今年も福岡教育大で出張授業をさせてもらいました。
今年で4年目になります。
今年のテーマは、「貧困・格差・児童労働」。
私の話の中心は、大体現地で見てきたこと、会ってきた人のことです。
ゴミ山の崩落事故の時の映像を見ていたとき、
2000年7月10日のあの日の記憶が蘇ってきました。
アニータ・デラクルスさんという、あの日、命を落とした
一人のお母さんのことを思い出しました。
アニータさんの家庭は、家もろともゴミに埋もれ全員亡くなりました。
彼女が生きていた当時のことを覚えている人も、今は少なくなりました。
彼女が一番大事にしていた家族、彼女が持っていたささやかな、そして
もう少しで実現するはずだったスカベンジャーをやめて市場に店を持つという夢、
みんな、ゴミの中に埋もれてしまいました。
しばらく封印していたのですが、久し振りに言葉が自然に出てきたので、
福教大の学生の皆さんにアニータさんが生きていた時、日本からやってきた学生の人たちに
言っていた言葉を聞いてもらいました。
「大学まで行って勉強をしている皆さん、私は小学校も出ていないから
分からないけれど、皆さんならできると思うのです。
どうか一生懸命勉強して、そしてまたここに戻ってきて、私に教えて欲しいのです。
どうしたら一生懸命働いても貧しい生活が変わらない、この状況を変えられるのか。」
アニータさんは自分の娘が奨学金を受けられることを喜び、感謝していたけれど、
支援され続けることを望んではいませんでした。
自分の愛する人を、自分の力で支えるという幸せの方を、強く望んでいました。
ゴミ山で働いていたけれど、自分よりもっと貧しく困っている人、自分よりもっと
報われていない人のことを考え、その人達のために怒れる人でした。
今、アニータさんが生きていたら、
14年前よりも、更に激しさを増した格差の中を生きる若い人たちに
何を語るだろう。。。
なんのために、あなたは学ぶのですか?
この社会とどう向き合い、何を子どもたちに伝えるのですか?
まだ大学生になったばかりの人たちに、その二つを問いは、重すぎたかもしれません。
でも、この日会えた61名の学生さんたちが、いつかこの問いと共に、アニータさんのことを
思い出してくれる日が来ればと期待します。
久しぶりに、アニータさんと再会したような、そんな1日でした。




