こんばんは 「ようよう坂町」
ベイサイドビーチ坂年間活用策の一環とし
ての新しいイベント「リオdeカーニバルinベイ
サイドビーチ坂」の実行委員会の記事が今
日の中国新聞に掲載されました。前回は
勇み足でしたが、今回は夜間にも関わらず
記者の方に取材に来ていただきました。
ありがたいことです。
勇み足記事の関係で、お詫びと協力お願い
に県庁空港港湾部と広島港湾振興事務所
を訪れました。広島市南区の宇品広島港の
一角にある振興事務所に到着すると、何や
ら団体の方が通りかかりました。聞いてみ
ると、宇品波止場公園をスタートし、向宇品
向宇品は自然一杯の場所ですが、そばには
リゾートホテル感覚のプリンスホテルがあり
ます。
振興事務所の隣にはこんな木造の建物が
あります。明治42年に建てられた旧広島水
上警察署です。原爆で焦土となり、木造の
建物はほとんど残っていないので、珍しい
建物です。
なっているとのことです。何とか歴史の証人
古い建物には古い車が似合います。珍しい
マツダの三輪車です。
展示してあるのかと思ったら、何と現役車で
事務所の近くに宇品波止場公園があります。
公園の中には「パラダイスの塔」があります。
事務所の近くに宇品波止場公園があります。
今から20年前の1989年、広島市で開催さ
れた「海と島の博覧会ひろしま」のシンボル
高さは42メートルあります。
博覧会終了後、広島港開港100周年記念
モニュメントとして移設されています。
博覧会の跡地は、未だに空地となっており
高校生のサッカー部の練習場として活用され
ています。20年前の博覧会の証として残る
唯一のものです。中は空洞になっています。
中にもキラキラ輝く柱がありますが、人出もな
くひっそりと建っている塔を見ていると、にぎわ
った博覧会は一体何だったのか。同じ時期に
開催された福岡の博覧会会場跡地が福岡ドー
ムを含む、新しい街として発展しているのと比
べると、20年間で随分街づくりに差がついてい
豪華客船のフジなどが時々寄港しますが、
倉庫に囲まれた味気ない港で、国際観光地
広島の玄関口としてはさびしい限りです。
そんな中、倉庫を活用してのショッピング施設
も誕生しています。
店内のレストランからは港が一望でき、雰囲気
広島港は宇品港といわれており、「空も港も
夜ははれて」で始まる国民唱歌「みなと」は、
この宇品の様子を歌ったものです。この歌
今の人は知らないかもしれませんね。
この記念碑は宇品中央公園にあります。
「空も港も 夜ははれて
月に数増す 船のかげ
はしけのかよい にぎやかに
寄せ来る波も こがねなり」
対岸の手の島のようなのが、坂町の横浜
管理センターが行っており、そこが開催した
「ベイサイドビーチ坂年間活用ワークショップ」
に参加したのが、今回のイベント企画のきっか
けになっています。会社を訪れ、社長にお会い
し、協力をお願いしました。
この会社は旧広島港の旅客ターミナル跡の
2階ににありますが、1階は「楽韓市場」とな
韓国ムードが感じられる店です。
中に入っていくと、韓国商品がずらり、でも
お客さんは誰もいません。閑散とした店内、
経営的には大丈夫なのかと心配になりまし
た。せっかくの施設なので、もっとPRが必
内電車の駅です。今はここが船や電車の発着
場としてにぎわっています。
市内電車といえば、広島は電車の博物館とい
われています。全国の都市の電車が廃止され
るとその電車を購入していったからです。
大阪市内電車です。昭和40年移籍と書いて
ありますので、何ともう40年余りも現役で走っ
ていることになります。
広島港は原爆の影響が少ないためか広島
の歴史が残っていたり、瀬戸内海の玄関口
として、島々を結ぶ航路の発着点。そして
市内から一番近い、海辺のリゾート感覚と
多彩な顔をしており、魅力のある地区です。
「海と島の博覧会」があったように、この地区
が海と島の連携拠点として、一体的に再開発
し、もっとにぎわいが出てほしいですね。
広島港のつい対岸であり、同じ港内の坂地区
へも広がってほしいものです。
今回のベイサイドビーチ坂の新しいイベント
「リオdeカーニバル」は、そんな広島港のにぎ
わいへの熱い思いもあります。
そんなことを広島港を訪れてみて感じました。