかる大変なことです。

 

リーダーは人々にあれこれ支持したいという願望にかられるでしょう。人々もそう望むでしょう。そういう動きには抵抗しないといけません。民主的な構造を作り、実現し、維持するのは、本当に重要です。なぜなら権力の濫用から私たちを守るもっともすぐれた方法だからです。

 

つまり、組織体のすべての部分が、社会的免疫システムの一部なのです。そして非暴力のための最善の方法は民主性です。民主的な意思決定の頻度が増え、民主性が世界に広がるほど、暴力に対する抵抗は大きくなります。毎日のニュースを見ていると、そう感じないかもしれませんが、実際には民主性を本当に実践している人が増えるに従って、世界はより暴力的でなくなってきているのです。

 

これに関し、2014年の調査では、より民主的なレベルの高い学校では、若者の市民としての責任意識のレベルが高いことが示されています。この関連性は、学校での市民的な議論と公正さから、はっきりと見てとれました。若者の市民としての責任意識が高いと、将来市民活動に参加したいという意思や積極性も高いということが見てとれます。子どもたちをよい市民になるように支援するのは、本来公教育制度の目的のひとつでしたが、私たちはそれを愚かにも軽視したのです。

 

 

トラウマの視点から支援を見直してみよう
~子どもが抱えるあらゆるニーズに応えるために~
 
1980年代から米国においていち早くトラウマインフォームドケアに取り組み、トラウマに対する援助を行う現場で起こりうる「再トラウマ」の理解と、それを予防する「安全・安心な機関づくり」をベースとする“サンクチュアリモデル”を提唱したサンドラ・L・ブルーム博士の講義がこちらで視聴できます。
 

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DVD No.5 公衆衛生の視点から生活環境を見直す(7:46)

 

生活環境への公衆衛生的アプローチは、また違います。トラウマ関する問題について考えるとき、公衆衛生的には少なくとも1,2,3の3段階に分けて考える必要があります。1はすべての人、2はリスクを抱える人、3は既にトラウマの影響を受けている人が対象です。

 

私はトラウマインフォームドとは、トラウマ、逆境およびそれが生活環境に及ぼす影響についての一般知識があるという意味で使っています。たばこの健康被害や、シートベルト着用の義務と同様に、トラウマや逆境についても、公衆衛生の常識として一般の人々に理解してもらうべきなのです。

 

第二段階は、トラウマに対応できるシステム、つまり、リスクのあるすべての人々への被害を最小限に抑え、健全な成長と発達の機会を最大化するための政策と実践ができるシステムが求められる段階です。ここで言うすべての人々とは、その職場のあらゆる人、クライアントやスタッフ、またシステムのすべてを指しています。我々はもっと広い範囲、例えば、あらゆる学校、大学などすべての場所について、考慮にいれなければなりません。

 

被害者が癒され回復する場を作るには、どうすればいいのでしょうか。すべての問題をメンタルヘルスの問題に任せるにはあまりにも乱暴な責任転換です。何もかも解決できるメンタルヘルスサービスなどありません。ですので、これらの知識をそれぞれの現場のシステムに取り入れる必要があります。その際、被害者のトラウマについて詳しく知っている必要はなく、ただ、彼らに健全な環境を整えてあげればよい、そうすれば回復し癒されるのです。

 

一方でトラウマの種類別の特定のアプローチが必要な人もいます。これが第三段階の人たちです。トラウマを負った人の脳内では、自分の人生についてのストーリーが、ひとつに統合されず、そのため過去を過去として整理できないまま、過去が現在の生活を覆いつくしているのです。こういう人には特定の介入によって、もう一度人生を統合できるような支援が必要で、その手法は既に確立されています。ですので、どうやって安全な環境、文化を作り、維持するか、すべての人が真剣に考え、学ぶ必要があります。

 

安全は、次の四つの領域すべてで必要です。身体的安全、心理的安全、つまり個人の安全、社会的安全、つまり関係性の安全、モラル面の安全、つまり価値や根底にある原理です。学校の風土が変われば、校内暴力が減り、学業成績が良くなるという研究結果もあり、両者の関係性は以前から指摘されていますが、私たちはこのことを忘れがちです。学校文化の重要性を軽視しがちです。そして、学校文化は、そこに関わる人たちがどれだけこういった問題を理解し、リソースを持っているかにかかっているのです。大学を含むすべての教育機関で同じことが言えるのですが、メンタルヘルスの問題は、ほとんど考慮されていません。

 

セラピューティックコミュニティに関する話は、メンタルヘルスの教育課程で取り上げられていませんが、トラウマを癒し回復するために、集団として何ができるかについて、セラピューティックコミュニティから学ぶことは、とても大きいのです。ですから、組織の文化がどう働くかよく知る必要があるわけですが、残念ながら多くの場合、組織文化が意識されることはあまりありません。

 

私たち人類は、例えば24時間とか18時間とか、そんな短期間で、自分の周りに自然発生的に新しい文化を作りあげることができるのです。そうしてこれが我々のやり方だと言うのですが、一方で一旦出来上がった文化には目を向けず、働きかけようともしませんし、深く理解することもありません。

 

生活環境における文化を変えるには、根本的なジレンマが存在します。まず、人は生き物であり、機械ではないので、機械仕掛けで動くわけではないし、部品を変えれば済むものでもありません。にもかかわらず、まるで車にガソリンを入れるように、紋切り型のサービスを提供しようとしてしまいます。例えば、行動化の激しい子どもには、ADHDと診断し、薬漬けにして直そうとしますが、そんなにうまくいきません。子どもは生きた存在だからです。これはほんの一例です。

 

私たちは、変化というものについて、正確に理解できていません。人間は機械とは違って、誰一人として同じ変化をたどるわけではないのです。トラウマに対する癒しと回復について理解したいなら、変化がどう起こるのか理解する必要があります。変化は一晩では起こりません。

 

また、人は新しいことを覚え、敢えて忘れ、また覚える。そんな思考錯誤の繰り返しです。たくさん間違えるものなのです。2歩進んでは3歩下がり、3歩進んでは6歩下がるといった具合に。それが人の変わり方です。機械とは違うのですが、ほとんどの人がその点を軽視しています。

 

また、どんな変化もリスクを伴うことに注意を払っていないのです。我々を取り囲む法制度では、医療福祉制度、教育制度、ヘルスケア制度に関して、あらゆるリスクを取り除くことが期待されていますが、リスクを排除しようとすると、変化の一歩が踏み出せなくなります。

 

結局のところ、人間を扱う限り、リスクはつきもので、すべてのリスクを排除するのは不可能です。なぜなら、生態系、特に人間は必ずしも常に正しい意思決定を行うわけではない、 何をすべきかが分かっているわけでもなく、恐れて、後退することもあるものだからです。ですので、人間とは必ず間違いを犯す可能性があるものだと認識する必要があります。しかし、それを許さないのが制度、特に法制度という見張り番なのです。

 

一方で誰かが良くない決断をすれば、周りがその影響を受け、高い代償を払わされます。それこそが大きなジレンマでありながら、実際はあまり議論さえされていない点なのです。

 

 

トラウマの視点から支援を見直してみよう
~子どもが抱えるあらゆるニーズに応えるために~
 
1980年代から米国においていち早くトラウマインフォームドケアに取り組み、トラウマに対する援助を行う現場で起こりうる「再トラウマ」の理解と、それを予防する「安全・安心な機関づくり」をベースとする“サンクチュアリモデル”を提唱したサンドラ・L・ブルーム博士の講義がこちらで視聴できます。
 

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以下、書き起こしです。
 

 

DVD No.4 ストレスにさらされるとシステムはどうなる?(18:07)

 

私たちの社会は、実に様々なストレスに晒されています。失業や人種差別、性差別など、挙げればきりがありません。支援の現場である限りそうです。もしそれがGoogle社なら、創造性と発展の可能性にあふれた職場かもしれません。しかし、教育やヘルスケア、メンタルヘルスケアの現場なら、そこにはストレスに晒されたシステムがあるのです。

 

そうなると、その職場に勤める個人にも、大きなストレスがかかります。彼らはそもそもその環境に足を踏み入れる以前から、それぞれ過去のトラウマを抱えているのです。このベルトコンベアの上を歩く哀れな人のイメージを見せると、いつも反響があります。誰もがこのように感じているからでしょう。

 

ある時、私たちが主催した研修の参加者に、聞き取り調査を行いました。対象は、教育関係者、養護施設で子どもや大人を支援している人、少年司法制度に携わっている人、それから保険会社の人がいました。今ご覧になっているのがその調査結果です。

 

幼少期の逆境体験について尋ねるACEという質問項目を使っています。ご覧の通り幼少期の逆境体験がゼロと言う職場はまずありません。この調査の回答者は先ほど申し上げた分野で働いている人たちであり、そのうちの37%の人が、両親から心理的虐待を受けたことがあると回答し、25%の人が性的虐待を、30%近い人が身体的、精神的虐待を受けたことがあると答えたのです。他にもいろいろあります。

 

ある意味、これらの体験があったからこそ、彼らは人を支援する立場の職業に就こうと思い立ったとも言えます。状況を改善し、他の人に同じ経験をさせたくないとの思いがある。しかし、このことは組織をあらゆる面で傷つけやすくしています。

 

次に職場での暴力についてです。毎年勤務中に負傷する労働者は、平均で170万人ですが、メンタルヘルス部門の割合は、法の取り締まり機関に次いで大きいのです。職場での暴力行為による、致命的でない負傷の半数近くが、ヘルスケアや障害福祉サービスで発生しています。職場で暴力に晒されることは、それ自体がトラウマ的な出来事であり、私たちはとても深刻な問題を抱えていると言えます。

 

次に、学校での暴力事件。こちらも悲惨です。2014年、12歳から18歳までの生徒の間で発生した、致命的でない暴力事件は50万件近く。教師の9%が勤務先の学校で、生徒から負傷を負う強迫を受け、5%は身体的な暴行を受けたのです。これらはあくまで報告件数です。わざわざ報告したくない。他の業務で忙しいという教師が、他にも数多くいるでしょう。被害にあった教師は、実際はもっと多いのです。学校の現場で何が起こっているか見る上で、この被害数は危機的な状況を示しています。

 

労働力の危機的状況は、これまで数多く報告されています。こちらの調査報告は、問題を抱えた環境で育ち、物事を捉える認知能力やソーシャルスキルの低下した労働人口が、相対的に増加していることを示唆しています。この国では、全体のほんの1%の富裕層を除き、ほとんどの人の生活はどんどん貧しくなっており、負債も蓄積されています。したがって、人々は以前にもましてストレスを抱え、その家族もストレスに晒され、職場環境のマネジメントはますます困難になっています。

 

学校を例にした場合、学校というコミュニティに属するすべての人、経営陣、教員、職員、生徒、その家族、そして地域社会、それらすべてが幼少期の逆境体験や絶え間ないストレス、過去あるいは現在のトラウマ的な出来事、誰もが経験しうるこれらのことから影響を受けています。

 

したがって、職員がここに書かれているようなトラウマの影響を受けてしまうことも、それほど理解に苦しむ話ではなく、むしろ容易に想像がつくでしょう。彼らは皮肉にも、本来彼らの支援の対象になっている子どもたちと同じようにトラウマによって憔悴してしまっているのです。

 

次に、さらに大きなレベルについて話をしましょう。組織とは、複雑かつ生きた適応システムであり、生きているが故に、ストレス、特に慢性的に繰り返し続くストレスに対して脆弱であり、生きているが故に、トラウマに晒される可能性を有していると言えます。

 

トラウマ的な出来事は、組織そのものだけでなく、その組織に属するすべての個人に対しても、同様に深刻なダメージを与えかねません。ここでいう組織内でのトラウマとは、どんなことを指しているのでしょう。例えば、自殺、殺人、患者や子ども、教員、職員などの死、訴訟、資金繰りの悪化、患者や子ども、職員の負傷、性的暴行、メディアの攻撃、その他

トラウマ的出来事、主要な職員やリーダーの不在、プロジェクトの不在、これらすべてが組織すべての個人のトラウマとなり得るのです。

 

私たちは群れをなす生き物です。集団に身を置くことで、アイデンティティの一部が形成されます。だから、集団に何か悪い問題が起きると、その問題に直接かかわった人だけでなく、集団に属するすべての個人が、それを感じ取ります。

 

「これまでトラウマに晒された組織で働いたことがありますか」と質問すると、大体98%ぐらいの確立で、「あります」と答えます。繰り返しますが、これはどこででも起きうる、そのため私たちは、問題を直視せず、考えようともせず、どう対処したらいいかもわからないのです。「いいから、とにかく仕事をしろ。そんなありふれた問題に頭を抱えている場合じゃない。とにかく、前に進むんだ。」といった具合に。するとどうなるか、組織も個人と同じように、過覚醒の状態に陥ってしまうことになります。すべてが危機に陥った状態のように見えるのです。実際には、すべてが危機ではないにしても、そう見えるように感じてしまうのです。

 

ここで何が重要かというと、危機的な状態では、私たちの状態も危機的な状態にされてしまいます。それによって、問題にうまく対処する能力が阻害されてしまうのです。そのような状態は、組織によって好ましくないに違いありません。なぜなら過覚醒の状態では、安全を感じられないからです。そんな状態が職場全体に浸透すると、誰もがお互いを安全と感じられず、基本的な信頼関係が損なわれてしまいます。これは誰か特定の個人の責任というよりは、過覚醒の状態が慢性的に続くと自然に起こるプロセスなのです。問題は互いを安全と思えず、信頼できなければ、職場の生産性は上がりません。協力して仕事を進められない、それが問題なのです。

 

今ご覧になっているのは、感情のマネジメントの喪失に関するイメージです。そのプロセスは個人によって様々ですが、これも多くの人が経験することです。例えば、突然癇癪を起こし、怒りをあらわにしたり、他人に無礼な態度をとる人がいます。「大丈夫、大したことじゃないさ」と問題を見て見ぬふりをする人もいます。また、不安に駆られ怯えて実力を発揮できなくなる人もいます。タイプは人それぞれ違いますが、誰にでも見られる現象です。

 

このような問題が続くと、やがてコミュニケーションは破綻し、フィードバック機能がうまく回らなくなるでしょう。人体で言えば、静脈や動脈に相当するコミュニケーションが、阻害、あるいは、完全に遮断されてしまえば、組織は死ぬか、もしくは病に侵されてしまいます。フィードバックがシステムとしてうまく回ることは、生きたシステムにおいて非常に重要な役割を果たします。組織においてコミュニケーションが破綻することは、リスクが増大することを意味するのです。なぜなら、私たちはコミュニケーションを通して互いの身の安全を確認し合い、社会における免疫ともいうべき網の目、ネットワークを形成するからです。網の目が壊れ、免疫が機能を失えば、危険で有害なウイルスの侵入を許すことになってしまいます。

 

コミュニケーションの破綻が起きると、誰も触れたがらない課題が増えます。ビジネスの世界でアンタッチャブルならぬ、アンディスカッサブルと呼ばれる、つまり、触れてはならない問題が増え、何度会議を繰り返しても議論が先送りされてしまいます。

 

安全だと感じられないと、適切な状況とタイミングで問題を取り上げ、解決策を検討することが、怖くてできなくなってしまうのです。このイメージを見てもらうと、アンディスカッサブルが、象のようにかなりのスペースを占領しています。象がスペースを占めれば、私たちみんなのためのスペース、他のためのスペースは狭くなります。これが、まさに起こっていることです。実際に象を連れ込んだりしませんが。

 

こうした状況が続くと、対人葛藤が増大し、その結果、互いに信頼関係が損なわれていきます。人々が互いの持つ新しいアイデアを受け入れなくなっていき、課題に関する葛藤が減少してしまうのです。チームとしての取り組みは消滅し、組織の縦割化が加速して、互いに話すことも何かを共有することもなくなります。私はこれを組織内で起こる解離状態と呼びますが、そうした状態が進行します。その結果、組織では学習障害が深刻化していきます。慢性的なストレスに晒されると、私たちの脳は、正常に機能しないため、何か新しいことを学ぼうとしてもうまく習得することができないのです。重要な情報を取り込むこともできません。個人の固有の知識が引き継がれず、失われてしまいます。組織としての知識も、ストレスによって、正確ではない偽りのものになってしまうかもしれません。

 

また組織は、何が問題なのかを突き止めるために、しばしば個人にラベルを貼ろうとし始めます。それは、有効な手段とは言えず、むしろ時として有害です。なぜなら人はラベルを貼られるとそれが自己充足的予言、つまり、その通り行動してしまう傾向があるからです。そして、他の人はラベルを通してしか、その人を見なくなり、ひとりの人間として見なくなってしまうのです。

 

さらに多くの困難に振り回されている組織は、トラウマがあっても見て見ぬふりをするようになります。「やめろ、パンドラの箱を開けるな」といった具合に。そして、そうやって本当の課題を見失い、組織としての記憶力の減退、既に失敗した方略の再現が起こるのです。

一度も成功していない、今後も成功しそうもない方略でも、とにかく繰り返そうとします。慣れ親しんだことを実践して、安心したいからです。新しいことに挑戦しようにも、組織の学習障害が進行してしまっていてできないのです。

 

こうした状況下で、リーダーにはどんな変化が起こるでしょうか。好ましい事態は起きません。責任を負っているのが、リーダーがリーダーたる所以ですが、先ほどのような壊滅的な状態が続いているときは、リーダーたちですら、どうしていいか分かりません。なぜなら、基本的に誰も教えてくれないからです。そこでリーダーは自力で解決策を導きだし、最善を尽くそうとしますが、このような状況では、恐らく以前にもまして権威をふりかざし、懲罰的な行動をとりがちです。そして部下と距離を置くようになると、コミュニケーションは阻害され、これをしろ、あれをしろといったような、トップダウン型に偏っていき、一方で、下からの意見は上がってこなくなってきます。現場で、今何が起こっているのか、リーダーはますます把握できなくなっていくのです。

 

こうした状況がとことん悪化すると、参加型のリーダーは組織を去るか、あるいは、器の小さい独裁者や有害なリーダーによって、とって代わられてしまうかもしれません。低迷した組織によっては、こうした事態を望ましいと考える人もいますが、むしろ事態を悪化させるにすぎません。

 

こうして組織は、一種の記憶障害に陥っていきます。今何をやっているのか、過去にどんな経験をしてきたのかといったことを忘れてしまうのです。その結果、組織内で再演が行われるのを目の当たりにしてしまうことになります。過去の過ちを繰り返してしまうのです。

 

優秀な人材は組織を去り、他の人も離職を模索するようになります。離職する人が増え、組織に残った人もただこの機能不全に陥ったシステムに適応することを学ぶだけになってしまいます。別に役たたずでもかまわないと学習し、長々と愚痴をこぼすようになります。「同僚は最悪、組織は最悪だ。給料は安いし、できることは何もない。」などといった具合に。

職場環境をよりよくするために、自分たちに何ができるか、そういったことを考える気力がないのです。複合的に物事を考えるスキルを失ってしまい、ご覧になっているイメージのように、まるでゾンビのように動いているだけなのです。私たちの文化において、ゾンビというテーマが高い関心を集めているのは、私には偶然とは思えません。社会で今起きていることを伝えようとしている気がしてならないのです。

 

こうした事態が極限まで悪化すると、反対意見を故意に抑圧しようとする動きが増え、権威主義が横行し、いじめが常態化し、攻撃性が高まり、ほどなくして、とげとげしい職場が誕生してしまうのです。「つべこべ言わずこの道を進みなさい」と言われ、その道を進んだとしてもいい結果は望めません。

 

次の段階で起こるのは、社員の士気が著しく低下することでしょうか。脆くなったシステムは完全に崩壊してしまいかねません。資金も、信頼も、何もかも失ってしまうのです。職員個人の体験や彼らの支援する人の抱える問題が、システムの中で再演されるというのは、こういうことなのです。

 

サンクチュアリモデルでは、これを“平行プロセス”と呼んでいます。この定義はペンシルバニア大学に勤めるソーシャルワーカー、ケンミンスミスによるものです。彼は様々な業界でコンサルティングチームを組んで働いた際に、プログラムの問題が再演される事態を体験しました。彼は次のように述べています。「個人、集団、組織、いずれの場合も、二つ以上のシステムが密接に関係し合う時、互いに類似した思考、感情、行動を形成する傾向にある。」

まさにこれこそあらゆる場所で起きている事象なのです。

 

 

社会的責任とは、自分とみんな、つまり個人として必要なことと公共の福祉のためになることのバランスをとることです。また、喪失や悲嘆のプロセスを完結できない、未来に期待を馳せることができない、これらはすべて、多くの逆境を経験した人の典型的な例で、残念ながら、我々の社会の中では、大変よく見られる光景なのです。

 

 

トラウマの視点から支援を見直してみよう
~子どもが抱えるあらゆるニーズに応えるために~
 
1980年代から米国においていち早くトラウマインフォームドケアに取り組み、トラウマに対する援助を行う現場で起こりうる「再トラウマ」の理解と、それを予防する「安全・安心な機関づくり」をベースとする“サンクチュアリモデル”を提唱したサンドラ・L・ブルーム博士の講義がこちらで視聴できます。
 
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DVD No.3 だれもが支援者(4:59)

 

私が先ほど説明した内容は、かなり複雑な治療方法で、経験の浅いセラピスト向けではありません。誰に向けて、いつ、どこで、何をすべきか判断するのが、難しいのです。

 

特に多くの人にとって、セラピューティックな目標が何かは、大変分かりづらいでしょう。今回のセミナーで、少しは明確になったかもしれませんが、かといって、簡単になったわけではありません。

 

精神科クリニックで働いていると、入院も外来も対応しないといけないので、時間がありません。強いプレッシャーのもとで非常に大切な治療でも、一週間程度で終わらせなければならないような状況なのです。そんな中でいったい誰が、このような難解な治療、方略をたてるのでしょうか?うーん、全員です。患者の保護者、家族、教師、その他の養育者、メンタルヘルスの職員、児童福祉司、司法制度、医療制度に関わる人々全員が、共通認識を持っているのが理想です。

 

しかし、残念なことに、未だ理想的なシステムはないのです。しかし、それでも我々はこうした人たちと共通認識を持とうと努力しています。しかし、現実は難問ばかりです。支援者が本当に人を助けられるために、必要な資質について、多くの社会的否認があるのも一因です。我々が必要としているのは、心身共に完璧ではなくとも、ある程度健康で、すぐれた模範的な感情マネジメントスキルを備え、感情的に成熟し、知性も高い大人です。

 

両方が無理なら、支援者や教育者には感情的知性を持っていてほしいのです。積極的に教育に携わり、ロールモデルとなること、常に患者の気持ちに寄り添い、忍耐強くいられること、過酷な感情労働に耐えることができること、我々は仕事上、重いものを持ち上げることはあまりないのですが、精神的に重いものを持ち上げなければなりません。ですので、自制心、自己コントロール力があり、これまで権力を濫用したことが一度としてない人でなければなりません。

 

要求しすぎでしょうか。教師について見てみるとどうでしょうか。まあ実際には直面する事態に対して、十分に心の準備ができている教師はいないでしょう。というのも、今日学校に入学してくる子どもたちは、脳が適切に発達するために必要な経験が全く足りていないことがよくあるからです。結果的に、現代の子どもは感情がうまくコントロールできず、普通の学級で授業を受ける準備ができていないわけですが、教師はそういった生徒への対処方法を教えられていません。あなたの学級が、本来治療施設にいるべき子どもたちで埋め尽くされていたらどうでしょう。どう対処しますか?教師はそういった状況にしょっちゅう出くわすのです。

 

加えて、資金面での問題もあります。資金不足ですね。ご存知の通り、私たちの教育システムは崩壊の一途をたどり、そのせいで、教師にしわ寄せが起こり、教師の燃えつき症候群が深刻化しています。既に教員の数は少なく、これ以上少なくなっては困りますが、でも実際に燃え尽きてしまったら、他にすることを探して、回復に努めて下さい。そうしないと、このシステム全体のすべての人に影響が出るからです。

 

このように、我々は教育システム全体に、非常に深刻な問題を抱えています。支援に関わるすべてのシステムに関し、同じことが言えます。またメンタルヘルスの支援の現場でも、研修プログラムでは適切なトレーニングはなされず、現場の資金は減額され、常に資金不足で、素晴らしい人材が燃え尽きていくのです。

 

 

トラウマの視点から支援を見直してみよう
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1980年代から米国においていち早くトラウマインフォームドケアに取り組み、トラウマに対する援助を行う現場で起こりうる「再トラウマ」の理解と、それを予防する「安全・安心な機関づくり」をベースとする“サンクチュアリモデル”を提唱したサンドラ・L・ブルーム博士の講義がこちらで視聴できます。
 
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DVD No.2 トラウマが及ぼす深刻な影響(7:32)

 

今回のテーマについて、トラウマこそが思考、感情、信念、行動を司る中心的な原理だと思うようになりました。しかし、このことは見過ごされがちです。なぜなら、トラウマはあまりにもよくあることで、何世代にも渡って影響を受けることもあり、当たり前のものだと思われているからです。実際、我々がトラウマという概念を用いるようになったのは、極めて最近のことです。同時に子どもへの暴力は児童虐待、性暴力は悪とラベリングされるようになりました。

 

暴力は古くて新しい問題です。人類の誕生以来の歴史がありますが、その見方や、理解の仕方自体は新しいのです。1991年に同僚らとミーティングを行った際のこと、ここ最近、業界が大きく変化したようだけれど、何が起こったのか、なぜなのかといったことを話し合っていたときに、同僚の一人、たとえ話が上手なジョー・ホトレーロがこう言ったのです。「つまりこういうことだろ。昔はただおかしな人だなあと言っていたのを、今はいったい何があってこうなったんだろう」と訊くようになったということだよ。それは、重大な指摘でした。

 

このような一見小さな変化、それが実際には根本的な変化だった、革命的と言っていいほどの変化だったということを、私たちはその時発見したのです。同時にそれがきっかけとなって、セラピューティックグループの一員として、何をすべきかがよく分かるようになりました。

 

チームには精神科医、心理学者、看護師、ソーシャルワーカー、表現療法士がいました。当時、我々はトラウマと逆境について十分に理解しないまま、治療を開始せねばならず、自分でも何をしているのか、何をめざすべきかは、なんとなく分かっているようでいて、実はかなりあいまいにしか理解できていなかったのです。トラウマや逆境に関したこうした情報は、我々が何をすべきなのか、人々を具体的にどう助けるのか、彼らにどんなスキルを身につけてもらうべきか、はっきりと分かるようになりました。

 

まず、トラウマや逆境の被害者に身につけてもらいたいのは、基本的なスキル、安全ということです。いくつであろうと安全について教えることは大切です。どういう意味でしょう。

 

安全であるとは、いったいどういうことでしょう。危険な人物と信頼できる人物との違いを教えることです。多くの逆境を経験してきた人にとって、これは非常に重要なことです。私たちは感情のマネジメントのスキルを教えなければなりませんでした。ストレスをマネジメントする方法、様々な状況下で、自分のストレスを事前にマネジメントすることは、彼らが苦手としていることです。そういった状況では無感情になってしまうか、感じすぎてしまうか、その中間がありません。

 

過覚醒の場合には落ち着かせ、何も感じない場合には、もっと感じられるように支援せねばなりません。感情を感じながら、一方で思考すること、もっと明確に思考し、長年培われた偏った思考、つまり私はこのような罰を受けて当然だといった考えを取り除くことを教えるのです。ずっと後になって、我々はこうした対応が、実は認知行動療法や弁証方法的行動療法のスキル習得方法だったと知りました。周囲の人と、また自分自身と、効果的にコミュにケーションをとる方法を教える必要がありました。

 

トラウマに伴う現象として、非常に典型的な乖離の問題のことですが、彼らは一貫しているべき自己意識が分断され、記憶も断片化しているため、それにどう対処すべきか教える必要がありました。

 

自由に参加できる環境づくりも大切です。虐待やトラウマにとって、権力は重大な問題です。権力が濫用されているような場所では、トラウマの再現になります。逆に、本人がスタッフや周りの人に対して、暴力的に権力を使うことも許されません。なので、皆が自由に意見を述べることができるとともに、チームによる意思決定がなされ、かつ、その過程でリーダーシップについても学ぶような環境を作らなければなりませんでした。また、よりよい判断力も身に付けさせる必要がありました。

 

トラウマの特徴として、トラウマの再現、つまり過去の体験の強迫的な反復がありますが、それによって判断力が衰えたり、失われたりして、どう安全を確保していいか分からなくなってしまいます。

 

そのため、よりよい判断をするためのスキルを身に付けることや、そのスキルを社会的責任と結びつけることに取り組みました。自分は誰なのか、何が必要なのか、どう自分のニーズを満たすのか、同時に、自分のニーズを満たすときは、他人のニーズも考慮に入れなければなりません。信頼できるはずだった人に虐待されて育つと、こういったバランスを保つのが非常に難しいのです。社会的責任感が全くないか、逆に極度にあって、自分のニーズを無視するのです。

 

またどうやって悲嘆のプロセスを体験させるかは、悲嘆という感情を感じてもいいし、人が喪失と向き合うときは、一定の儀式を行っていいのだと教える必要があるのです。そして、既に悪い状況下にいる人々に、そこから抜け出すための想像力を培うことを教えることにもつながります。

 

よりよい未来のために、どう想像力を使ったらいいでしょう。もうトラウマや苦境の後遺症がない、もう慢性的な精神疾患ではない、と想像してください。どう感じますか。そして、想像力の空白を埋めていきましょう。特に、あらゆる表現アーツ、劇的ゲシュタルト的テクニック、絵、執筆など、創造的な表現を伸ばすのは、良い手段です。

 

トラウマの視点から支援を見直してみよう
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1980年代から米国においていち早くトラウマインフォームドケアに取り組み、トラウマに対する援助を行う現場で起こりうる「再トラウマ」の理解と、それを予防する「安全・安心な機関づくり」をベースとする“サンクチュアリモデル”を提唱したサンドラ・L・ブルーム博士の講義がこちらで視聴できます。
 

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以下、書き起こしです。
 
DVD No.1 身近にあるストレス、逆境、トラウマ(7:57)

 

みなさんこんにちは、サンドラ・ブルームです。ドレクセル大学公衆衛生学部で准教授をしています。同時に精神科医でもあり20年間クリニックを運営し、ここ11年は主に幼少期に虐待を受けた成人の研究を行ってきました。ですので、今回私がお話する内容はトラウマについてですが、論点は個々のトラウマではなく、組織に何が起こるのか、そして社会福祉や教育現場などの現場で働いていて、トラウマ的な出来事を多く経験する人々に接する私たちに、何が起こるのかについて、お話します。

 

私たちの仕事は、究極的には人権にかかわる仕事で、非常に大変な仕事でもあり、重要な仕事でもあるのです。私たちは、広い視野から人類をよりよい方向に導く大きな社会的役割を担っていると理解することが大切です。

 

ジョージ・オーウェルは、「社会が真実から離れれば離れる程、それを指摘するものは嫌われる」と言いましたが、あなたも現行のシステムを変えようと努力すれば、強く否認されるでしょう。なぜなら、我々のシステムや教育制度に人が生じさせる問題は非常に大きい、しかも、その原因はそれぞれが過去、特に幼少期に経験したことだったりする、そういうことを皆認めたがらないのです。

 

つまり、我々大人が子どもたちに毒を与えているのです。毒の入った水を苗にやったら、枯れないにしても、健康には育たず、その後も様々な局面で傷つきやすく、本人や次世代の健康、ウェルビーイングも影響を受けるでしょう。

 

ストレス、逆境、トラウマは、私たち皆に影響を及ぼします。回数が多ければそれだけ影響も長く、より幼い時期に経験する程、信頼感へのダメージも大きく、本来信頼できるはずの人だった場合、より深刻な影響が出ます。こういった現状を理解することが、この問題の本当の大きさを知ることになります。

 

誰かの人生を外から見るのは、まるで氷山の一角を見るようなもので、社会はその人の行動にのみ注目し、沢山の細分化された問題行動にのみに注目します。そして、その問題行動に至るまでにどのような経緯があったのかは、把握することも対処することも難しいので、触れないようにします。病気についても同じことが言えます。病気になった人がいたら、どんな病気かには注意を払いますが、その病気に至った過程の分析には時間をかけません。我々を悩ませるメンタルヘルスの問題も、病気も、同じです。

 

しかし、少なくとも、トラウマや逆境は、何によって引き起こされたものかは、分かっているのです。過去のトラウマや喪失体験、身体、精神の長期的な過覚醒により引き起こされ、それはしばしば慢性炎症を引き起こします。最終的には、心臓病、肺疾患、自己免疫疾患、癌、脳卒中の原因にもなるようです。すなわち、背景には子ども時代の様々な逆境があり、逆境の原因を考えると、その根底には逆境を作り出す機能不全家族が存在し、さらにその根底には我々の文化における社会的機能不全があります。この制度に蔓延する構造的な狂暴性は、最も弱い立場の人に多大な影響を与えます。

 

そして、更にその背景にあるのが、歴史的なトラウマです。人類が歴史上経験したトラウマは決して容易なものではなく、大変残酷なものでした。今日もアフリカ系アメリカ人に対する奴隷制度の影響はいまだ消えていないことはあきらかで、アメリカ先住民のジェノサイドについても同様です。メルティングポットといわれるアメリカでは、先祖代々さかのぼれば、どんな人にも悲惨な歴史があり、喪失の経験があるのです。

 

したがって、これは特定の人々だけの問題ではない、人類全体に関わるテーマなのです。しかし、これらの問題がどれも後々精神と身体の健康にどれほどの影響を及ぼすのかについて、人々は否認したままです。

 

現実には、我々は互いにつながり、複雑で、適応し、変化する世界に生きていますが、そこはトラウマと逆境を時には何世代にもわたって体験したあらゆる個人と集団であふれかえっているのです。それなのに、私たちはそれを否認しているのです。

 

しかし、子ども、大人、または家族全体が、長いトラウマと逆境の歴史を背負った人生を歩まないといけないというのは、どういうことなのでしょうか。こうした人々や家庭に共通するのは、まず基本的な安全の欠如です。世界を安全と感じられなければ他人を信頼することもできず、誰を信頼すべきかの判断も適切にできません。そして自分自身の感情をコントロールできず、結果、認知力と問題解決能力が低下し、思考力にも問題が生じます。また、それに関連してコミュニケーションの問題があります。気持ちを相手に伝えるのにも、自分の内面との対話にも、問題が生じます。さらに、権力・権威の扱い方、向き合い方がうまくいかず、公正さの感覚や社会的責任感が混乱するといった問題も起こります。

 

社会的責任とは、自分とみんな、つまり個人として必要なことと公共の福祉のためになることのバランスをとることです。また、喪失や悲嘆のプロセスを完結できない、未来に期待を馳せることができない、これらはすべて、多くの逆境を経験した人の典型的な例で、残念ながら、我々の社会の中では、大変よく見られる光景なのです。

 

 

地域で支える子どもの回復ネットワーク(大阪大学TICプロジェクト)のサイトで、1980年代から米国においていち早くトラウマインフォームドケアに取り組み、トラウマに対する援助を行う現場で起こりうる「再トラウマ」の理解と、それを予防する「安全・安心な機関づくり」をベースとする“サンクチュアリモデル”を提唱したサンドラ・L・ブルーム博士の講義が視聴できます。

 

どうしたらトラウマインフォームドな組織になるのか、何から始めたらいいのか、具体的な方法を知りたい方には、役立つ情報だと思います。

 

内容はこのようになっています。

 

DVD No.1 身近にあるストレス、逆境、トラウマ(7:57)

DVD No.2 トラウマが及ぼす深刻な影響(7:32)

DVD No.3 だれもが支援者(4:59)

DVD No.4 ストレスにさらされるとシステムはどうなる?(18:07)

DVD No.5 公衆衛生の視点から生活環境を見直す(7:46)

DVD No.6 システムをどう創り変えるか?~トラウマに対応できる組織づくり~(25:11)

DVD No.7 民主的な学校はトラウマを回復させる(4:16)

DVD No.8 健全なシステムとは(17:24

 

トラウマの視点から支援を見直してみよう ー 子どもが抱えるあらゆるニーズに応えるために

 

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ニュースのトップがコロナウイルスの話題になって、そろそろ1か月程経つでしょうか。
 
相手が目に見えないウイルスであること、ほんとかどうか分からないいろんな情報が出回っていること、そして、仕事や暮らしへの影響も出てきていることで、不安になっても仕方ない状況ですね。
 
妊娠中の方、重症化のリスクが高いとされている高齢、基礎疾患のある方、また、人々を治療したり、感染リスクから守らねばならないお役目を担った方々のご苦労を考えると、本当に大変なことだと思います。
 
私自身、先週風邪の症状が出て、それがなかなか治らなかったもので、心配でした。
 
関連するニュースを聞いたり、SNSの投稿を見たりすると更に不安になって、不調のすべてがコロナウイルスに関係するような気がしました。
 
今できること、やるべきことを実行したら、後はリラックスして過ごすのが心身のためにいいかなと思い、今は大丈夫感を取り戻すコレモのスキルを使うようにしています。
 
心配しすぎるというのは、心配することに脳のエネルギーの大半を使い、その分、別の思考や判断のために脳の機能を振り向けられない状態ですよね。

緊張・過覚醒の状態が続くと、神経系に影響を与える神経伝達物質が出され、身体のいろんなパーツに余計な負担を与え、かえって免疫力を下げる可能性もあります。
 
ただ、「心配しないで」なんて言われても、今は無理な話かもしれませんから、心配するにしても時々休憩を入れる、という感じでどうでしょうか。
 
そういう考え方を教えてくれる、コレモのトレーナーの臨床心理士の服部信子さんのコラムをご紹介します。
自分に、自分の周りの人に、これは役立ちそうだなと思うものがあれば、活用されてはいかがでしょうか。
 
 
さてさて、私の場合、症状が気になりだした時から熱を測って症状を記録し、保健所に問い合わせをして助言をもらって、内科で医師の診察を受け、診断の結果を勤め先と相談して、最終的に仕事に復帰となりました。
 
その中で印象的だったのが、多摩小平保健所で、相談の窓口をされていた保健師さんの対応です。
 
症状を細かく聞き取った上で、保健医療機関の今の対応の指針と、その上で考えられる具体的な動き方を、こちらの不安に配慮しながら、分かりやすい表現で伝えて下さいました。
 
相談支援にあたる人のいい模範を見せてもらったように思いました。特にこの二つの点で。
 
・相談者(私)の不安な気持ちを汲み取ってくれていることが、伝わってきた。
 
・助言される時、「そのように決められたから、そのようになっているから」というようなニュアンスが全くなく、現状での対応のしくみ、その理由や限界について触れた上で、その中で、私独自のケースにあてはめて考えてくれた。
 
相手の立場になって考えてくれる相手の姿勢に気付くと、それを嬉しいな、有難いなと思えます。
そういう気持ちが湧いてくると、それだけでも気持ちが和らぐような気になります。
 
普段の生活でもそうですが、落ち着いている人と話すと、だんだん自分も落ち着いてくるような気がしませんか。
あせりや怒りが伝染するのと同じで、落ち着きや穏やかさも伝染するようです。「共感脳」とも呼ばれるミラーニューロンの作用だと言われています。
 
それから、感謝や親切は、するのもされるのも幸福感や安心感を高めることにつながるという研究があり、おすすめです。
 
感謝と言えば、自分に対する感謝もいいかもしれません。
 
身体は、外からウイルスが入ってきたら、一生懸命闘います。だから熱が出ます。
白血球たちが、侵入したウイルスたちと闘ってくれたことを色付いた鼻水や痰の色が教えてくれます。
 
手洗いやうがいで意識して防ぐことは大事。それと同じように、自分が意識しないところで、身体が守り、闘ってくれていることについて、想像し、感謝してみるというのも、心強くいられるのに役立つかもしれません。
 
ちなみに、私の場合、私の身体の中の想像上の白血球たちは、皆、白いハチマキをして、なぎなたを持って勇ましく戦う和服の女性たちということになっています(^^)
 
知恵や想像力、身体の力を駆使して、みんなでこの局面を乗り切れたらいいですね。