『伽羅先代萩-御殿・床下』
菊之助さんの政岡は、2008年・2017年に引き続き、三度目です。
武家式の"片はずし"の鬘や、黒地に"雪持笹"打掛けに赤綸子の着付け、強い精神性を表す衣装も、馴染んで来ています。
芯が強く、凛として気品あふれる乳母、御家横領の陰謀渦巻く中で、我が子を犠牲にしてでも忠義を尽くす、苦衷を巧みに表現しています。
過去二度に比べて、より母性が強く、貫禄が感じられます。
茶道の作法で米を炊く"飯炊き"は、今回が初挑戦とのこと。
一つ一つの所作や台詞も丁寧、日頃からの千松への厳しい躾けを感じるものの、淡々としてあっさり、地味な場面となっています。
表情を変えずに千松が毒饅頭を食べるのを見ていますが、
(このことは覚悟の上…!?鶴千代に饅頭を食べさせずこの場を乗り切るために、千松を待っていたのか…!?)
千松が八汐に刺されて一瞬驚愕の表情、鶴千代を抱きしめて無表情に戻り平静を装い、最小限の心の揺れを表現しています。
栄御前が去り、我が子千松の亡骸を抱きしめて、「よう死んでくれた」と褒め悼み、「唄の中の千松は」と悲嘆・喪失感を表して、感情を迸らせます。

丑之助くんの千松、時代物の子役としては成長し過ぎているとは思うものの、役への理解は充分、しっかりとした演技です。
"飯炊き"の間、千松は大活躍。
鶴千代と一緒に双六で遊んだり、空腹のあまり倒れたり、鶴千代のために唄を歌わされたり、飼っている雀に親が来て餌を与えるのを見て羨ましがったり…
千松、いや丑之助くんのための場面なのだろうか…と思ったりして。(^^;;
出来得る限りの子役を丑之助くんに経験させようとする、父・菊之助の心遣いなのでしょうか。

種太郎くんの鶴千代は、可愛らしく演じています。
栄御前を接待する前に、千松と鶴千代は、ほんの少しの握り飯ですが、食べられて良かったと思うのです。
(散々待たされたのに、食べられない演出もあったような記憶があるのですが…どうでしょうか???)

芝のぶさんの八汐、体調不良で休演した歌六さんの代役、大抜擢です。
妖術使い仁木弾正の妹というのが納得の妖しさと美しさ、爬虫類系で背筋が凍るような冷酷残忍さを醸し出し、立派な演技です。
立役が演じる憎々しい女形の代表格のお役ですが、真女形が演じる方向性の違う味わいで、滅多に観られないであろうものを観られて満足です。
とはいえ、従来、立役が演じることの意味合いは何か、例えば彦三郎さんが演じたらどうだっただろうか…などとも考えてしまいます。

雀右衛門さんの栄御前は、風格を増して手強い雰囲気を出しているものの、"悪"の凄み・女性のラスボス感は薄い。
本来の優しい雰囲気を隠し切れず、やはり"ニン"ではないのでしょう。

米吉くんの沖の井、凛とした声と姿ですが、出番が少なくて残念。
当初勤めていた芝のぶさんが、八汐の代役となったため、松島はなし。

右團次の荒獅子男之助は、キッパリとして豪快、楷書の荒事の演技です。

團十郎さんの仁木弾正は、妖気をまとった色気と凄み、そして禍々しさ、国崩しの存在感は圧巻です。
妹同様に爬虫類系の美しさで、無表情でクールなのですが、一度だけ不敵な笑みを浮かべるのが、尚、恐ろしい。
"面明かり"の火に照らされて、花道を去るにつれて、その影が大きくなる不気味さ、底知れぬ恐ろしさを感じさせて立派。
このお方ならではの、唯一無二のオーラです。

個人的には、"飯炊き"よりも「竹の間」「対決」「刃傷」を上演して欲しかった…。
近年、時代物の通し狂言がめっきりと減っていますよね。


この日は3階A席後方には空席が多い状態。
外国人観光客が何組かいましたが、その多くが休憩後に帰ってしまったようです。
本来、起伏に富んだ面白い狂言なのに、動きの少ない静かな場面が多く、残念です。



『四千両小判梅葉』
四谷見附、牛込藤岡内、熊谷土手、伝馬町大牢、牢内言渡し
幕末(1855年)に江戸城で実際に起きた御金蔵破りという前代未聞の大事件をもとに、河竹黙阿弥が描き、1885(明治18)年に五世菊五郎により初演された作品です。

野州無宿富蔵は、主筋で今は浪人の藤十郎に江戸城の御金蔵破りを持ちかけ、盗み出した四千両を藤十郎の住まいに運び込みます。
ほとぼりが冷めた後、生き別れの母に会いに加賀に行く途中で富蔵は御用になり、伝馬町の牢に入れられ、牢内で二番役に取り立てられます。
御金蔵破りは大罪、結局、浅草での磔刑が決まり、牢を後にする…という、実名を用いるなど真に迫った異色の白波物です。

2012年に菊五郎さんの富蔵を一度観劇しています。
二度位観ているかと思っていましたが、芝居としての面白さはあまり感じなかったので、見送ったのかな…!?
調べてみると2017年猿若祭二月大歌舞伎の昼の部で菊五郎×梅玉で上演、やはり私は観ていませんでした。
いろいろと記憶が曖昧になってきています。(^^;;(^^;;
そして、牛込藤岡内の記憶はほとんどありませんでした。(^^;;

初役で演じる松緑さんの富蔵、陰と凄味のある肝が座った前科者、時折愛嬌をみせつつも、仄暗く太々しい威圧感があります。
おでん屋台の商人としての世話味の中に醸す鋭さと不気味さ、怖気づいた藤十郎に斬りつけられてヒラリと身をかわす軽やかさと豪胆さ、
妻子と義父へのしんみりとした情愛、牢内ではキッパリとした野太さ・爽快さなど、様々な表情を見せています。
幕切れ、死罪を言い渡された後のニヤリとして不敵な笑みが印象的。

梅玉さんの藤岡藤十郎は、武士でありながら世間知らずの小心者、飄々としたさらさらした味わいです。
藤十郎は何時どのように捕えられたのか、おっとりした性格で気が小さいので、牢内でどのように過ごしているか…と、心配していましたが(笑)、
言渡しの場で、富蔵と同様に博多帯を締めた着物姿、数珠を持っていたので、それなりの地位は得られていたのでしょう。

松緑さんと梅玉さんの掛け合い、富蔵と藤十郎の剛柔の性格描写の対比は、面白い。

降りしきる雪の中で一家が別れを惜しむ場面、皆様、しみじみとした丁寧な演技ですが、脚本としての唐突感は否めません。
梅枝さんの女房おさよ、梅枝として最後の役所、薄幸で地味な女性の悲嘆をうまく表現しています。
彌十郎さんの人の好いうどん屋六兵衛、権十郎さんの情のある浜田左内。

伝馬町大牢の場では、しきたりや風俗など牢の様子が鮮明に描かれていることが珍しく興味深いものの、やや平坦で冗長。
どっしりとして貫禄がある彌十郎さんの牢名主(歌六さんの代役、前場とは対照的な役)、不気味な重みのある團蔵さんの隅の隠居は、充実しています。
彦三郎さんの数見役、坂東亀蔵さんの頭、歌昇くんの三番役、種之助くんの四番役など、
折角、人気のある役者が並んでいるにも拘らず、それぞれの個性が感じらないのは残念で勿体無い。
萬太郎くんの浅草無宿才次郎、松江さんの田舎役者の可笑し味、橘太郎さんの生馬の眼八の憎々しさも薄味。

四谷見附外堀で、左近くん演じる寺島無宿長太郎に、金を盗まれた伊丹屋徳太郎は巳之助くんだったのか…。(^^;;
左近くんは、スリを働きながら、キッパリした爽やかさがあります。

言渡しの場、お元気で何よりの楽善さんの石出帯刀、鷹之資くんの黒川隼人は立派です。



役者の配役が勿体無いと思ったり、脚本や芝居の面白味をあまり感じられなかったり…
最近 (今年4・5月) また観劇後の感動や興奮が薄らぎ、歌舞伎観劇の趣味にも少し飽きてきた感じです。(ーー;;(ーー;;
古典歌舞伎の方が好き、特に新作を望んでいる訳ではないのですが、その古典歌舞伎にも新鮮味を感じられなくなってきています。

今、一番に言えることは、上演演目に工夫が欲しいということでしょうか。
見取りではなく、"通し狂言"を上演して欲しい。
同じ演目ばかりではなく、上演頻度の少ない古典歌舞伎がまだあるでしょうと…。
例えば『加賀見山旧錦絵』、もう歌舞伎を観始めてから15年以上経っていますが、まだ一度も観たことがありません。

ミーハー熱が冷めて、代わりに新しい熱狂的な贔屓ができたわけでもない、時折、歌舞伎に"飽きた病"になってしまいます。
一種の贅沢病なのでしょうか…観劇回数を更に減らしていかなければなりませんね。(^^;;(^^;;
(来月の萬屋襲名披露公演は、迷いつつも、また惰性で、チケット購入しているのですが…)


  


そんなこんなを考え、何だかつまらないな…と思っていたところ、
5月27日に、"尾上菊之助と尾上丑之助の襲名"のニュースが飛び込んできました。

来年5・6月に歌舞伎座にて、菊之助さんが八代目尾上菊五郎を襲名、丑之助さんが六代目菊之助を襲名するとのこと。
当代菊五郎さんは七代目として今と同じ名跡を名乗り続けるとのこと。
八代目の襲名後は、2人の菊五郎が存在することになります。
松竹によると、同じ名跡が2人同時に存在するのは近代以降の歌舞伎界では極めて異例とのことです。

取り敢えず、この襲名披露公演はきちんと見届けたいと思います。
ということで、今年度も歌舞伎会の特別会員の資格は確保しなければ…と思ったのです。(^^ゞ



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菊五郎さんのコメント:
「紛らわしいかもしれないのですが、52年間名乗らせていただいたお名前を今さら変える気はなく、七代目菊五郎のまま、歌舞伎人生の幕を閉じたいと思っております。これから、七代目と八代目が舞台上でバッティングすることもあるとは思いますが(笑)、それぞれ七代目、八代目と呼んでいただければ」
「私は2年前に脊椎の病気になりまして、舞台を休み休みすることになってしまいました。しかし“菊五郎”は、いつも元気で働いていなくてはいけません。ですので、倅に菊五郎を継いでもらおうという思いになりました。彼には新しい菊五郎として、私が演じることのなかった時代物や世話物、所作事(の演目)、新作と、どんどん挑戦してもらい、菊五郎の名前をもっと大きくしてもらえれば。私も病気療養をしながら、好きな“粋でいなせな江戸っ子の芝居”ができるよう、一生懸命がんばりますので、しばらくお待ちください」

菊之助さんのコメント:
「菊五郎は、音羽屋先祖代々の重き名跡で、歴代の菊五郎に劣らぬ役者となれるよう一所懸命精進して参る所存です」
(襲名により2人の菊五郎が存在することについては)
「賛否あるとは思うが、役者は舞台の上でしか答えを出すことはできない。七代目が長く元気で舞台に出てもらうと同時に私が父の思いを引き継ぎ、新しい菊五郎を見せていきたい」

丑之助くんのコメント:
「まだ丑之助を襲名してから5年しか経っていないので、もう少し丑之助のままでいたいと思っていましたが、祖父の思いを受け継ぐと心に決めたので、襲名を決意しました。これからも一層の努力をして、名前に負けない役者を目指します」
どのような歌舞伎俳優になりたいか…という質問には、
「祖父の菊五郎と(中村)吉右衛門」
「祖父菊五郎は、世話物のときのセリフ回し、祖父吉右衛門は、時代物の心情描写が素晴らしく、そういったところを尊敬しています」