こんばんは 「ようよう坂町」
早いもので今日から8月です。昭和25年8月1日坂村
から坂町になり、満60年の日です。午前10時から坂町
民センターで記念式典がありました。
宣言をされました。
ング日本一のまちを目指して」、産学官連携で月イチ
ウオーキングを実施するとともに、ウオーキングマップ
の作成などウォーキングのまちをPRしてきた成果でし
ょうか。うれしい「ウォーキングのまち」宣言です。
式典終了後、宣言碑の除幕式がありました。
町長さん、体協会長さん等による除幕です。
「悠々健康ウォーキングのまち」宣言碑には
わたくしたち坂町民は、ウオーキングを通じて健康で
たくましい「こころ」と「からだ」をつくり、悠々とした心豊
かな生活を目指し、親から子へ、子から孫へと伝統ある
わが町を受け継いでいくため、町制60周年を記念して
ここに『悠々健康ウォーキングのまち』を宣言します。
平成22年8月1日 坂町
これで「ウォーキングの日本一のまちを目指して」という
ことが実現に向けて大きく進んでいきそうです。
式典の会場である町民センター入口で受け付けです。
500名収容の大ホールは招待者で一杯です。
記念式典次第に基づいて午前10時開式です。
町長さんのご挨拶です。「先輩諸氏、関係各位、住民の
皆さんのご指導ご協力のおかげで、今日60周年を迎え
ることができ、感謝します。今までいろいろなまちづくりを
行ってきましたが、これからも親から子へ、子から孫へ
と住みよいまちを目指したい」との力強いご挨拶です。
次いで町議会議長さんのご挨拶です。
次に永年町行政推進に貢献された町議会議員、消防
ご来賓の衆議院議員、参議院議員、県議会議員さん
広島県からは副知事さんのご祝辞です。
この後町長さんが「悠々健康ウオーキングのまち」
宣言をされました。
わか妻の所属するコーラスグループ「コール・マーレ」
も練習を重ねての披露です。
また新しい「坂町音頭」も制定され、歌と踊りの披露が
ありました。踊りは坂民踊の皆さんです。
踊りやすい踊りのようなので、地区の盆踊りや21日に
開催する「潮の香まつり」でも皆さんと踊る予定です。
閉式のことばは教育長さんです。
式典に先立ちオープニングでは「坂雅生会」の雅楽演
奏、式典中は祝い舞の川本町の「えびす舞」、式典終
了後のアトラクションでは広島県警察音楽隊の演奏が
ありましたが、その紹介は後日させていただきます。
今年5月3日広島市の「ひろしまフラワーフェスティバ
ル」に参加した「曳船」が最高のパフォーマンス賞をい
ただきましたが、賞状とトロフィーも展示してあります。
60年の歩みの写真です。中国電力の発電所が健在
なりし頃の風景です。この辺りが現在の役場です。
海は海田湾で、今では埋め立てられ、東部流通団地や
フジグラン安芸となっています。
上条トンネル開通記念風景です。
町制施行と同時に完成した旧役場庁舎です。
現在は野菜朝市が行われる公園となっています。
横浜地区の風景ですが、現在ど真ん中に無料化社
わが母校横浜小学校増築記念の相撲大会です。
広島までの国鉄バスの乗り入れです。現在は廃止さ
れ、その代替として町営の循環バスが走っています。
電化される前の呉線の蒸気機関車です。私は中学校
からこの列車を利用し、通学していましたが、今時の
暑い時期、窓から入ってくるばい煙には随分苦しめら
れたのを思い出します。
世界最年少13才で、メキシコオリンピックの水泳に
出場の竹本さんです。わが町では2人目です。
この後ミュンヘンオリンピックにも出場されました。
現在ではマスターの選手やコーチとしてご活躍中です。
今年26回目を迎えた「ようようまつり」は昭和59年か
懐かしい写真をぜひご覧ください。現在の発展ぶり、変
遷がよくわかります。60年といえば還暦です。長い年月
の中で、戦後の復興時代から高度成長、石油ショック
から低成長、そしてマイナス成長と厳しい時代となって
います。人口は昭和45年をピークに減り続けていまし
たが、最近では平成ヶ浜地区を中心に人口増が続い
ており、注目される町となっています。
昨年度は第4次長期総合計画が策定され、今年度か
ら実施です。町民との協働で、よりすみよいまちづくりを
目指してほしいですね。
その第一歩としての「健康ウオーキングのまち」宣言を
大いに期待したいですね。