2月にブログでお知らせした、フィリピン・ボホール島で人権活動をする

イラさんへの理不尽な起訴に関して、その後、証拠不十分で不起訴に

なったという嬉しい知らせが届きました。

 

 

関心で守るいのちと人権 -フィリピン署名の呼びかけ

 

FoE Japanの波多江さんからの報告を転載します。

(お知らせは4月にいただいていたのですが報告が遅くなってしまって

ごめんなさい)

 

===

フィリピン・ボホール州のイラさんたちへの訴訟の件ですが、4月7日(水)にイ

ラさんたちの手元にボホール州検察局の決議文が届き、証拠不十分で訴えが却下

されたとの嬉しいお報せをいただきました!

 

日本の私たちからの書簡を含め、各方面から検察局に取消し要請が出されたこと

が、検察局が「真実」を判断する一助になったと思うとボホールの皆さんも話し

ていらっしゃいました。改めて、今回の訴訟取消しを求める要請書にご署名いた

だいた皆様に感謝申し上げます。

 

以下、イラさんから皆さまへメッセージが届いておりますので、そのまま貼り付

けます。この度は誠にありがとうございました。

 

(以下、イラさんのメッセージ)

--------------------------------------------

Dear all our Japanese Friends,

 

This is to inform you that the cases of Murder and Attempted Murder filed against me and our staff, Raquel Autida have been dropped by the Provincial Prosecutors Office due to the basis, as attached.

Thank you so much for the concerted support and prayers.

We extend our gratitude to the Provincial Prosecutors Office for upholding our innocence.

Still, we continue our call for justice, for all those being red-tagged, victimized by the continuing human rights violations in different forms and their families, fight against impunity and for the rule of law to be respected all over the land.

May the victory of our case contributes to the overall fight for justice and human rights.

Again, our heartfelt gratitude.

 

(拙訳)

親愛なる私たちの日本の友人の皆さんへ

私たちを殺人・殺人未遂罪に問う訴えが、ボホール州の検察局による決議文で却

下されたことをご報告します。

皆さんの一致団結した支援と祈りを本当にありがとうございました。

私たちは無罪を支持してくれた検察局に対して感謝の意を伝えます。

今後も私たちは、赤のレッテル貼りをされ、様々な形で人権侵害の犠牲になり続

けている人びと、そしてその家族らへの正義を求め続けます。また、加害者が無

罪放免となっている状況と闘い、法による支配が全土で尊重されるよう求めます。

私たち(が無罪を勝ち取ったこと)の勝利が、正義と人権のための闘い全体に寄

与する形になることを願います。

繰り返しになりますが、私たちの心からの感謝の気持ちを皆さんにお伝えします。

「下手くそやけど、なんとか生きてるねん。」の著者、渡邊洋次郎さんのニュースです。

 

NHK関西のニュース

 

渡邊さんを見ると

サバイバーの人だから

今苦しんでいる人に

示せることがあるんだなと思います。

 

刑罰を受け

批判を受け

人からの責めを受け

自分を責めてきた人

 

自分のやってしまったこと

失ってしまったこと

自分が傷つけた人への

責任を抱えた人

 

それを引き受けながら

今とこれからを

新しく生きていこうとしている人

 

生きている今の姿を

生で見せてくれる

サバイバーが

 

回復って、つまりこういうこと、を

その姿で見せてくれているようです。

ピアスタッフとしての

ご苦労もあるんだろうな。

これからも目が離せない

教わることがいっぱいある方です。

「もう!何やっとんねん!」

What's wrong with you ! から

 

「何があったん?」

What happened to you?に

 

問題への見方を変えてみる。

 

それが広がってきているんですね。

デンバーからの良きニュースです ニコニコ

 

 

米デンバー、医療・福祉の専門家からなる通報対応チーム「STAR」

 

トラウマのめがねで見る人が

ひとり、またひとりと増え

これまでと違う見方が

コミュニティレベルに広がって

制度が動く

そんな例。

 

トラウマインフォームドで

三方好しが実現してますね。

 

見方が変わる 

対応が変わる

既についている傷が

さらに深く傷つけられずにすむ

回復の方向に進む

傷の連鎖を止められる

 

癒しや回復が

つながっていくといいですね。

 

ここから

今から

自分から

眼鏡をかけて

まいりましょ。

 

・わたしたちは、自ら行動する人ではなく反応する人である。

・わたしたちは自分のことを厳しく裁き、自己評価が非常に低い。

・わたしたちは行きすぎた責任感を持っていて、自分のことに気をつかうより他人の心配をする方が簡単にできる。そうすることで例えば、自分の欠点をよく見ないですむ。

…これ聞いたら、少しどきっとしませんか?

私はしました。

これはACの特徴の一部。ACは、アダルト・チャイルドの略です。

子どもの時期に、家庭不和、アルコール依存、生活の不安等が身近にあったり、激しく怒ったかと思えば、無視したり、急に優しくしたり、ふさぎこんだり、子どもの心を混乱させるような大人がいたり…そんな体験が影響して、大人になっても何等かの苦しみを感じている人をAC(アダルト・チャイルド)と呼び、こんな特徴があると言われています。

AC「わたしたちが共通して持っていると思われる特徴」より

・わたしたちは孤立し、人や権威を恐れるようになっていた。

・わたしたちは承認を追い求めるようになり、そうしているうちに自分が何であるか分からなくなっていた。

・わたしたちは人が怒っていたり、何であれ個人的な批判を耳にしたりすると怯えてしまう。

・わたしたちはアルコホーリクになったり、アルコホーリクと結婚したり(両方の場合もある)、あるいはワーカホリックなどの他の強迫的な問題を持つ人を見つけたりして、病んだ「見捨てられ欲求」をみたそうとする。

・わたしたちは人生を犠牲者の視点から生きていて、そういう弱さによって恋愛関係や友情関係で人にひきつけられる。

・わたしたちは行きすぎた責任感を持っていて、自分のことに気をつかうより他人の心配をする方が簡単にできる。そうすることで例えば、自分の欠点をよく見ないですむ。

・わたしたちは人のいいなりにならずに自分の意見を述べると罪悪感を感じる。

・わたしたちは刺激に嗜癖するようになっていた。

・わたしたちは愛を哀れみと取り違え、自分が “哀れみ” “救える” 人を “愛する” 傾向がある。

・わたしたちは悪夢のようだった子ども時代から感情を抑え込んできて、そうするとひどく傷つくので、自分の感情を感じることや表現することが出来なくなっていた(否認)。

・わたしたちは自分のことを厳しく裁き、自己評価が非常に低い。

・わたしたちはとても依存的になっていて、見捨てられることを怖れ、見捨てられる痛みの感情を経験しないですむように、人との関係が切れないようにするためになら、どんなことでもしようとするほどだ。その痛みの感情は、わたしたちにとって情緒的に不在だった病んだ人たちと、一緒に生きてきたことから受け取ったものだった。

・わたしたちは、自ら行動する人ではなく反応する人である。

上記の特徴は、特徴であって非難ではありません。

出来事や体験によって、誰でも生じる可能性のある影響です。そのような性質があるとしても、そのことで、自分を責めないでくださいね。

こうした特徴によって、自分にも、自分の周りの人にも、苦しみを生じさせてしまう。

そのことに気付いて、支え合って回復していくために生まれたのがACA(アダルト・チルドレン・アノニマス)です。

ACAのホームページ
 

機能不全家庭と呼ぶかどうか、子どもにとってそうだっかのかどうか、たとえ、全くそうでなかったとしても、私たちは、家族、友人、学校、会社、地域…と、集団の中で生きる過程で、大なり小なり、何かしら不遇、不運な体験をし、似たような傷を負うもの。だから、私も、みんなも、どきりとする箇所があるんじゃないかなと思います。

唐突に、ACの話をしましたが・・・

今日は、日本精神保健福祉士協会主催の、トラウマ・インフォームドケア勉強会(第2回)で、ACAの方たち数名から、お話を聞かせてもらいました。

たくさんの胸に響く言葉、忘れたくない言葉があって、書き留めようとメモを始めて、結局2時間ずっと手が動きっぱなしでした。

語りに、心が揺さぶられました。

揺さぶられるのは、やっぱり私の中にも、揺さぶられる何かがあるからでしょう。

聴くことに集中しているのに、聴きながら、自分の中にある似たような心の体験を思い出しています。

相手の体験とその時の気持ち、自分の体験とその時の気持ちが、響き合うようでした。

つらい時の話なのですが、嫌な感じではなく、胸の奥の奥の方にまで温かいものが届くような感じがします。

経験を伴う、正直な心からの言葉、自分を振り返り、自分をみつめた人の言葉は、本当に力がありますね。

そして、言葉を得た人は、強いなと思います。


言葉が生まれ、言葉が育っていったのは、受け止めてくれる人(仲間)がいたからだそうです。

必要なのは、こういう場所、こういう時間なんだと、改めて思いました。

「支援」よりも。



自分の言葉を紡ぐ。

聴かれる。

聴く。

分かち合う。
後にも先にも、そこなんだな。

 

昨年末、ひょんなきっかけでインタビューをしていただく機会がありました。

大学の授業を受けた一学生、としてのインタビューです。

気恥しいですが、紹介させてください。

「横断術(社会と臨床)」対話とは何をすることなのか

 

2018年から新しいチャレンジをし始めて、3年になります。


この間、それぞれ短い間でしたが、福祉施設、病院、保育園、大学に飛び込んで、中から見える景色を見させてもらいました。

気が付いたら4回も引っ越しをして。

それぞれの場所で、協力し、導いて下さる方々に、お世話になりました。園児から高齢の人まで老若男女に、教えられ、支えられてました。

この年で、未だ腰の定まらない生き方をして、自分は間違っているんじゃないか、おかしいんじゃないかと思うこともあります。

でも、今回インタビューをしてもらって、改めて、どうして自分がここに来たのか、何のために今ここにいるのかを、再認識しました。

 

インタビューをしてくださった方に感謝感謝です。

私の受けたこの授業には、一般の方も参加しておられました。

 

興味を持ってくださったら、よかったらこちらのサイトを覗いてみてくださいね。

社会と知の統合を目指す大阪大学 COデザインセンター

 

春から始まる、⼦どもと若者のセーフガーディング実践研修事業の参加者募集のお知らせです。

「⼦どもと若者のセーフガーディング実践研修事業」

セーフガーディングは、過去に支援の現場で起きてしまった、性犯罪や搾取行動などの事件や問題を踏まえ、その反省の上に、様々な団体や専門家が検討を重ね作り上げてできた、実践者のための指針です。

今回の研修の企画運営はセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンさん、主催はJICA。

 

主に国際協⼒や海外の⼈道⽀援活動・⼦ども⽀援活動に携わる NGOなどを対象に行う7回シリーズの研修です。

平時のときに備えておくこと、仕組みの中に取り入れておくこと、万一起きてしまったときにやることなど、一次、2次、3次の予防措置が学べ、組織の中に浸透させていくための流れや手段を、具体的に身につけられる研修ではないかと思います。

オンラインと対面の併用、というのも遠隔から参加するにはいいですね。

当たり前のことだし・・・、忙しいし・・・と、言いたくなるのですが、当たり前だと思っているものの中に、宝物があるものですよね。

 

日頃、職場で、活動の中で、気になっていたことや、ちょっと気がかりだったことを解消するヒントや種が、見つかるかもしれませんよ。

 

後回しにするのは、ちょっともったいないかも。

 

ぜひご検討くださいね。
 

<研修の概要>
1. 目標︓
(1)参加者の間で、⼦どもや若者を主対象とした国際協⼒や⼈道⽀援などに乗じた虐待や搾取、危険に対しての組織的責任と、「セーフガーディング」についての理解が⾼まる。
 (2)⼦ども・若者⽀援を⾏う NGO・NPO と政府関連部署において、国際的基準に沿ったセーフガーディングの制度やしくみが各団体内に導⼊される。すでに取り組みに着⼿している団体は、それが強化される。
(3)セーフガーディング推進のための資料が作成され、将来にわたる相互研鑽に資するための情報共有や⼈材交流が⾏われる。 

2. 期間︓ 2021 年 5 ⽉〜2022 年 12 ⽉まで 計 7 回


3. 場所および実施形態︓ 東京での集合型研修およびオンライン会議⽅式の併⽤

4. ⾔語︓ ⽇本語および英語
※英語の場合は、可能な範囲で通訳・翻訳のサポートを⼊れる予定です

主 催︓ 独⽴⾏政法⼈国際協⼒機構 (JICA)
企画・運営︓ 公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン
協 ⼒︓ JANIC 子どもと若者のセーフガーディング・ワーキンググループ

以前学生さんたちと一緒に、スタディーツアーで、フィリピンのボホール島に行った時、現地の市民団体Women’s Development Center, Inc. (WDC)のイラさんに現地のコーディネートや通訳で、とってもお世話になりました。

 

そのツアーは、日本から長期に渡り巨額のODAが拠出されていたボホール灌漑事業が、現地の農民の人の暮らしや人生に与えた様々な影響を、データからだけでなく、現地に行って、自分の目で見て、農民の方々から話を聞くというスタディツアーです。

 

視察の合間には、農村や団体のオフィスでごはんをごちそうになったり、もぎたてのココナッツを自分たちで割って中のジュースを飲んだり、農地を一緒に歩きまわったり、忘れがたい貴重な体験もさせてもらいました。

 

農地の前で説明してくださる農民の方とイラさん

 

ふるまわれた手料理

こんな体験も (学生のズボンについたひっつきむし(草)をとってくれていた住民のおかあさん。。。)

 

今、そのイラさんが、いわれのない、軍人の殺人/殺人未遂の罪で訴えられ、裁判が進もうとしています。これは、国連からも「市民社会や表現の自由に対する脅威」として昨年憂慮が示された、典型的なRed-tagging(「赤=共産主義/テロリスト」のレッテル貼り)のケースに該当するということで、その犠牲になる市民を守るために、署名の協力が呼びかけられています。

 

きちんとした調査や証拠がないままに裁判が進もうとしていることに対する危惧を伝え、訴訟の取り消しを求める署名です。

 

ツアーの最後の日、みんなで輪になってまとめの話し合いをした時、イラさんが、「子どもたちの教育への支援が大切だ」とおっしゃっていたことが思い出されます。話し方もお姿もおだやかでやさしいイラさんでしたが、その内にある強さや勇気に触れ、私もパヤタスやカシグラハンで活動を続ける励みになりました。

 

関心を示すことで、これまでも守られてきた命がありました。

 

署名へ協力いただける方、どうぞよろしくお願いします。署名の詳細や呼びかけの文面は、こちらに掲載されています。

 

以下、FoE Japanの波多江さんからのメールを転載します。

 

当時の視察報告書はこちら ボホール現地視察報告書

 

 ---------------------------------------------------------------

今日は急なお願いで恐縮ですが、フィリピン・ボホール州で起きている人権侵害について、団体でも個人でも、どちらでも構いませんので、署名をご検討いただけないかと思い、ご連絡しております。 現在、ボホール州WDCのイラさんたちが不当に訴えられています。詳細は以下をご覧ください。お忙しいところと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。 波多江

 ---------------------------------------------------------------

 

【個人・団体署名のお願い / 締切:2月21日(日)】 フィリピン・ボホール州のイラさんたちへの訴訟取消しを! ~ボホール州検察局への要請書~ フィリピン・ボホール州で私たちが長年お世話になってきた現地NGO/農民団体の関係者6名が、現在、でっちあげの殺人/殺人未遂の罪で警察に訴えられ、裁判が進もうとしています。 6名の中には、Women’s Development Center, Inc. (WDC)のイラさんやボホール州農民組織(HUMABOL)のネルソンさんなどが含まれています。

 

訴訟の内容は、2020年2月にBilar町で起きたフィリピン国軍と新人民軍との交戦の中で亡くなった軍人についての殺人/殺人未遂で、6名が新人民軍として参戦していたというものです。 しかし、6名は武装組織には所属していない市民であり、そうした交戦に参加もしていません。たとえば、イラさんは、同日に自分が司会を務めるラジオのレギュラー番組のためにタグビララン市にいました。 今回の警察による6名に関する訴えは、典型的なRed-tagging(「赤=共産主義/テロリスト」のレッテル貼り)のケースです。

 

こうしたRed-taggingについては、国連の報告書(2020年6月)でも、「個人や団体に共産主義者あるいはテロリストというレッテルを貼るケース」が頻発しており、「市民社会や表現の自由に対する脅威」となっていることが指摘されています。 (参照:国連報告書 https://www.ohchr.org/Documents/Countries/PH/Philippines-HRC44-AEV.pdf

 

こうした状況下、ボホール現地の皆さんと連絡をとったところ、ボホール州検察に同刑事裁判を棄却するよう要請してもらえないかとの相談を受けました。そこで、日本の市民からボホール州検察官にイラさんたちの裁判を却下してもらえるよう要請する共同レターを以下(添付)のとおり準備しています。 共同レターに署名していただける個人・団体の方は、以下の情報を連絡先までお送りいただけますでしょうか。

 

共同レターは、2月22日(月)に発出できればと考えています。

 

●個人の場合: 御名前と所属先 or お住まい(アルファベットで)     

(例:Hozue Hatae, Yamaguchi あるいは Hozue Hatae, FoE Japan など)

●団体の場合: 団体名(アルファベットで) 

●署名の送付先/連絡先: hatae@foejapan.org  (FoE Japan波多江) 

●締切:2月21日(日) ※本件について、より詳細な情報をお求めの方は、上記連絡先までお問合せください。

 

こうした不当逮捕や超法規的処刑は、各地で続いており、この2月16日には、ボホールでまた農民リーダー一人(Lucresia Tasicさん)が超法規的処刑(EJK)の犠牲になったとのことです。

 

https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=2803155890012484&id=100009543017732 こうした政府から市民社会への弾圧に対して、国際的な監視の目があることを当局側に伝えることは一定の効果があると思います。 皆さんからボホールの皆さんへのサポートをぜひよろしくお願い致します。

呼びかけ団体:セブ・ボホールネットワーク、FoE Japan

 

(以下、共同レター本文) ------------------------------------------------------

 

H.E. Macario I. Delusa Provincial Prosecutor Bohol

 

Provincial Prosecutors Office Hall of Justice, New Capitol site, Tagbilaran City, Bohol, Philippines Tel: +63(38) 411-3150 Fax: +63(38) 500-0311 E-mail: oppbohol@doj.gov.ph February XX, 2021 Joint Letter by Japanese NGOs/individuals concerning Human Rights Violation in Bohol, the Philippines

 

Dear Mr. Prosecutor,

 

We, the undersigned, are Japanese individuals and civil society groups who have grave concerns over the serious violation of human rights in the Philippines. Today, we are writing to you since the shocking news came into us that our long-time friends in Bohol had been caught in a difficult situation with fabricated murder and attempted murder complaints since last year. A trumped-up case of murder and attempted murder complaints was filed against development and rights worker Ira Pamat (Executive Director of the Women’s Development Center, Inc. (WDC)), woman leader Raquel Autida, peasant leaders Joemar Pogio and Nelson Lumantas, and farmers Brando Compoc and Alfie Sarsale, by a police officer at the Provincial Prosecutor’s Office of Bohol on December 9, 2020 (NPS No. VII-02-INV-20L-01403 and NPS No. VI-02-INV-20L-01404 for Murder and Attempted Murder, respectively). They are accused over the death of a soldier identified as PFC Jerald Villanueva who was one of the casualties in an armed clash between government troops and alleged members of the New People’s Army on February 29, 2020 at Brgy. Cansumbol, Bilar. All of them are civilians, serving for the marginalized sectors, including the poor, peasant, women and children, and advocating for their call for social justice. And they were not involved in such murder and attempted murder as alleged by the complainant, either. We are deeply concerned that the accusation against them is grossly fabricated and a part of the Philippine government's red-tagging effort to stop them from advancing their struggle and advocacies for genuine land reform, the defense of human rights, and environmental protection. The UN report (June 2020) also described that “red-tagging - labelling individuals and groups as communists or terrorists - has been a persistent and powerful threat to civil society and freedom of expression" in the Philippines. Some of the undersigned have worked closely with Ira Pamat, Raquel Autida, Joemar Pogio and Nelson Lumantas, and with their organizations, especially in addressing the problems caused by the Bohol Irrigation Project funded by the Japan International Cooperation Agency (JICA). We believe the trumped-up case against them is meant to silence them and their organizations from asserting local community’s rights, such as land reform, efficient irrigation service, and sustainable agriculture. We therefore sincerely call on your good office to dismiss the fabricated criminal complaints against Ira Pamat, Raquel Autida, Joemar Pogio Nelson Lumantas, Brando Compoc and Alfie Sarsale. Your kind attention on our appeal will be highly appreciated, and thank you very much for your thoughtful and wise consideration and decision in advance. Respectfully, Organizational signatories: Cebu-Bohol Solidarity Network Friends of the Earth Japan Individual signatories: XXX, XXX XXX, XXX Contact: Cebu-Bohol Solidarity Network c/o Chair Person NISHII Kazuhiro Address: 19-1 Nakamichi Honkanbe, Imaise-cho, Ichinomiya City, AICHI #491-0053, JAPAN Tel & Fax: +81-586-23-5017 E-mail: nishiikaz@nifty.com With copy to: H.E. Menardo I. Guevarra Secretary, Department of Justice Direct Line No.: +63(2) 8521-8348 Telefax No.: +63(2) 8526-2618 Trunkline No.: 8523-8481 loc. 217 Email: osec@doj.gov.ph / osecmig@gmail.com HON. Arthur C. Yap Governor of Bohol Trunkline: +63(38) 411-0138 Email: artcyap@gmail.com / primerbohol19@gmail.com Mr. Jose Luis Martin C. Gascon Chairperson, Commission on Human Rights Tel: +63(2) 8928-5655, 8926-6188, 8920-9510 Fax: +63(2) 8929-0102 Email: chairgascon.chr@gmail.com Mr. Jonathan B. Tibay Special Investigator II Bohol Provincial Office - Region VII Tel: +63(38) 411-0966 Email: chr7cebucity@yahoo.com ###

 

以上

自分も、相手も、周囲にいる人も、安心して見て、聞いていられるコミュニケーション

そんなコミュニケーションが、友達、家族、恋人、同僚、上司・部下間、患者・医師間、先生・生徒間、はたまたSNS上でも、くり広げられると、いいですよね。

どうしたらそんなコミュニケーションが実現するのでしょうか。



今日、治療共同体のシンポジウムで、そんなコミュニケーションの世界を広げるための、一つのキーワードを学びました。


エモーショナル・リテラシー


エモーショナルリテラシーは、自分や他者の感情を理解し、感情を使って対話ができる、感情的知性。

「プリズン・サークル」の監督、坂上香さんは、著書の中でこう触れてらっしゃいます。

===
エモーショナルリテラシーとは「感情を、健全な方法で特定し、理解し表現する能力」と定義されている。

また、ゴールドマンはエモーショナル・リテラシーを「心の知性」と表し、私たちが抱いている感情の激しさと、その理由を理解し、同時に他者の感情をも前向きに認めることであるとしている。(中略)つまり、自己のあらゆる感情を知的に表現するだけでなく、他者のそれを尊重することをも含む。
===

無邪気だった子ども時代から、どんどん成長していくにつれ、私たちは、心のままの自分の気持ちを言うことを控えるように学習してきました。

不用意に出してしまうと、危険ですから。

SNSでは、「炎上」なんてことも起きますよね。

実際の社会では、無難に、できるだけ感情を見せないように、感じないように、感情から離れるようにする、鎧をつけまくったコミュニケーションをするわけで、私も、まあそれが安全だと思ってきました。

でも、ずっと鎧を着続けてきたために、いつの間にか、自分の気持ちも人の気持ちにもすなおに向き合いづらくなり、息苦しくなってしまっているようにも思います。

裏アカウントなるものを使って、本音を吐き出すということもあるようですが・・・はてさて、裏と表の二重の世界があるのは安心な社会なのでしょうか。

鎧の重さに耐えかねて、脱いじゃいけない人の前で脱いじゃったり、脱ぐ順番を間違えてしまったり・・・・なんてこともありそうです。

鎧を着ることを子どもの頃から徐々にいろんな場面で学習してきて、今更、脱ぐのは容易なことではないですよね。


脱いだり、つけたりができる、エモーショナルリテラシー。


エモーショナルリテラシーが高い場だと、自分も、相手も、その場にいる人も、その場にあった形で、お互いの気持ちを安全な形で出しあえます。

その結果、会話の質が深く豊かになり、心からの気付きや発見、学びが深まります。



ポツリと誰かが話す。

そのポツリに、誰かが、自分の気持ちとともに安全なひとことを返す。

安全な質問を返す。

安全なコメントを返す。

それにまた、安全なフィードバックが重なっていく。


耳障りのいいことだけ言う、真実や本音を隠して話さない、真綿でくるみすぎるほどくるむ、ということとは違います。

素朴な自分の気持ちを開示しながら、相手の感情を考えた、言葉を返し合う、ということです。


訓練がいりますね。

構造やしかけもいります。

でもこのエモーショナルリテラシー、大事だと思いません?
 

参考:

アミティ・「脱暴力」への挑戦―傷ついた自己とエモーショナル・リテラシー , 坂上 香 (編集), アミティを学ぶ会 (編集), 2002

考え方や価値観、基準や普通の感覚が変わってきて、それに合わないふるまいやしくみが目立つようになってきました。
 

積極的に変えたい人、変えたくない人、変えようとする人、変えようとされる人、その間で軋轢、反目、抵抗、対立等々が生じ、心の中でもそれに伴って様々な体験をしているなと思います。


変える側、変えられる側は、対立する関係ではあるのですが、一方で、共通するものもあって、それについて考えたいと思います。


共通しているのは、「今までと同じ」を手放す、ということです。

手放すものは、これまで慣れ親しんできた習慣、時間、愛着を感じるものや人、場所、関係性・・・いろいろです。

たとえ自分が変えることを望んでいたとしても、それまでの状況に一生懸命適応しようとしてきた自分を否定したり、決別しなくてはいけないような気持ちになるかもしれません。

そんな気持ち、私も感じています。

変わることは、何かを失うこと

 

みんな、変わることに伴う痛みやさみしさを引き受けることなんだなと思います。


その程度や受け入れ方は、人によって、だいぶ差があるでしょう。

気付かないかもしれないし、「一抹の」ぐらいかもしれないし、あるいは、自分のこれまでの人生が否定されるほど、生きる気力を失うほど、巨大な喪失感かもしれません。

あなたの身の回りで、今どんな「変化」が起きていますか?

それはささやかなことでしょうか、大きなことでしょうか。

あなたは、それを起こそうとしている人ですか、それとも気がすすまない人?

変化によって生まれたこと、新しい良いことの陰に「失うもの」はありませんか?

あなたはそれを思うとどんな気持ちになりますか?

あなたの身の回りの人で、今何かの「変化」を受け入れるために、苦労している人はいませんか?


私たちは変える内容や、なぜ変えなければならないか、どうやって具体的に変えていくのかの話は、熱心にやりますが、「変わること」そのものの影響については、あまり普段の生活の中で、人と語りあっていない気がします。

言葉にすると、「逆行だ」とか「執着だ」「古い人間だ」とか、言われてしまいそうだからでしょうか。

世間がよしとすることや、向かう方向と違っていたら、ためらいますよね。批判されるし。


でも、語ることって、「逆行」でも「反抗」でも「執着」でもない、別の機能も持っています。


なんとなく失うことで感じる寂しさを、言葉にして、じんわりと一緒に受け止めあう、そんな機能。

話しながら、一緒にさようならをするような会話。

会話のおしまいに、その先に向かうための元気が、ちょっとだけ出てくるような、そんな会話。

変える自分が受けている寂しさ

変えられる人が、感じている寂しさ

その両方を受け止めて、分断を避けながら、新しい変化を受け入れていけたらいいなと思います。

さしあたり

 

私が困っているのは、昨日の研究室の大掃除ですっきりした書棚とひきかえに生じている、捨てられる古い本たちとの別れの寂しさ。

 

ぽつぽつと口に出してみようかな。

 

 

 


 

昨夜は、犯罪被害にあわれた方を支援する方々と一緒に、野坂祐子先生のオンライン講義を受けさせてもらいました。
いつもそうですが、野坂先生の講義は大切だな、覚えておきたいなと思うことが、ぎゅっと詰まっています。

今回も、90分、ずっ~とメモするために手が動いていました。

このブログを読んでくださっている方にもお伝えしたいことが山のようにありますが、今日は覚えやすいフレーズを一つ共有します。

「正そうとするのではなく、分かろうとする」


ここから先、私の思いも混ぜながら、書きますね。

 

上の言葉は、「困った人は、困っている人」にも通じますね。

 

こういう時、ないでしょうか。

「何度も助言しているのにきかない」
「何度でも繰り返す」
「余計反抗的になる」
「言えば言うほど自分から離れていくようだ」等

繰り返されると、そういう人(子)だからしょうがないって、割り切りたくなっちゃいます。

そこで考えるのを止めて、先に進むための割り切り。

支援者の学習行為かもしれませんが、でも、それでいいのかなって思う時もありますよね。


結論づける前に、ちょっと待って、目線を変えてみます。


一見、受け入れにくい問題行動や、厄介なふるまいは、氷山の一角。

その背後には、いろんな背景やいろんな気持ちがあって、その行為は、本人も気が付いていない「SOS」かもしれません。

目に見える行動だけに対処をしようとしても、氷山の下のことを見落としていたら、その対処法はうまく機能しない。

だから、まず、何が起きているのか想像をしてみます。


それが、「正そうとするのではなく、分かろうとする」です。

「分かろうとする」中には、自分を分かろうとすることも含まれています。

支援するとき、よく使われる言葉に、「寄り添う」があります。
 

寄り添いたい、寄り添おう、そういう気持ちって、受容・共感の気持ちや、優しい気持ち、相手を愛する気持ちなどの、尊い気持ちが源泉であることがほとんどで、人として大切な感情だと思います。

ただ、寄り添いたい気持ちの中には、「自分の側の都合」が隠れている場合があります。

「寄り添う」は一見すべていいことのように思われがちだと思うのですが、中には、自分(支援者)の側の過剰な、または自己都合の、「やってあげたい気持ち」や、「正してあげたい気持ち」を無意識に優先させてしまうこと、ないでしょうか。

自分が分かってないと、目の前の人を「分かろうとする」がうまくできません。


本来出したい支援の効果から、遠のいてしまいます。

自分も人も「分かろうとする」とき、重要になってくるのが、トラウマやストレスについての影響を知っていることです。

自分もまたストレスやトラウマの影響を受けている当人なのだという意識を持ちながら、自分が知ったこと、気付いたことを、本人にも安全安心できる状況や言葉で伝え、一緒にできることを考えてみる-これが含まれた「寄り添い」をできるようになりたいなと思います。

「この人(子)は、正しい行動を知らない。身につけていない。だから自分が正しい行動を教えてあげなくちゃ!」

もう、最初っからそんな風に思わなくていいのです。

もし、自動的に、脅迫的に、相手を正してあげなくちゃって思っているとしたら、なぜ自分がそう思うのか、それについて考えてみることが必要かもしれません。もしかしたら、自分や、自分の周りの別のことが関係していると、見えてくるかも。

この寄り添いは、相手のため?私のため?

この視点は、だれかを支援する時、育てる時、教える時、思い出すと役立つと思います。
 

もっと知りたいなと思われる方、そうしたふるまいが自然にとれるようになりたいなと思われる方、一緒に知って、一緒に、ちょっとづつ取り入れていきましょうね。