朝の掃除の時間

 

ほこりがたまった扇風機のかさを

インターンのなほさんと、ジェームスと、リサが

洗ってくれました。

それをじっと見てる、近所の子

 

何気ないシーンですが

貴重な瞬間のように

思えました。

 

 

昨年の11月から、カシグラハンの公立小学校でも

読み聞かせやお絵かきの課外活動を始め、

あと1か月ほどで、1年になります。

 

この頃は、活動開始前、早めに来た子たちが、

積んである絵本の中から読みたい本を選んで、

それぞれ勝手に読みだします。

 

 

課外活動中は、ルール「Patakaran」を、

前の黒板に貼りだしています。

これらのルールは子どもたちが決めたこと。

例えば、

活動中は、うるさくしない

よく話を聞く

立ってうろちょろしない

とかが、書かれています。

 

子どもは、必要だと思う決め事を

どんどん追加しています。


自分の成長に役立つものを敏感に感じ取り、

それを取り入れていく力、

よりよく変わることや、自分たちを律することに貪欲、

 

そんな力や性質を、持っているみたいに見えます。

 

それには、大人の「工夫」と「時間」が

必要なのでしょう。

 

楽しく無理なく、習慣化していくプロセス

その知恵は、まだまだ無数にありそうです。

 

引き出す力が、大人の中に、眠っています。

We cannot wait for the poverty will be died out.
We cannot wait for revolution.
We have already learned change won't come in a single day and

stable change does not happen by a single leader or hero.

 

Children are getting older day by day.

 

Everyday many children are born in underprivileged situation and

facing various adversities such as violence, discrimination, hunger,

negligence, mental illness etc.

Children have to struggle under such circumstances.

 

Let us show the children we, adults will be a change.

Let us remember in all moments we are questioned

whether we want to become a change or not.

 

Let us enhance our life skills.

 

Life skills are the skills and mindset enable us to make choice,

make decision, and take action to overcome difficulties

for the well-being of us and others.

 

Our fate is not fixed.
We can make a change by our decision and action.

 

誰かに変えてもらうことを待つのではなく

自分たちで変えていきましょう

ライフスキルはそのための力

幸せに向かう力です

 

今と未来を

子どもたちと笑顔で迎えられるように

協力して

成長していきましょう

 

習得したい重要な10のライフスキルの中に
「PDCAサイクルマネジメントスキル」があります。

 

Daily PDCA Practice Notebookを使って99日目、
やっと自分に合った、PDCA力向上のヒントが、つかめてきました。

9月26日は私にとって貴重な記念日になりました。

 

「ライフスキル」や「生きる力」の核となるのは、問題解決能力。

複数のスキルが集まって、ようやく達成される高度なスキルです。
習得するには、もう1段か2段、あるいはもっと、その下に来るスキル層があります。

 

まず、問題そのものの存在に気づくこと、

事実関係を知ること、

その事実を正確に把握すること、本当に正しいか疑ってみること、

分析すること、

計画を作ること、

共有すること、

他人の気持ちを想像し、分かりやすく伝えること、

協力すること、

あきらめないこと

途中でくじけても、また立ち上がって始めること、etc...

 

無数にあると思えるぐらい、多様なスキルが集まって達成されるのが「問題解決力」です。

ほんのちょっとの課題や目標でも、これまでに「やった解決した!」とか「乗り越えた!」という経験のある人は、その膨大なスキルを駆使して達成したわけで、意識していないかもしれませんが、それってとても素晴らしい体験です。

乗り越えた体験そのものが、また新しい力「自己効力感(やればできる、自分への信頼)」を生み出していくので。

 

日常の一人の人のささやかな課題、人間関係の問題から、世界の社会問題に至るまで、必要とされる「スキル」そのものは共通。
より多くの人がこの力をつければ、自分の課題解決、家族の課題、そして、他の人のお困りごとや目標達成、地域の、もっともっと大きな社会の課題を解決することができる力になっていくのではないでしょうか。

 

で、どうやってつけられるんでしょう、それ。

 

仮説として出したのが、PDCA力をつけること。

みんなでスキルアップする術を知り、楽しく実践して習慣化していくこと。

 

(あまりに当たり前のことで、がっかりされた方、ごめんなさい)

 

ちなみに、団体内部では、Lのおまけをつけて、PDCALにして、みんなで毎日練習しています。PDCAはよく知られたPlan、Do、Check、Adjustment。継続的に改善、進歩していくための必要なしくみとして、企業ではもう当たり前になっていることです。
足した「L」はLogging、記録していくことです。軌跡が見えると楽しいですから。

 

このありふれたことを習慣化して、習慣の中で、スキルアップさせるコツを見つけ出せたことが、記念日でした。

 

なんでもないこと、当たり前のこと、ささやなこと、楽ちんでもないけれど、まあ続けられなくもないかなという程度の取り組みを、もっと上手になりたいな、成長したいなという願いをもって継続することが「スキル」を生みます。

 

そんなことを信じさせ、希望を持たせてくれたのは、アンジェラ・ダックワース先生の研究。
「Grit」という本が昨年出版されましたから、ご存知の方も多いと思います。

Talent x Effort = Skill

Skill x Effort= Achievement

 

才能神話におびやかされてしまっている私たちですが、遺伝や才能は、最重要項目ではないとはっきりしました。

 

スキルが身につくかどうかのスピードに時間差は出るかもしれませんが、どれだけ強固に、どれだけ多くの役立つスキルが身につくかどうかの鍵になるのは、「努力-継続した練習」、そして、興味や目的意識、希望です。


変化は、薄紙を毎日毎日積み重ねた先に、ある日、ぽっと姿を現す。

 

大事なのは、そこまで至るまでの間に、放り投げてしまわないこと。
いえ、それも違いますね。

放り投げてしまうことがあってもいいのです、また戻ってくれば。

 

「あ~また深酒で失敗しゃったよ。」
「あ~、せっかくダイエットしてたのに、板チョコ2枚も食べちゃった。」
でも、「まあ、しょうがない、今日からまた頑張ろ」

これです。

 

外に外にと、お金や時間をかけて求めにいかなくても、
ライフスキルを高める素質やその種は、自分の中に、もうあります。

 

最初からできることを目指さずに、

練習して、試行錯誤の中から、自分にあった方法を探していきましょう、

楽しみながら、一緒にね。

 

2年前に出版された「いつも『時間がない』あなたに 欠乏の行動経済学」
センディル・ムッライナタン/エルダー・シャフィール著

 

 

「人はどんな欠乏でも経験すると、それに心を奪われる。
心は自動的に、いやおうなく、満たされていないニーズの方を向いてしまう。
…欠乏は持っているものがごくわずかだという不満だけにとどまらない。
人の考え方を変える。人の心に居座るのだ。…」

 

こんな興味深いことが、数々の実験結果とともに、示されています。

後で考えると、なぜあの時、あんなことしちゃったんだろう…。

 

あんなこと、言っちゃったんだろう…。と思う場面、ありませんか。
私は結構あります、いまだに。

幸い、若い時より減りましたが。

 

お金、食べ物、時間、健康、愛情、心と心が触れ合う対話…

欠乏の対象はいろいろです。

 

足りない状況になると、私たちの心は、それにとらわれ、

そればっかり考えてしまいます。

意識するか無意識かにかかわらず、足りない状況は

処理能力、合理的判断力を奪うんですね。

 

そういえば…

 

ここ数か月ずっと会いたい友がいて、

話したいこと、聞きたいことが沢山あるのに、

それができない状態が続いています。
どうしてるかな、大丈夫かなと思うと気になって、

気が付くと、移動中も仕事の合間も

そればっかり考えている自分がいて、

やらねばならないことが、どうも手につかない…。

「寂しさ」が心を占拠してしまった、そんな日がありました。

 

おかしいな、バランスを欠いているかな…

 

そんな風に、ちょっといつもと違う自分に気づいたら、
もしかして、何か欠乏してる?と、考えてみるといいかもしれません。

 

欠乏は、私たち個々の判断に影響を及ぼしているだけでなく、

集合体としての社会の判断にも、

もしかしたら影響を与えているかもしれません。

 

欠乏、あなどれません。

 

面白いです。

 

土曜日は、早朝から賑やかです。

 

子ども図書館に集まる子どもたちに加え、

ライフスキルワークショップに来てくれたお母さんに奨学生と、

朝から夕方まで、センターフル活用。

 

午後3時、日差しも少し和らいだ時間

奨学生へのワークショップが始まりました。

 

今日のテーマは「エモーショナル・コントロール」

人を、生かしも殺しもする、こころを考える時間です。

 

自分の心がどういう状態なのか、

その時々の「気持ち」や「感情」を把握すること、
そして、気持ちが苛立ったり、落ち込んだとき、制御するのが難しいとき
どうやって元に戻すか、その知恵を、みんなで共有しました。

 

 

大切なのは、いい時より
むしろ困難に遭遇した時

怒りや落ち込みで心がいっぱいになってしまうようなとき

 

子どもたちにどんな時に気持ちが落ち込む?
とたずねて、戻ってきた答えは、こんなものでした。

 

・フェイスブックで友達から誤解され、悪く書かれた時
・思うような成績がとれなかったとき

・気管支に問題があることをお医者さんから伝えられたとき
・食べるものがないとき

 

中には思い出して、泣いちゃう子もいました。

カシグラハンやパヤタスの子どもたちの心の中も、

なかなか大変です。

 

G君の答えは、更に深刻。

 

「お父さんが死んだとき」

 

奨学生の子たちは、コントロールを、これまでにつけてきた、
あるいはその意識のある親御さんに育てられているように

見える子の方が多いのですが、G君は違います。

 

彼の父親は、3か月ほど前、刑務所で亡くなりました。

モンテンルパという場所にある刑務所で、理由は分からずに

亡くなって、死後、1か月後に家族に連絡が届きました。

 

父親は、麻薬の売人でした。


子育てはほとんど自分の母親に任せきりで、

家計費も入れず、幼いG君に売買の見張り役をさせるほど

問題のある人。でも、彼にとってはただ一人の父親でした。

 

亡くなったという知らせを受け取ったとき、彼は

「何も感じない」と言っていました。

表情にも何も変わらず、

どう表現したらいいのか、自分でも分からなかったのかもしれません。

 

複雑な気持ちを抱えて数か月、
はじめて今日のワークで、気持ちを伝えてくれました。

 

「さびしい」

 

と、言いました。

彼が自分の心を整えるためにしているのは、
絵を描くこと、そして最近は、本を読み始めたそうです。

 

これまでも、十分すぎるほど過酷な子ども時代を過ごしてきたG君ですが、
この先も何が起こるのか分かりません。

 

絵や本の助けを借りながら、自分の気持ちと向き合い、

頑張って卒業してほしいなと思います。

 

エモーショナル・コントロールのワークショップ、

いつか、この子どもたちの中の誰かが、他の子どもたちに

受け継いでいってくれることを、期待して

行ってます。

 

===

 

ライフスキル・ワークショップ
「エモーショナル・コントロール」を実施する背景

 

地域の大人で学校を中途退学してしまった大人や、

危うい状況にいる子どもたちに話を聞いてみると、

「もうちょっと、我慢ができていたら・・・」
「もうちょっと、ちょっと先のために頑張る気持ちを思い出していたら・・・」

ということにぶつかります。

 

「えっ?その理由で?」

と口をついて出てしまいそうになるほど、

驚くほどあっけないことが、
連続遅刻、連続欠席につながり、退学へと至っています。

 

例えば、夜友達とバスケットボールをして熱中しすぎて
未明までやってしまい、朝、起きれず遅刻して、それが続いた。

 

ボーイフレンド、ガールフレンドができて、

勉強より一緒にいることが楽しくなった。

 

先生から、強い言葉で注意され、腹がたった。

 

など。

 

基礎学力が足らず、先生の話すことのほとんど理解できなくなっていたら、
学校は、面白くなくなります。そしてそこに誘惑が現れたら
遅刻や欠席も、ついついしたくなるでしょう。

まあ多かれ少なかれ誰もが経験するような気持ちです。

 

分かれ道はなんでしょう。

 

誘惑がむくむくと心の中にわいてきたとき
「我慢して、乗り越えよ。そうすれば、先にいいことがあるぞ」という展望を示してくれる大人、
実際に、そういう経験を乗り越えて、今、誇りや自信を持って注意できる、しかも1回ではなく

たびたびそれを示してくれる大人の存在が、大きいのではないでしょうか。

 

でも、もし、そんな大人が周囲にいなかったなら・・・

踏みとどまる意識やコントロール力が育っていなかったら・・・

 

簡単にギブアップしてしまいます。

 

大切なことは、何度でも、いろんな人から言われることで
刷り込まれていきます。

家庭教育、学校教育を補完するものとして行っているワークショップです。

 

 

 

久々に福井に帰ってきました。

山から吹く風にも秋の気配を感じます。

 

姉に誘われ、越前市にある「かこさとしふるさと絵本館」に行きました。

 

かこさとし

1926年に福井県で生まれ、東大工学部で博士を取得。その後、民間企業の研究所で勤務しながら、セツルメント活動(経済社会的に恵まれない環境にいる子どもたちへの支援)に従事。紙芝居や絵本づくりなどを続け、47歳で仕事を辞め、絵本作家へ。

 

かこさんは、「だるまちゃんとてんぐちゃん」などのだるまちゃんシリーズや、「からすのパンやさん」をはじめとした、愛らしくて、やさしくて、ユーモアたっぷりの絵本の他、食べ物、体、宇宙など科学の不思議さ、素晴らしさを分かりやすく面白く示した科学絵本、約800超の作品を出されています。

 

だるまちゃんとてんぐちゃん

 

だるまちゃんとかみなりちゃん

 

絵本館の、階段の踊り場に大きな直筆の額が掲げてありました。

 

「未来をつくる・・・自分で努めて…自分のくせや力にあった方法で・・・」

 

立ち止まって、しばらく前に進めませんでした。

その方法を得ることこそ、私たちが求めるライフスキルだなと、思いました。

 

ふるさと絵本館では、かこさんの作品をじっくり読むスペースがあり、

貸出などもされています。

 

憎らしいほど愛らしいキャラクター、原画、その背景にある思いが詰まっています。

 

http://kakosatoshi.jp/museum/

 

以下は 株式会社文藝春秋2016年発行「未来のだるまちゃんへ」の
「はじめに」と「あとがき」からの抜粋です。

とても感動したので、一部転載します。

===

 

敗戦のとき、僕は19歳でした。

 

僕は「終戦」と言わないで、「敗戦」と言うのですが、それは戦争に負けて、てのひらを返すように態度を変えた大人たちを見て、ものすごく失望憤慨したからです。
その時その時の状況にうかうかと便乗して、戦意高揚を謳ったかと思えば、反省のひと言もなく、今度は民主主義の時代が来たとしゃあしゃあと喜んでいる…

 

だけど、そういう自分も、中学2年生の時以来、幼稚な判断で「軍人になろう」と思っていたのです。誰に言われたからでもない、自分で決めたことでした。

 

…このまま勉強したところで、大学の学費を出してもらうのは難しい。

軍人の学校に行けば、その日から給与がもらえるし、憧れの航空士官になるのが一番手っ取り早い親孝行になると愚かにも考えました。一旦そう決めてしまったら、あとはもう迷いませんでした。飛行機乗りに必要な数学や理科は勉強したけれど、国語なんか必要ない。西洋史、東洋史なんか、そのなもの覚えたってしょうがないと全部切り捨ててしまった。
なんて短絡的で、あさはかだったのか、暗愚の至りです。放棄したものこそが人間には、人生には、必要だったのだと、後になって分かりました。歴史の流れ、社会の動き、政治経済の問題、そういうもの知ろうともしないで、全部失った後でしまった、こんなはずじゃなかったと言っても、もう遅い。…

 

軍人を志した同級生たちは、みんな、死んでしまった。自分はその生き残り…というより「死に残り」でした。…
自分は何をすればよいのか。少しでも償いができるのか。
生きる目的もなくて、なんで生きていけるのか。
どうしたら生きていけるのか。
それは今思っても、なかなか出口が見えない自問自答の日々でした。…

 

これからを生きていく子どもたちが、僕のような愚かなことをしないようにしたい。
子どもたちはちゃんと自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の力で判断し行動する
賢さを持つようになってほしい。
その手伝いをするなら、死にはぐれた意味もあるかもしれない。

こうして昭和20年から僕の人生がやっと始まったのだと思います。
子どもたちは僕にとっての生きる希望となりました。

 

……
僕は、子どもたちに、自分がなんであるか、どういう生き物であるかをしっかり知っておいてほしいと思います。

自分が生きている社会をよく見つめ、観察し、より良いものに変えていってほしい。
現実が、醜く思えることもあるかもしれない。しかし、それは今の現実に過ぎず、今をどう生きるかで未来は変えていゆけるはずなのです。

 

生きるということは、本当は、喜びです。
生きていくというのは、本当はとても、うんと面白いこと、楽しいことです。

もう何も信じられない程打ちひしがれていた時に、僕は、それを子どもたちから教わりました。

・・・

 

だから僕は、子どもたちには生きることをうんと喜んでいてほしい。
この世界に対して目を見開いて、それをきちんと理解して面白がってほしい。
そうして、自分たちの生きていく場所がよりよいものになるように、うんと力をつけて、それをまた次の世代の子どもたちによりよいかたちで手渡してほしい。

どうか、どうか、同じ間違いをくりかえすことがないように。
心からそう願っています。

===

 

今年92歳のかこさん。

実物のかこさんとはお目にかかったことがありませんが、

絵本館で、かこさんの大事にされているものと出会えたような

不思議なうれしい気持ちがしました。

 

「わたしは、18歳の時に挫折しました。」

 

この一言で始まった、今夜の福岡でのソルト・ダイアログ。

 

今回は、昨年末まで2年半フィリピンに滞在し、

ライフスキル教育構築事業の立ち上げを、現場で

担ってくれた田村愛弥さんのプレゼンです。

 

最初の自己紹介で、大学受験で不合格通知をもらった時の経験から、

来月、脳科学や児童心理を勉強するためイギリス留学に出発するまでの

10年を振り返って話してくれました。

 

始まって5分で、まさかの、涙。
聞いている私も、胸がいっぱいになりました。

 

10年の紆余曲折。
探して、あがいて、悩んで、いろんな扉をたたいて、たたいて、遠回りしました。
だからこそ、今、何のために学び、それを誰のために役立てたいのか、明確な目的意識と、決意と、そして乗り切る自信を持って、学びに行くことができるのだろうと思います。

 

時は味方してくれます。

 

あの時には理解できなかったことも、今なら分かる気がしたり
やりたいけれど無理だと心の中でおさえていたことも、ある時ふと、

今ならできると、思えたりすることがあります。

 

そして、そんなタイミングに、ぽっと

「さあ挑戦せよ」と
目の前の扉が開かれる時が来る、

神様の計らいなのか、そんな瞬間が来るものですね。

 

もう一つ、私が泣けてきたのには、理由がありました。

それは、険しい道の方を選んだ彼女の勇気への感動です。

 

貧困と格差の歴史

 

個々の事例では、成功と言える、良い話がありますが

私たちは認めなくてはいけないのは

全体でみた場合、それは、残念ながら負け戦の連続だということです。

格差は拡大、進行しています。

300年の歴史に、彼女は挑もうとしています。
それがどんなに難しいかを知りながら。

 

負の方向に進む世界のベクトルを、逆方向に変え、
救われる人を一人でも増やす、

彼女は、そのために人生をかけることにしました。

 

関心を持ち、取り組みを始めた人であっても
現場での、果てしなく続くように見える理不尽、不条理、不合理の中で

疲れ果て、

 

結局、貧困はなくならないのだ
結局、問題は現地の人の気質のせいだ、文化のせいだ

結局、政治のせいだ、宗教のせいだ

いや、当事者に問題があるのだと

見限って、離れていく例がたくさんあります。

 

貧困と格差をここまで大きくした人間の未熟さに絶望し、

降参してしまうのです。

降参してしまいたくなるのが、当たり前なのかもしれません。

 

これからイギリスでの6年の研究。
困難な道でしょう。お金も相当かかります。

 

それでも現実に対し、目を見開き、

その奥の奥を見、世界の課題に挑むと決めた彼女に
心から賛辞とエールを送りたいし、そんな彼女と、

これからも助け合って歩ませてもらいたいと、

心から思いました。

 

私たちが学ばなくてはいけないことは膨大です。

多様性を認め、助け合って乗り越えるために。

彼女は人の脳と心を知る道へ、

私は現場で、それぞれ頑張ります。

 

福岡でのソルト・ダイアログ。

これからも続きます。

 

田村さんのような仲間に出会い、学びや関係を深められる場になっていくといいなと思います。

金曜日、パヤタスのメタンガスの爆発現場で

聞き取り調査をしていたら
偶然こんな笑顔に出くわしました。

 

ビセンテお母さん。

 

ゴミ山で働き、大事に育てていた娘さんが、
去年、ハイスクールを中退してしまい、
ショックを受けていた

ちょっと気になっていたお母さんです。

 

笑顔の理由は、先月から娘さんが復学をしたからでした。

 

復学と言っても、ハイスクールに戻れたわけではありませんが
9か月毎日通うと卒業証書がもらえる、
Alternative Learning School(ALS)という仕組みがあって

そこに、娘さんが自発的に通い始めたのだそうです。

 

よかった、よかった。

 

お母さんの愛情が
娘さんに通じてよかった。

 

 

土曜日は、アジア開発銀行の職員の方々のスタディーツアーで、

私も久し振りに家庭訪問に同行しました。

 

訪問した先は、夫が建設作業員、妻はパジャック(自転車タクシー)の

運転手をして、6人の子どもを食べさせているセルンドさん夫婦。


この夫婦は、二人ともとても働きもので、私の知る限り、

ほとんど休みなく働いています。

子どもたちに教育を受けさせることが、二人の人生の目的になっています。

 

妻のエミリーさんは、若い時、自分名義の家屋を、

人に騙されて奪われてしまいました。

 

夫は、溶接の研修中に火花が目に入り、右目がつぶれ、

視力を奪われてしまいました。

 

「教育は、一旦身に付けたら奪われない。

だから子どもには教育を受けさせたい。」

 

そういうエミリーさんの力強い言葉が印象に残りました。

 

その言葉、私の祖母が教えてくれた言葉と同じでした。

 

「勉強しなさい。本を読みなさい。

それは誰からも奪われない、一生の財産になるから」

 

教育は投資。

 

投資効果が出るまでに10年、15年と時間がかかりますが、

将来の収入、健康など、確実に正の効果があります。

 

心優しく、まじめに働き、地域の困った人にも

何かと手を貸すエミリーさん。

 

自分はいつもぼろぼろのTシャツを着て、

お化粧もアクセサリーをつけることもなく、

いつも動きまわっています。

本当にいい人。

 

でも、夫婦で懸命に働いても、収入は少なく

生活は不安定です。

 

子どもたちが成長し、無事学業を終えられるようになるまで、

身に降りかかる様々な困難や突然の出費に耐えられるような、

保険になるような教育貯蓄が実施できるといいですね・・・

 

そんな話をしながらスタディーツアーが終わりました。

 

実現しますように。