『双蝶々曲輪日記-引窓』
1749(寛延2) 年に大坂・竹本座で初演、竹田出雲・三好松洛・並木千柳による義太夫狂言。全九段のうちの八段目。
仲秋の名月を翌日に控えた京都、捕えられた生き物を解き放つ石清水八幡宮の「放生会」が物語の鍵となり、
天井の引窓から差し込む月明かりの明暗とともに、互いを気遣う親子の苦悩と情愛、そして義理が丁寧に描かれた作品。

梅玉の南与兵衛は、すっきりして端正、義理に厚く、温かい人情味がよく感じられます。
淡々として自然、流石の渋味のある演技で、味わい深いこと。
近年いつも思うのですが、声が通らず、3階では台詞が聴き取り辛いのが難点。
何度か観ており、物語の筋は分かっているので、脳内で補いながらの観劇。
(というには、細部まで記憶している訳ではないので、たまに集中力が途切れることも…(^^;;)

松緑さんの濡髪長五郎は、キッパリとして骨太く力強い、そして陰翳が感じられます。
ベテラン勢相手に、引けを取らず、充実した立派な演技です。
最後に一目会いたいという母への情愛、迷惑をかけてまでは生きられないという切なさが、しみじみと感じられます。

東蔵さんの母お幸、お尋ね者の実子・長五郎と十手持ちの義理の息子・与兵衛、双方に細やかな情愛を抱きつつ、
それに引き裂かれる複雑な母の心情が、しみじみと味わい深く感じられ、次第に感情が高まってくる、円熟した流石の演技です。
与兵衛との会話では、梅玉さん同様、声の通りがイマイチと思っていましたが、
長五郎との会話では、年齢を感じさせないしっかりとした口跡です。

扇雀さんの女房お早は、元傾城のしっとりした色気を漂わせつつ、義母に寄り添う健気な嫁を好演しています。

4人のアンサンブルがとても良い、やや地味ですがしっとりとした充実の舞台です。
今月は仁左玉コンビに沸きましたが、この「引窓」が感動的で、個人的には最も心に沁みました。

松江さんの平岡丹平、坂東亀蔵さんの三原伝造。


『七福神』
波間から宝船が現れると、そこには招福をもたらす七福神の姿。
祝儀の盃を重ね、やがて興が乗った神々は、廓勤めをする傾城とその恋人の様子を踊り、天下泰平を祈念する長唄舞踊。
歌昇くんの恵比寿、新悟くんの弁財天、隼人くんの毘沙門、鷹之資くんの布袋、虎之介くんの福禄寿、尾上右近くんの大黒天、萬太郎くんの寿老人、
若手花形が揃い、芝居心たっぷりの踊り比べ、後ろに控えている時は酒盛り、賑やかで楽しい一幕。
幕切れ、舞台正面奥から巨大な宝船が押し出されて、目出度さが感じられます。

尾上右近くんと鷹之資くんが、特に目を惹きます。
二人ともよく呑んでいるし…(笑)


『夏祭浪花鑑』
1745(延享2)年に大坂・竹本座で初演、作者は並木千柳・三好松洛・竹田小出雲、実際に起こった事件をもとに、浪花の俠客の生き様が描かれた義太夫狂言。
俠気ある男女の爽やかな心意気、後半の団七による様式美あふれる壮絶な舅殺し、盛夏の大坂を描いた熱気が漲る舞台です。

主人公の団七を「関西がルーツの、上方歌舞伎の役者が、歌舞伎座で演じる」のは、これが初めてとのこと。
愛之助さん自身は、何度も団七を演じているようですが。
特に贔屓役者ではないので、今まで愛之助さん主演の舞台はあまり多くは観ていません。
この演目自体、あまり好きではないのですが、そんな"初めて"に少々興味を持っての観劇です。

愛之助さんの団七は、キッパリと骨太く、情が濃く、こってりと濃厚な味わい。
徳兵衛との立ち回りや見得はキリリと決まり、クライマックスの舅殺しの見得の数々は様式美に溢れて迫力があります。
夕闇のもと、祭囃子の鐘が鳴り響く中で、舅・義平次の悪態と暴力に我慢に我慢を重ねながら、
舅に抜かれた刀を奪い返そうと争う中で誤って斬り付けてしまう、
最初は動揺するものの、やがて我を忘れて、血と泥にまみれて陰惨な舅殺しに走る緊迫感は、生々しくリアリズムに富んでいます。
幕切れ、舞台下手の坂道に座り込んで言う台詞「悪い人でも舅は親」、自身の罪深さに改めて恐怖する哀愁と寂寥感が漂います。
台詞は威勢が良いのですが、全体的にねっとりと濃い味、これが上方風なのでしょう。

二役目の徳兵衛女房お辰は、侠気というよりも寧ろ、ねっとりと色気を出し過ぎて、少々嫌な感じ。(^^;;

歌六さんの釣船三婦は、老侠客の手強さ・気っ風のよさ、そして苦みが効き、存在感と貫禄のある演技です。
喧嘩断ちの証として耳につけていた数珠を引き千切って、「俺が切るのはこの数珠じゃい」と言う件は、切れ味があり豪快、血の気の多さが表れています。

橘三郎さんの三河屋義平次は、ネチネチしぶとく憎々しい、手慣れた演技です。

菊之助さんの一寸徳兵衛は、キリリとして爽やかです。
小気味よい立ち廻り、そして団七と片袖を交換して義兄弟の契りを交わします。
直前まで睡魔と格闘中だったのですが、菊之助さん登場により我に返るも、
まだ少々ぼんやり朧気…存在感がやや薄めという印象。
(芸域を広げている菊之助さんですが、あまり"ニン"ではないような…いや、悪いのは私かな…)

米吉くんの団七女房お梶は、しっとりしつつも気っ風の良い大人の女性、留女としても充実の演技。
このような役柄も似合うようになったのだと感慨深い。

種之助くんの玉島磯之丞は、放蕩が過ぎる我儘さ・放漫さが滲み出ています。
物事をあまり深く考えていないような可憐な莟玉くんの傾城琴浦、歌女之丞さんのおつぎ、松之助さんの大島佐賀右衛門。
倅市松は秀之介くん。

巳之助くんは下剃三吉なのですが、
この前後、睡魔に襲われて、舞台が遠のき、認識できず…ほとんど記憶がありません。
今月の巳之助くんの出番はこれだけ、何と勿体無いことか。
(私自身の観劇姿勢は勿論ですが(^^;;、配役がとても勿体無い。)



新聞批評やSNSでの評判により、月半ばでチケット購入。
今月は春祭も満喫した上での歌舞伎2公演、少し詰め過ぎてしまったのでしょうか。
だいぶ復調したと思っていましたが、この日は予想以上に疲れてしまいました。