西日本新聞「ライフスキル考」3月掲載分です。

<ケンとの出会い㊦〉二重三重の見えない鎖
 
多くの子どもたちが参加したチャリティー
マラソン大会の様子を、子守をしながら
うらやましそうに見ていたケン(仮名)。
そのきゃしゃな体には、幼い弟がしっかりと
抱きついていました。
 
次に見かけたのは約2週間後の
暑い暑い日曜日。
 
路上でお父さんが引くリヤカーを
後ろから押し、付近の家々から廃品を
集める仕事を手伝っていました。
ケンは私に気付くと笑って手を振ってくれました。
 
住んでいる家が分かり、何度か
家庭訪問をするようになって
ケンやきょうだいとは一緒に遊んだり
話したりと、徐々に打ち解ける
ようになりました。
 
でも、お父さんだけは、どこか警戒
しているような感じでした。
 
ある日家に行くと、お父さんの友達がいました。
愛想はいいけど、やはりよそよそしい。
知り合いの女性がドキッとすることを
教えてくれました。
 
「あの家は気を付けたほうがいい。
〝クスリ〟をやってるっていう
うわさがあるのよ」。
 
クスリとは麻薬のこと。
真偽は分からないものの、
ケンたちのために何かできることは
ないかと知人に相談したところ、定職のない
お父さんに作業現場の下働きの仕事を
紹介してくれました。
でも、仕事をする日、お父さんは
現れませんでした。
 
しばらくしてケンたち家族は消えてしまいました。
 
近所の人に聞いてもどこに行ったのか
分かりません。
私たちの図書館の存在を知らず、本も
見たことがないと言っていたケン。
次に会ったときには、きょうだいも一緒に
図書館に誘おうと思った矢先のことでした。
ハイビスカスが咲く図書館のアーチ門を、
子どもたちはどんな表情でくぐるのだろうと、
わくわくしていた気持ちは
大きな不安に変わりました。
 
ケンの家族がいなくなったのは、フィリピンで
麻薬犯罪の撲滅に向けた取り締まりが
強化された時期と重なります。
人権団体の当時の報告では、麻薬絡みの
殺人被害者は約5千人。その大半は
売人グループによる口止め殺人で、
行方不明者も多数出ていました。
お父さんにも身の危険が及んでいた
のかもしれません。
 
ただ、それは大人の事情。
 
貧しく治療ができずに亡くなったお母さん、
お父さんの薬物依存、
はびこる暴力。
貧困にまとわりつく二重三重の不幸の鎖に、
ケンのような子どもたちが絡まれ、
のみ込まれていくさまが
脳裏に浮かびました。
鎖を断ち切るはさみになりたい。
そう強く思いました。
(NPO法人「ソルト・パヤタス」理事)
 
西日本新聞、ライフスキル考2月掲載分です。
 
 
〈ケンとの出会い㊤〉かわいそうな子じゃない
 
多くの方々の寄付で、2016年、
フィリピンに誕生した子ども図書館。
楽しそうに踊り、本を読み、絵を描く
子どもたちの笑顔を見ると、幸せな
気持ちになります。
 
ただ、地元の子どもが全てここに
集まってくるわけではありません。
図書館があることを知らない子、
知っていても扉を開けて入って
くることのできない子。
そこにいない子どもたちは、
確実に存在しています。
 
そう意識を向けさせてくれたのは、
1人の男の子でした。
 
名前はケン(仮称)。
 
初めて会ったのは、図書館のある
地域で開かれたチャリティー
マラソンのイベント会場でした。
 
スタート位置のすぐ脇で、
合図を待ってわくわくしている
子どもたちを、子守をしながら
じっと見ていたはだしの男の子。
 
 
 
声を掛けると、まだ声変わりも
していない女の子のような声が
印象的でした。
 
きっとお金がなくて運動靴が
買えないのだろうと思い
 
「今度参加してみない? 
靴は用意するから」
 
と言うと、彼は首を横に振って
小さな声で答えました。
 
「いいんだ。お父さんに
買ってもらうから」
 
その言葉に思わずはっとしました。
 
「僕はかわいそうな子じゃないよ」
心の中で
彼がそう言っているような
気がしました。
 
ケンと、ケンが大好きなお父さんの
プライドを傷つけ
彼のことをまだ何も知らないのに
靴を買ってやろうと言った
自分の傲慢さを見抜かれたような
気がして恥ずかしくなりました。
 
話を聞いてみると、ケンは小学5年生で
弟3人と妹1人がいる長男。
前の年にお母さんが病気で亡くなり、
今はお父さんが一人で仕事と
子育てをしているけれど、お父さんも
体を壊しがちということでした。
 
こちらを真っすぐに見つめ、
柔らかな声で時折笑顔を見せながら
語ってくれるケン。
 
素直に一生懸命答えようとする姿を
見ていると「かわいそう」という言葉は
あてはまらない気がしました。
目の前にいる子は、過酷な生活を
強いられている特別な子ではなく、
お父さんが大好きな朗らかな
普通の男の子でした。
 
その日は、手帳に名前だけを
書いてもらって別れました。
 
ケンのような子がくじけず、希望を持って
幸せになっていくため、周りの大人たちに
何ができるのだろう。
 
何も奪わず、何も与えず
友達になれるだろうか。
 
またケンに会いたい。
 
図書館の中で待っているだけじゃ
いけないと思いました。(続く)
 
千葉県野田市小学4年の栗原心愛さんが
父親の虐待で亡くなった事件。
 
彼女に何が起き、周りの大人たちが
何をしていたのか、
あるいは、していなかったのか
次々と明らかになっています。
 
ニュースを見るたび、きっと全国の人が
苦しい思いをしていると思います。
 
「またか」と。
 
そして、それは「怒り」の感情となって
関係した柏児童相談所や
野田市の教育委員会に向けられ
児相や市教委には行政指導が入るだけでなく
世間からの激しい批判にも晒されています。

世の人の厳しい目、不信の目は
全国の児童相談所にも向けられつつあります。
 
今、働く人たちは、どんな気持ちで
毎日の報道を見ているんでしょう。
 
子どもたちが置かれた厳しい現実に
毎日毎日接し、痛みを受け止め
時には、自分たちも傷つき
心も体も疲弊する相談所の人たちが
どうかこれ以上、傷めつけられませんようにと
祈るばかりです。
 
今心から望むことは
虐待を生んだ背景について
司法・福祉・教育の面から丁寧に解明することと
冷静な報道です。
 
世間の批判をかわすためだけの謝罪や
高い地位にいる人たちによる現場への締め付けや
児相や市教委に対して向けられる
怒りと憎悪に満ちた社会的リンチでは
ありません。
 
職場では、怒るところを見たことがないと
言われる程、おだやかだった父親。
何がきっかけで、彼の暴力が始まり、何が、
そこまでエスカレートさせてしまったのか
彼の過去に、彼の今に、何があったのか
暴力を止められたかもしれないポイントは、
要素は、全く、ぜんぜんなかったのか
彼にも、何らかの医学的、福祉的支援が、
必要ではなかったのか
母親はどんな気持ちだったのか、
何が彼女を無力に、虐待の協力者に、
してしまったのか
母親にも、何らかの医学的、福祉的支援が、
必要ではなかったのか
 
虐待する大人を生んでしまう背景を
しっかり目をあけて見、
足元から変えていこうとする
私たち大人全員の決意が、
求められているように思います。
 
さて、市の教育委員会の対応について
これは想像だけで、間違った意見かも
しれませんが・・・書きます。
 
普通だったら、子どものアンケートを
虐待の加害者である父親に
見せるはずがありません。
見せたら何が起こるのか、想像できない
はずがありません。
大学を卒業し、教育に携わり、
役所で責任ある立場にいる人に
その判断力がないはずがありません。
教育に対する強い思いもあった方だと
思います。
ではなぜ、渡してしまったのか。
 
人を含むほとんどの動物は、
危険、恐怖、怒り、不安など、
極度のストレスに晒されたとき、
大体4つの反応をすると言われます。
 
闘う、逃げる、固まる、もてなす(味方のふりをする)
 
どれも、自分や自分の愛するものを守るため
反射的に行う行動です。
それらの反応は、理性をつかさどる
大脳の前頭前野が働く前に出てしまう
反応です。
 
アンケートを見せた市教委の人は、
父親の威圧的な態度に恐怖を感じて渡してしまった
と言っています。
「身に危険を感じて、つい」
やってしまった反応。
それは、固まる-思考停止だったのかもしれません。
 
判断を誤ったその背景には、人間が
本来危険を回避するために備わった
ストレス反応と、見れないでしょうか。
 
もしそうだったとすれば、有効な対策は、
厳罰や制裁ではありません。
 
たとえ危険や脅威を感じる場面でも、
不安を抑え、理性を保ち、
その場面でふさわしい、
子どもを守る行動ができるようになるための
訓練であり、現場職員への心理的支援
だろうと思います。
 
一つの仮説ですが。
 
最後に・・・
 
児童相談所で働く知人が、先日、こんな声をあげていました。
 
ご本人の了解を得て、転載します。
毎日丁寧に、子どもや親に向き合っている人です。
現場の人の、今の心からの叫びを
受け止めたいと思います。
 
***
相次ぐ児童虐待を受け、わが児童相談の現場でも、支援強化でなく管理強化が進みそうだ。
虐待リスクのある親御さんを要注意人物として監視を強めるという流れは、分かりやすいが、当事者を支援から遠ざける危険をもつと同時に、支援者を監視者にしてしまう。
児童福祉の専門性とは逆行する。管理はしやすいのだろうが。
虐待の加害者に接近するには、柔剛自在のアプローチが必要だと感じる。虐待には厳しく対峙すると同時に対話と支援のチャンスも探し続けたい。そのことが子どもたちへの支援につながる。
また、児童虐待の背景には、貧困と貧困と関連する社会的孤立がある。外に出るにもバス代や電車代が必要だ。政治家や役所のエリートはお金に困っていないから分からないだろうが、収入や仕事が安定しないのは、相当なストレスだろう。ストレスは弱いものに向かう。現場にいると、児童相談所に人件費をかけるより、ひとり親の所得や雇用の保障の方が、効果的な虐待対策ではないかと感じる。
また、児童虐待で批判すべき相手は、児童相談所だけでなく、非正規雇用を増やし格差と貧困を拡大させ社会的に孤立する人たちを増やした者たちではないだろうか。
児童虐待とは孤立の病理だ。こうした者たちが虐待防止のスローガンを叫ぶことに怒りを感じる。
自己満足的なスローガンではなく、現場で対応する貧困や児童虐待の現状に目を向ける人が一人でも増えることを望む。
地域でもどこでもいいが、子どもたちの厳しい現実を見ることが、第一歩ではなかろうか。
***
 
心愛さん、天国で、どうか安らかに。
昨年2月から、西日本新聞の教育欄に
月1回「ライフスキル考」というタイトルで
コラムを書かせてもらっています。
 
生きる力って何?
 
という問いに対し、答えを探しながら
フィリピンの現場であれこれやったり、遭遇したり
してきたことを書いています。
 
1月は、「ノリノリで乗り越える」
 
この記事で一番伝わるといいなと思ったのは
お母さんたちの笑顔。
 
文章よりも、こっちの方がいいです。
 
なんて言いつつ・・・
やっぱり文章もお読みいただけたら、嬉しいです。
 
 
ライフスキル考/《習慣化》ノリノリで乗り越える
 
 ある土曜日の朝8時半、フィリピン・リサール州にある子ども図書館から、ノリノリのダンスミュージックが流れてきました。玄関から数メートル先の外にいても漏れ聞こえてくる音楽。門をくぐる私も体が自然に揺れステップを踏んで出勤です。
 
 この日は、ズンバダンスの日。地域から集まった約15人のお母さんに、たまたま福岡から来ていたお客さんも混じって、一緒に踊りました。インストラクターのジュンジュンさんのガイドに合わせ、笑って踊って気分は爽快。ストレスなんて、あっちいっちゃえ~です。
 
 実はこのダンス、お母さんたちを対象にしたライフスキル・ワークショップの導入での取り組み。おやつを食べ、みんなで一服したところでスタッフが語り始めたテーマは①子どもたちの発達に影響を与えるストレスと対応―心の持ち方、会話、声掛け②砂糖の取りすぎを防ぐには―の二つでした。
 
 ビデオを見て、語り合い、一緒にごはんを食べて約3時間。お母さんたちは、生きる知恵を仕入れて帰っていきました。
 
 ワークショップを受ける前と1カ月後、私たちは参加者の声を聴きます。「ワークショップの時間帯が家を離れにくい時間と重なる」「教材ビデオ(英語)のタガログ語の字幕が早すぎてついていけない」。そういった課題が挙がる一方で「次はいつするのか」「今度のテーマは何?」「ズンバは毎週したい」といった要望も少なくありません。甘いコーヒーを飲む回数を減らしたという効果や、友達のお母さんを誘って参加してくれる例もありました。
 
 学んで「知っている」と実際に「やる」の間にある壁は、長い間の習慣もあってとても厚く感じます。壁を薄くしていくヒントは、お母さんたちの「やりたい」という前向きな気持ちです。
 
 プログラムが始まって2年。先月、現地からまた、ノリノリに踊る女性たちの画像が届きました。彼女たちの声にしっかりと耳を傾け、小さな変化を追いながら、いつの間にか子どもたちを守る知恵が地域に広がっていけばいいなと思います。そのために楽しく心地よく、を忘れないようにしたいです。
 
(NPO法人「ソルト・パヤタス」理事)=第2日曜日掲載
 
※ちなみに、このノリノリのタイトルは
新聞社の編集の方が、考えて下さいました。
 
締め切りギリギリに送って、タイトルまで考えてもらう
という、だめだめぶり。
応えて下さる忍耐強い担当の方に、深謝。
 
 
昨年8月カリフォルニアで一緒に研修を受けた友人が、SNSでアップして、教えてくれました。
 
1/21(月)、カリフォルニア州知事が、二人の素晴らしい人を州の要職につけた、というニュースです。
一人は、43歳の小児科医、Nadine Burke Harrisさん。
もう一人は、54歳で子どものための政策提言活動を続けてきたKris Perryさん。
 
Nadine Burke Harrisさん
 
20年前、二人の医師と研究者が約17000名を対象とした調査を行いました。ACE研究(Adverse Childhood Experiences Study)と呼ばれるその研究は、幼児期の不幸な体験や環境が、その後、学習、行動、そして心身の病を抱える確率に影響し、人生の質に大きな悪影響を及ぼしている、と報告していました。
 
Nadine Burke Harrisさんは、その研究を知って、医療活動を続けながらNPOを立ち上げ、早期介入や予防を、医師や政治家、世間一般の人たちに訴えてきた人です。
 
 
Kris Perryさん
 
この方は、虐待調査や家族支援の現場で長年働き、「First 5」というNPOを通して、幼児・児童期の養育、家族支援の重要性を世間に訴えてきた人です。
 
 
今回の発表は、カリフォルニア州が、これから乳幼児や児童期の子どもの医療や教育、養育環境の整備、環境が整えにくい家族への支援に、州の予算を積極的に投入するという決意の現れでしょう。
 
そうすることで、将来の医療、福祉、犯罪防止や保護更生らの、州の負担を削減することにもなるという、計算があってのことだと思います。
 
こうした流れは、世界に、日本に、広がってほしい。
 
国家単位では、平和や、信じられるものがどんどん失われていくような、不安になるニュースばかり。
嬉しいニュースは、地方からが多い、この頃です。
 
州、県、市、町や村、自分がいる地域、職場、学校・・・・
そして、わたし。
 
草の根で広がっていく変化を信じ、作っていきたいですね。
 
12/22-23、今年最後のスクーリングは
「精神保健福祉援助演習」です。
 
休み時間もそろそろ終わり・・・というタイミングで
先生が、ホワイトボードにこんな絵を描きながら
話をして下さいました。
 
 
これだけだと、なんの絵だか
分からないかもしれませんね ほっこり
 
長く、ゆるやかに上り坂になっている
線の上に、一つの点
 
線は、長い長い時の流れを表し
点は、「今この時」を表しています。
 
点からは、線がどうなっているか
見えません。
 
でも、離れたところから見ると
その先では、線が点のあった位置より
上がっているのが分かります。
 
わたしたちは日々の取り組みの中で
やれどもやれども、何も状況が
変化していないように思えて
無力感を感じてしまうことがあります。
 
でも、そんなことは決してないのだよ、と
その絵を描きながら
先生が力説されました。
 
自分たちがいる今だけを見ると
確かに変化が見えないかもしれない。

でも、目を離して、大きな時の流れで
見てみると
無駄ではないと分かる。
 
上向きの線は、人々の小さな取り組み
一つ一つの連なりなんだ、と。
 
ヘレン・ケラー。
彼女を導いた、サリバン先生。
この二人のことは、よく知られてます。
でも、サリバン先生の、先生や家族、
周囲の人たちのことは
あまり知られていません。
 
サリバン先生が、ヘレン・ケラーに
あのように接することができた背景には
その前に、サリバン先生に影響を与えた
誰かの想いや働きかけがあったはず。
 
きっとその人たちは
後々ヘレン・ケラーという偉人が登場し
世界中の人の心を動かし
障害者に対する認識、人権、法律を変えるほど
影響を与えていくことになるとは
意図も想像もしていなかったでしょう。
 
何人もの人の、幾重にもわたる
ささやかな働きかけ
 
すぐには目に見えなくても
それが生きる時が来る。
 
今は、分からないけれど
ひょっとしたら、今日かけてみた
愛のあることばや行動が
誰かの10年先、あるいは
その次の世代で
変化の「きっかけ」になっていた
なんてことがあるかもしれません。
 
その点は、
今日の私たちのひとこと
ひとつの対応
かもしれません。
 
先生からそんな話を聞いて
元気をもらった1日でした。
 
昨日と一昨日は、大阪の豊中で開催された
「コトレモ」の講習会で、アシスタントをさせてもらいました。
 
「コトレモ」は、ストレスと体の基礎知識と6つのスキルを
組み合わせた、いつでも、どこでも、誰でも使える
レジリエンストレーニング「コミュニティー・トレモ」の略です。
 
いつもはカリフォルニアにいる信子さんから
生でトレーニングが受けられる貴重な機会。
 
精神科医、心理カウンセラー、福祉や教育職の方18名
関西だけでなく、中部や関東から参加されている人も
いらっしゃいました。
 
やる度に新しい気づきがあり、受ける側も、やる側も
癒されるコトレモ。
 
早速、児童相談所で働く方々の研修で
という話が出ていました。
 
使える人、助かる人が
増えていくといいなと思います。
 
75年も続き、今もなお、4代目の研究責任者が受け継いで、
継続されている、「よき人生とは」の研究
 
研究の過程で、研究者たちが繰り返し、何度も発見してきたことを
4代目の研究責任者、精神科医のRobert Waldinger先生が伝えています。
 
それによると、恋人がいるとか、結婚してるとか、
兄弟姉妹や友達がたくさんいるとかいないとかより、
身近な人との「関係の質」が大切だとか。
 
たった今から、発する言葉ひとつひとつに
思いやりをプラスするように
とげや毒を、言葉に含めないように
してみようかな。
 
うまくできない時も、
もちろんあるでしょうけど
 
練習練習。
ちいさなことから、やっていきましょう。
 
出会えてよかったと
心から感謝したくなる本に
また出会うことができました。
 
赤ずきんちゃんとオオカミの物語仕立てで
トラウマのことや、どうしたら楽になれるのかを
だれもが分かる言葉で、
教えてくれている本です。
 
 
オオカミの心の動きが書かれている箇所は
目が潤みます。
 
自然災害に遭遇した人たちのこと
それを支援する人たちのことについても
書かれています。
 
状況は違うのですが、私はそこで
自分が過去感じていた
わけがわからず重苦しかった感覚に
言葉をもらった気がしました。
 
例えば、山火事にあった村の人たちを
助けているときの赤ずきんちゃんの気持ち
こんな風に表現されています。
 
「こちらとあちらは地続きなのに、別世界のような感覚です。
 
…その境界を越えて行ったり来たりする自分は、どこの世界に
属しているのかわからなくなり、周囲のすべてから
切り離されているかのような、心もとない感じに襲われるのです。
 
…避難所に向かうときは緊張感から自分を保っているのですが、
1日の支援を終えて家に帰るとき、気付くとなぜか
頬に涙が伝っていることがありました。」
 
これはまるで、パヤタスと家を
往復していた当時の自分の感覚。
 
うまく言葉にできず、ただ感じていただけの感覚。
人に伝えることができず、また
それを人に伝えた方がいいという自覚もなく
閉じ込めていた思いです。
 
誰にとっても
あぁ、そうそう
あれはそういうことだったのか
というのが見つかる本ではないかなと
思います。
 
理解して、支えたい人がいる人
自分も気づかなかった自分の心のことを知りたい人
トラウマ・インフォームド・ケアを学びたい人に
とってもいい本だと思います。
105 Year Old Lady Shares The Secret To Happiness
 

 

105歳のジェシーさん。
周りの人たちに愛され、いつまでも魅力を失わない方ですね。
 
彼女や彼女をそば見てきた娘さんの言葉の中で
印象に残ったのが
Peace of mind と Fearless
「心の平和」と「恐れないこと」です。
 
よく聞くことだし、多分3年前の私だったら、
理由も考えず、聞き流していたかもしれませんが
今はこの二つ、とても納得します。
 
子ども時代の逆境体験(ACEs)の影響や
コミュニティー・レジリエンシー・モデルを知って
心と身体のつながりを、自分の体験や観察を通して
実感するようになったからだと思います。

●心の平和 おだやかな心でいること
 
それ自体、とっても心地よいことですよね。
そして、そういう心の状態でいるときは
自分の力を、発揮できるとき
自分にとって、望ましい判断ができるとき
でもあります。

●恐れないこと
 
攻撃を受けたり、緊張したり、強いストレスを
受けた時は難しいことかもしれません。
でも、これをコントロールしてできるようになると
いい成果を生み出しやすい「おだやかな心」を
自分で取り戻せるようになります。
 
恐れや不安が、その人にとってどれだけ深刻かで
場合によっては精神科の医師やセラピストの助けが
必要なこともあるのですが、
 
日常の生活の中でよく遭遇しがちなこととして
友達から、仕事関係者から、家族から
冷たくされた
無視された
きつい言葉や態度で怒りをぶつけられた
脅された
大声を出された、どなられた
誰も分かってくれない、
誰もかばってくれない
あるいは何かがひきがねとなって
昔の嫌なことを思い出してしまった
胸がざわつく
集中できなくなった・・
 
そんな風に感じるときが
恐れや、強い不安を感じるときですよね。
 
多くは人が原因しています。
 
私の場合、一時ではありますが、恐怖感や不安で
胸がいっぱいになるような、
呼吸が止まるような気がして
そういう時は大体思考停止になっています。
 
とにかく、一刻も早くこの場を去りたい
でも、なぜかうまく対応できない。
話せない。動けない。
 
血の気がすーっと頭から引いて、
目の前が暗くなっていくような
もう何もかもがダメなような
悪い方向に行ってしまうような
そして、そんなときは、
指の先まで冷たくしびれていくような
感覚をおぼえます。
 
恐れと怒りは、私の場合ときどきリンクするようで
なぜかおびえているのに、かっかして、
後で「しまった~」と思うようなことを
その場で口走っていたりすることがあります。
弱い犬が、きゃんきゃん吠えている状態
に近いかもしれません(笑)
相手に仕返したい、ぎゃふんと言わせたい
という気持ちが、理性より先に来てしまうんですね。
 
うまくいっていない時の自分の心と身体の状態に気付いて、
言葉にできるようになったのは
身体のメカニズムについての知識を、実感を伴いつつ
理解するようになったからだと思います。
 
今は、恐れを手放すということが、
健康と、よい結果を得ることにとても役立つと
実感しています。
 
でも、正直に言うと、
恐れないということは、なかなかできません。
恐れることは避けられなくて
その恐れ、「今、自分が恐れている」ということに気付いて
それを意識で小さくするように努めるということならできる
という感じでしょうか。
 
少なくとも「今ここ」は大丈夫。
天変地異は起こっておらず
自分は呼吸し、地に足をつけて立っている。
生きている。
大丈夫。
 
想念でいっぱいになった頭と身体に
今ここ、現実の感覚を取り戻させます。
 
次にすることが、
自分に心地いい感覚、安心できる感覚をくれるものを
思い描くことです。
 
例えば・・・
 
家に帰ったら、あったかいおふろにつかれる
好きな音楽でも聴きながら、ソファに座って、繕いものでもしようかな
くろえ(猫)のやわらかい毛とゴロゴロで癒されよう
 
と、いうように。
 
人によって、心地いい感覚を思い出させてくれるものは違います。
お子さんの寝顔かもしれないし
彼女、彼氏の笑顔かもしれないし
子ども時代から大事にしてるぬいぐるみかもしれないし
勇気をくれるような偉人の言葉かもしれません。
 
ある男性は、
布団に横たわるときの瞬間、とおっしゃってました。
 
分かる感じがしますね。
 
人でも動物でもモノでも、そして過去の思い出でも
なんでもいいのです。
 
それは、自分がいい状態のときの身体の感覚を
取り戻すことになります。
ちょっと落ち着いてきます。
 
恐れや怒りのピークを抜け出したかな
という感じがしたら
「よくやった」と、自分で褒めてやります。
 
そんなことを繰り返しています。
 
ジェシーさんは、神様について言及しています。
彼女の幸福感を生み出すものの中に、
どんな時でも、孤独な時でも
寄り添ってくださる、神様に対する畏敬や感謝の気持ちが
含まれているのでしょうね。
 
実は、上で触れたことの中に
コミュニティー・レジリエンシー・モデルの
二つのスキルが含まれています。
 
こういうのは、いつか誰かから聞いたことがあるとか
経験から自然にやっていたりしていることかもしれません。
「そんなこと、前から知っていたよ。もうやっているよ」
という方も多いでしょう。
 
でももしその知恵を知らずに、困っている人がそばにいたら
どうやって伝えますか?
 
幼い子どもさん
感情のコントロールに悩む青少年…
 
伝えてあげられると助かるかもしれません。
いつでもだれでもどこでも
文字の読み書きができなくても
言葉や文化が違っても
 
おだやかさを取り戻し
恐れを小さくすることができ
 
それが、運動して筋肉をつけるのと同じように
訓練でできるようになる、と。
 
詳しいことはこちらで学べます。
 

コミュニティー・トレモ講習会