20240529



去年の今頃、

ずっと行けなかった場所へ行ってみると決めて行った。

亡くなった家族の発見場所に行って花を手向けた。



涙が止まらなかった。

謝罪なのか、安心なのか、

恐怖なのか、自分の眼から涙がとめどなく溢れ続けた。


なかなかこれなくてごめん。

遅くなってごめん。



月日は20年経ったと思う。



受け入れたくなくて

受け入れ方も分からなかった。


記憶も曖昧で、精神がどんどん壊れた。


自死遺族は

時間が止まるんだと思う。



過去に戻り、何か出来た事があるんじゃないか?

私は前へと進んでいいのか?




自分の気持ちに追いつかないまま

時間は平等に流れていく。




そうして20年が経った。


月日に合わせて私にも家族が出来て

産んだ子供達は成人に。





時間が進み出し自分も変化が著しい。




たまに襲われる空虚感は少なくなってきたけど、

私の一部を受け入れて共存していく。


読んでくださってありがとうございます。







20240525



体調不良から思考も感情も陰に傾きだし、

さらに決断しないと行けない事が起きて呼吸が入りずらくなる。

 


カサンドラの肩書き。


自死遺族の肩書き。


愛着障害の肩書き。





気分が嬉しくなるような事、

心の解放もしてきていたはずなのに、


自分の感情の癖がマイナスに傾く出来事が重なって感情が制御できない。



自分の感情は麻痺させたり、

騙し騙しでいつも蓋をしてきたけど

今は蓋をしたくない。



そんな事はしたくないと心が望んでいる。




望んだ途端に

自分の身体から吐き出す作業を頭が選択しだし、

全てを出して爆発しそうな感情や思いがある。



自分の殻を破りたい



自分の気持ちを守りたい



自分を責めたい



自分は傷つきたくない



自分の欲求が交差して頭がずっとざわついている。


その時は極端に視野が狭くなっている。




ずっと感情も行動も抑圧されてきた人生だから

何かを選んで間違えたらそれが人生にマイナスになり致命的になってしまう。



選択して何かを決めるという事が嫌い。


嫌いなのは


何を選べばいいのか分からない。


間違いはできない。




間違いを冒すことなく完璧にこなさないといけない。


勝手に作り上げられた自分の観念がやっぱり顔を出して来ていた。



今日はそんなふうな心の私だ。

それさえも認めてあげよう。


私が私を認めて寄り添う。









20240523

 

心は正直だ。

 

 

なのに、自分の心に蓋をして毎日を過ごす。

 

 

 

 

なんて愚かなんだろう。

 

こころの悲鳴はだんだんと大きくなる。

 

 

ずっとずっとその気持ちを自分に分かって欲しくて、

どうにかして認めて欲しいとどんどん何かの形で伝えてきている。

 

 

寄り添わないと心にでて

身体に症状がでて、

さらに自分を弱いものとして扱う。

 

なんて悲しいことなんだろう。

 

 

人間は自然の一部で、

太陽を浴び自然を感じ、笑って人として話して五感をしっかり感じて

自分が何を思いどうしたいか。

常に寄り添うとちゃんと示してくれる。

 

 

弱さなんかじゃない。

 

ただただ不感に自分のこころをしてきた事実

 

 

丁寧に自分を見て。

今日の自分のこうしたい♡

 

が見えてくる。

 

時間がない。とか、

余裕がない。とか私を大事にすること以外の理由を探さない。

 

 

あなたがあなたの気持ちによりそう事より大事なことなんてない。

 

あなたが幸せでいることが

 

周りを幸せにできる♡