今思うこと
プロとしての音楽活動を始めてから、三年と四ヶ月の月日が過ぎました。
とても早かったなァというのが実感。
コンサートやラジオを中心とした、地味な活動をしてきているけれど、一歩一歩、確実に前へ進めているナーと思える私は、とても幸せなのです。今では、大きな都市では定期的にリサイタルも開けるようになったし、レコードも思い通りに出せてるし、すべてが順調にきているのです。怖いくらいに。
それで、去年はとても悩んでしまったのです。一段ずつ階段を登った後は、必ず降りる時がくるのではないかということで、他の人と比較されてしまうと、
『何を偉そうなことをいってるの』
と笑われてしまいそうだけれど、当然、上をみればきりのないほどの人たちがいます、でも、デビューしたころの私と今の私を比較すると、だいぶ高い所まで登ってきたような気がするのです。
デビューしたころは、ただ無我夢中にその日その日に与えられたものを消化していくだけで、精いっぱいでした。他のことなど考える余裕すらなかったのです。とにかく、少しでもいいから、今、自分が位置している時点よりも向上したかったのです。
間違わずにピアノを弾きたいーーー。
歌がうまくなりたいーーー。
しゃべりの勉強をもっとしたいーーー。
一年たった年から、リサイタルを開くことができるようになったのです。アルバムも出せたし、まずは最初の夢がかなって、嬉しくてしかたがなかったのです。
“サァ、次もがんばるゾー!”
また、さらに向上したい意欲でいっぱいでした。
一ヵ所でもいい、まだ行ったことのない土地へ行って、私の生の歌を聴いてもらいたいーーー。
夢は風船のように、どんどんふくらんでいったのです。
しかし、現実は厳しかったのです。
その年には行けても、次の年からは動員が不足ということで、思うように行けなくなったりしたのでした。そんな状況の中で、
〈シングルのヒット曲が欲しいな・・・・・・〉
と、ふとつぶやいたことがありました。
私の最終的な目標といったら何になるだろう・・・・・・。日本全国、どんなに小さな町へでも、私の歌が聴きたいと思っているひとがいればそこへ行き、コンサートをすること。でも、一口にそうはいっても、なかなかできないものなのです。
この目標を近道で果たそうとするならば、知名度をあげなければならない、それにはシングルのヒット曲を出すことが一番だと思ったのでした。でもそう考える私に対して、私自身、矛盾を感じたのです。ハデさはなくても、ゆっくりと階段を上がっていきたい、今までの状況に満足している私と、例えば一挙にシングルをベスト10に入れたいと思う私に対して。
でも、そう願ったところで、シングルヒットなど、かんたんに出せるわけではないのです。
〈これまで来た通りで良いのだ〉
と考えを改めたのでした。
それまでは、取材があったとしても、白黒の紙面のほんの片隅に出ている程度だったのが、去年あたりから、カラーグラビアや表紙などの目立つ所へちょこっとだけ顔を出すようになったりしてそのころから、なんとなく周囲が変わってきているな、という感じを抱き始めていたのでした。
アルバムを出した直後など、レコード会社の方たちから、
『今度のLP、なかなかイイ線いいてるヨ』
とか、具体的に、
『オリコンで○位だ』
とかいわれると、ゾッろしてしまうのです。一人でも多くの人に聴いてもらいたいという気持ちは当然あるのだから、喜ぶべきところなのだけれど、その時の私のは、恐怖心のほうが先行してしまうのでした。
〈今はこうしてランクに入っているけれど、次に出す時はもうダメなのではないか〉と。
頂点に達したわけでもないのに、良い状態にいればいるほど、その時の自分が怖くて、変に神経質になったりしてしまうのでした。と同時に、
〈今の状態をいつまで維持できるであろうか〉
なんて、先のことを考えるようになっていたのです。
〈三年後もこうして歌っていられるだろうか、五年後は・・・・・・〉
取材などで、
『あなたはいくつになるまで、今の仕事をやっていたいですか?』
と聞かれることがあります。はっきりいって、そんな質問になぜ私が答えられるだろう。だれでもとはいえないけれど、本当に好きでこの仕事をしている人であれば、ずっと続けたいと願うのは当然だと思うのです。
でも、女の人の場合、結婚や出産という問題で、続けられない人もいるけれど・・・・・・。
また、OLの友だちからおういわれたりします。
『聖子の仕事は、趣味と実益を兼ねてるから、いいわネ』
自分でも、確かにそうだと思うのです。でも、この仕事には保証がないのです。いくらレコードを出しても売れない、コンサートを開いてもお客が入らない、そんな状況であれば、自然と仕事もなくなるだろうし・・・・・・。
ひとり、部屋の中で近い将来の自分を描くと、どんどん悪い方向へ考えは傾いてしまうのです。黒い不安の塊が、ついには、こんなことをしていて本当に私は良いのであろうかなんて、意志薄弱なことを考えさせてしまうのには、自分が情けなくて。
そんな時、落ちこんだ自分を励ますつもりで、『走って下さい』という歌を作ったのです。
走って下さい あなたのために
光る汗流しながら 立ち止まらず
走って下さい あなたらしく
この路にきまりはないから
僕たちは今 青春の風の中
ガラスの迷路みたいさ
手さぐりで黒い闇の中
だれもいないよ 独りきり
寂しさに押しつぶされる日は
やさしいあの娘の家へ電話してごらん・・・・・・
情けない私の弱さというか、不安を取り除いてくれたのは、現実に在る、私を応援してくれるみなさんだったのです。
『がんばってください!』
という言葉が、どんなに心強かったか。
私はみなさんに対して、ひどく恥ずかしい気持ちになったのでした。そして、ここまでこれたことに感謝したのです。
努力すれば、必ずそれだけのものが自分に返ってくるということを、私は信じます。
たとえ、自分に10の力しかなくても、12ぐらいは出せるように、いわば、努力指数を上げたいのです。
『あなたの好きな男性のタイプは?』
なんて聞かれることがあるけれど、何においても一生懸命になれる人が好きなのです。それは異性に限らず、だれでも。
そして、ひとつのことを途中で投げ出したりせずに、最後までやり通せる人。自分勝手ではなく、人の気持ちを思いやってあげられる人。そういう人に自然と心は魅かれていくのです。あまりにも正統派すぎるかな?
でも、そういう人に自分自身、なりたいと思っているのです。
常に努力をし続けるということは、そこらへんの意思では貫き通せぬこと。人間だれしも、息抜きするのも必要なことなのですが・・・・・・。
これから私がどうなっていくのかは、だれにもわからない。
大切なのは“今”だと思うのです。こうしている間にも、時は休むことなく確実に過ぎているし、この瞬間は二度とかえってこないのです。当たり前のことだけど、だからこそ見落としたりしている場合が多いと思うのです。
短大を卒業してから、時間の流れを気にすることが多くなったように思います。20歳を過ぎると、25歳がすぐそこ、なんていわれたりもするせいなのかな。
とにかく、今は先のことなど考えたりせずに、今を一生懸命に生きたいのです。何年か過ぎた後に、
〈あの時、あれをしていれば・・・・・・〉
なんて後悔はしたくないのです。してしまった後悔よりは、しない後悔の方が大きいと思うから。極端な話、カッコ良すぎるのだけれど、明日死んでもいいように・・・・・・。
できることならば、いつまでもいつまでも、階段を登り続けていきたいけれど、いつの日か降りる時がきたとしても、悔やんだりはしたくないのです。
今では、それを不安に思うこともなくなりました。
オマケ
初日の土曜日の分は嫁さんの勤める病院の看護婦さんに頼まれた2枚です。
両方共に取れて良かったです。
いずれもチケットの1枚に代表者の名前が印刷されて、入場時に確認するので差し替えとかは不可です。
岐阜県と言うだけで遠征先の候補にも上がらなかった『多治見』でしたが、調べたら名古屋駅から特急なら30分かからないんですね。
しかも駅から会場まで歩いて2kmとは前橋のきしんさんより近いし・・・・・・。
年末(12/30,31)にドリカムも広島に来ますが、31日はカウントダウンライブとなるので、体力と相談して嫁さんと娘は30日のライブに行くみたいです。





