今日はソルト・パヤタス フィリピン法人の総会でした。


アクシデントで、まさかの会長欠席というハプニングがありましたが(汗)、理事、スタッフ、フィリピン人、日本人ボランティア、支援者等、23名の出席を得て、無事終了。

ソルトらしい、自由な発言の多い総会でした。


今年の総会では住民団体のKAISA、LIKHA(LPI)にも、パートナー団体として活動報告やこれからの抱負を語ってもらいました。







スタッフも準備、頑張りました。







1年後みんなでまた集まって、頑張って歩いた道のりを確認しあう時が楽しみです。







「辺野古事業の受注業者に防衛省・自衛隊のOBが天下り」


1/3、この記事を見てから、それが頭から離れない。

心の中がざわざわする。


あまりに小ずるくて、恥ずかしい。

恥ずかしいことを、学校での成績もよく、周りからも偉いね、

すごいねと言われ、沢山のお給料をもらってきたはずの人たちがしている。
分かっててやっている。

しかも、大勢の人が。


もっと欲しい、もっと欲しい、

ずるしてでも手に入れたい、

それがないと自分は不幸になる…

そう思うんだろうか。


偉ずるい大人の姿は、子どもたちにどう映るんだろう。

それを、当たり前のように受け入れてしまう大人は、どう映るんだろう。

こんなことが続いて、誠実に懸命に働いて生きることを、損だと思ったり、ためらったり、疑ったり、信じられなくなったりしないでほしい。


自分に向かっても、言っている。


ずるしても許される社会は、不安定だ。

心がざわつく人が増える。

希望を持ちたいのに、持てないから。

地道な努力を否定されたりだまされたりしているような

気がするから。


変えるには、勇気が要る。


益々そうなるんだろうな。


こんなニュースを聞いても、動じない

それをしのぐ

自分を作ろう。

現場でのベースライン調査が大体終了し、

その分析が始まりました。


分析は、東大の澤田先生、慶応義塾大の中室先生、

一ツ橋大の真野先生に担当していただいています。

年の瀬、各学校もお休みに入った29日、

3人の先生方と大学院生の川窪さん、

ソルト・パヤタスの小川・田村の計5名が集まり、

情報共有と今後の介入策について

検討するミーティングを行いました。


朝9:30に開始して…

2時間、3時間、4時間・・・


日差しが入っていた教室も





どんどん暗くなり

気が付けば、夜。




終わったのは、夜9時でした。


現地で求められている力は何か、どんな活動が効果的か、

時に過去の実証実験の論文などを参照しながら

議論が進みました。


途中ランチ休憩はありましたが、それ以外は、

先生方の集中力は途切れることがありません。


休みの日に、無償で丸1日この事業のために

使って下さる、先生方の本気の姿勢に胸を打たれ、

身の引き締まる思いがしました。


これから


1月、現場で追加調査を実施し、同時に分析を進め、
2月~3月、調査結果をもとに、新しい教育活動の準備を行い、
3月、子ども図書館の建造物が完成し
4月~5月、分析結果を現地住人や地元の公立学校等と

共有し、現場で具体的な活動準備を行い、

6月、いよいよ活動開始です!


2016年は、子ども図書館が完成し、

学校や図書館で新しい教育活動が始まり、

現地で人材育成が始まります。


現場は、変化、変化、また変化の

1年になるでしょう。


カシグラハン地区の子どもたちにとって、

フィリピンの貧困層の子どもたちにとって、
意義のある教育活動となるよう、

微力ですが力を尽くしたいと思います。


先生方、本当にありがとうございました。

年末最後の土日、理事・事務局職員による、

団体2回目の合宿がありました。


2015年の1月の合宿で決めた中期計画が、

どこまで進んだのか、みんなで現状を確認し、
2016年の進め方を話し合いました。




前回の合宿では、団体の基礎情報や

それぞれの想いの共有、共通ビジョンを作ることが

メインでした。


今回はそのビジョンに到達するため、

より詳細で具体的な行動計画を作るところまで

行いました。

集まったのは、マニラ、東京、松山、福岡からの9名。

組織基盤強化で、伴走支援をしていただいている

アカツキの永田さん、佐々木さんを交え

総勢11名の合宿でした。


1泊2日、緑豊かな篠栗の山手公民館で、

学んだり、語ったり、身体を動かしたり

濃くて、楽しい時間となりました。






振り返ると、昨年1年かけて

私たちが取り組んできたのは
こういうことだったと思います。

1.お互いを知り
2.成し遂げたい、共通の将来像をはっきりと言葉に表し
3.それに至るまでの課題を共有し、
4.実現までの道のりを確認して、
5.経験やアイデアを持ちより、
6.それぞれの役割を認識する


新しい東京事務局の誕生、スタッフの退職、

業務再編…と、この二つの合宿の間に、

いろんなことが起きました。


右往左往することもありましたが、

年末、笑顔で合宿を終えられたのは、
あきらめずに、いっしょに歩んでくれた

仲間のおかげです。


2015年は、ソルトにとって、

特別な年になったと思います。

思いを持ったメンバーが集い、

団体の骨組みを組み直し、

ちょっとやそっとじゃ崩れない

足腰の強いチームができました。


2016年は、実践あるのみ、です。


苦しい時もやってくるでしょうが、

皆で乗り越える心の準備は整いました。


進化するソルトを、どうぞお楽しみに!

再開から10日。


ゆっくりゆっくりですが、

なんとか前に進んでいます。


建設が始まってすぐ、

設計図通りに進んでいなかったことが

分かって、工事を止めた日から半年。


今、建設現場で汗を流すお父さんたちの姿を見て、

ああよかったと、胸をなでおろしています。


10日前はこんな様子でした。



草ぼうぼう。


錆びたむき出しの鉄筋が

地面に突き刺さっているのを見るたび、

眉間のしわの溝が深くなっていくような

気がしました。


工事を再開して、まずは草刈り。


それから、下に残っていたコンクリートを

叩いて割って、




中の鉄筋をきれいに撤去。

全て地元のお父さんたちの手作業。

炎天下の中の重労働です。






鉄筋のさびていない、まだ使える部分は、

切って再利用します。


さらに堀り進んで、




深さ2メートル70センチ。



これからこの中にコンクリートを流しこみます。


平屋なのに、この基礎。


建築許可を申請したとき、町の土木課の人から、

「おいおい、高速道路でも作るのかい?」と

言われました。


地震、洪水がきてもぐらつかない、

頑丈な基礎です。


見えないところだけど、ここは譲れない場所。


半年前、この基礎が全く違ったものに

されようとしていたとき

とっても不器用なやり方だったけれど

とにかく、工事を止めることしか

浮かびませんでした。


これからここに来てくれる

たくさんの子どもたちを

どうか守ってくれますように。

それが洗練された言葉や
正確な表現でなくても
耳触りのいい言葉ではなくても


もらって価値があるのが
真心

真心というか、
愛、
ですかね、それは。


いきなり何を書き出すやら・・・なんですが、

ここ数日、たまたま考えさせられることが続いたもので

意味があるのかなと思って

書きます。


私は、人と人との関係で、仕事で

道に迷ってしまったら、
たずることにしています。


そこに、真心はある?


人も、自分のことも
嫌になってしまうとき

そんな時もたずねています。


なかなかけっこう
これが役だっています
私には。


だから

大きくて深い愛も
ささやかな、ふっとその瞬間で消えてしまうかもしれないほどの
小さくて一瞬の愛でも
拾えるアンテナを
全身にはって
気付ける人になりたいなと、

目下修行中です。


人の心は
真心は
泣いても怒っても祈っても

なかなか操れません。


だから心と心が通じた時
こよなく嬉しいし
そんな瞬間を持てた時
ありがたいなと思います。


そんな瞬間を迎えた時は

体中に
温かい波がざわざわ~と
走ります。


その人と神様に、
感謝します。


でも、どんなに想っても
言葉を尽くしても
通い合わすことができない
こともあります。


けっこう
そんなことがあり


というか、実は、そればっかりだと
思うこともあり(笑)


受け入れてもらえない哀しみ
受け入れることができない苦しさで


心がいっぱいになってしまう時も
あるのですが


でも、そんな時は
ああ、今じゃないんだ
と思って、3歩ほど下がって
じっとします。


そしてちょっとの間だけ、
悲しみばっかりあふれそうになる
心の穴に蓋をして
忘れちゃおうとします。


いつかその人の言葉を、気持ちを、
その状況を迎えた意味を、
理解できるときがやってくるのかもしれないと
楽しみにしながら。


真心で
つながれる人
分かち合える人

つながり分かち合える瞬間


今の自分には
他にはなにもないような気がします。


それより価値のあるもの。

この一生で。


今日もつたない私のブログを

最後まで読んで下さってありがとうございます。

支援者の方お一人お一人に、

学費支援をしていただいている
子どもたちの報告を発送する作業が、

遅れています。


1日、1日遅れるごとに申し訳ない気持ちが、
積もり、溜まり、

でも、予期していないことが入り
作業が思うように進ます・・・

(ごめんなさい、言い訳です)


今日日曜の午後、

送れていない書類の山を見ながら
ひとり押しつぶされそうになってました。


泣きそうな気持ちで、机の前で呆然としていたとき、
支援者のお一人から、電話を受けました。


かれこれ13年のお付き合いになるSさん。
いつもより声が暗い私の状態で、何かを感じられたのか
こんな言葉を下さいました。


もう、恵美子さん、

あなたができないことは、分かってますって。
そんなに期待もしていないんです。


お金を受け取ることで、いろんなこと言われるでしょう。
プレッシャーもあるでしょう。

でも、お金を出す方は、少なくとも自分は
出すんだからそれに見合ったリターンを返せ!いう気持ちより
自分ができない現地への支援を、代わりにやってくれてありがとう
という気持ちの方が強いんです。


支援者の期待を、重く考えすぎないで。

受け取っているのはお金でなく
エネルギーだと思って。


できていないことにくよくよするより
現場でできていることの方が大きいはず。
それにフォーカスして。


明るく頑張って。
始めた時の気持ちを、思い出して。


という言葉。

あれもしなきゃ
これもしなきゃ
あーできてないと
と、がんじがらめになって身動きがとれなくなっていた気持ちが
ほぐれていきました。


目の前の状況は何一つ変わっていなくて、

状況改善は必須のままなのですが
自分がそれに取り組む気持ちの持ち方が、

その一本の電話で変わりました。


Sさんの電話。
すごく、すごくありがたかったです。


今日の空と一緒で、灰色の重たい雲で

どんよりしていた私の気持ち。

雲間からあったかい太陽の光が差し込んで、

重い気持ちを溶かしてくれるような
贈り物のような電話でした。


現地の人と
支援者との、
いいエネルギーの循環を作れるよう
これからもがんばります。


ゆっくりですが。

今日は安倍総理夫人と石川在比大使夫人がパヤタスを訪問されました。


1週間ほど前から、国家警察や大統領警護班の人たちによる監視が始まり、雑然としたリテックスのジャンクショップ通りが、昨日はこんなにすっきり。




今日は、リテックスから、ほぼ20メートルおきに、ライフルや拳銃をもった軍や警察の人が立って 2時間ほど前から、リカセンターの前に続々と警察官が到着。





市場の前の通りは、消防車が来て掃除。




パヤタス、ルパンパガコ地区の大通りはこんな感じになりました。







バランガイキャプテン、POGのハイマリン所長も登場。

大統領府から、何か連絡が入ったみたいですね。


美しいところ、すばらしいところだけではなく、現実を見たいと、目的を持って来て下さった安倍総理夫人。

「普段通り」をご覧いただくことはできませんでしたが、崩落事故から立ち退きまで、この地で起きたことについて、耳を傾けていただきました。




15年経過しても、未だ解決していない崩落事故。

住民に知らされない拡張計画、立ち退き。


この警戒の意味も、お察しいただけたと思います。


14日に起きてしまったパリの同時テロ。


犠牲となられた方たちの苦しみ、ご遺族や

友人の皆さんの心の痛みはどれほどか、

想像することも難しい程、今辛い時を

過ごしてらっしゃるんだろうなと思います。


ただただ、その痛みを、思うばかりの週末です。


このニュースを受けて、ユナイテッドピープルの

関根さんが、ご自身のfacebookで


「まず思ったことは「世界は戦争になった」ということ。」


と書いてらして、私もそれを読んで、

そうだなと感じました。


日本も、例外ではなくなりました。

そんな時代を迎えました。


好むと好まざるとにかかわらず大きな力や流れに

巻き込まれ、支配され、それが以前より

もっと堂々と分かりやすく身の回りに起こってきたし

それに対し、抗わず受け入れる自分たちになりました。


私もそうです。


ただ、大きな流れの中に巻き込まれたとしても

その中でも、飲み込まれない自分を作ることは、

できるんじゃないかと思います。


私にそのヒントをくれたのが、二つの映像です。


私の好きな映画、妹尾河童さん原作の「少年A」

私はここに出てくる妹尾さんのお父さん、お母さんの

ような生き方をとても尊敬します。


このように生きた方は、きっと当時の日本に

大勢いらっしゃたと思います。


もう一つは、昨日のブログで紹介した

フィリピンのキリノ大統領のドキュメンタリー。


キリノ大統領は、太平洋戦争時フィリピンでの

戦時中の行為で、死刑宣告を受けた人を含む

100名を超える戦犯全員に、フィリピン国内の

世論に反し、特赦を出した大統領です。


日本兵に妻や子を殺された大統領が、

なぜその決断を下せたのか。

大統領自身の、常人を超えた人物的深さ、

先見、寛容はもちろんなのですが、


見過ごすことができないのは、戦争の前にも、

戦争中にも心の交流が日本人との間にあったことでした。


若い時に出会った日本文化、尊敬やあこがれ、

投獄中一人の日本人憲兵にサンチャゴ要塞から

救い出された思い出、


人の、歴史の、大事を決めるのは、

時に、ささやかな日々の人間性の交流だったりするのだと、

教えてくれます。


体制は、私たちの思うようにはなりませんが、

その体制のまっただ中にいたとしても、

私たちは相手への理解、尊厳、隣人への理解や

友情を見せることはでき、そうした一人一人の

人間らしさが、暴力や憎しみの連鎖、悲しみを

乗り越える糧になるのだと、歴史が数々の逸話が

伝えてくれています。


テロリストの行為やテロリストを送りこんだISの

殺害行為は許されないことです。

しかし、今、テロリストとして報道されている彼らも、

きっと生まれた時はどこの国の子もと変わらず

目の輝く可能性にあふれた子たちだったはず。

生まれながらのテロリストであったはずはありません。


なにが、彼らをテロリストにしたのか、

ISが、なぜ生まれ、発展したのか、

無差別テロに走るのか


その生い立ちや背景を理解すること、

少なくとも知ろうとする努力を省略して、

直接的に、過去も今も、犠牲を強いられ

たわけではない私が、反撃・排斥に加わることは、

間違いだろうなと思います。


憎しみと暴力の連鎖に突入し、犠牲になっていくのは

弱い立場にある人たち。外国でも、日本でもそうです。


私の先輩は、かつて、NGOは草の根の平和推進委員

だと教えてくれました。

この時代に入って、ますますこの役割を意識しています。