『於染久松色読販』
土手のお六
鬼門の喜兵衛

油屋(質屋)の娘お染と丁稚久松との悲恋劇にお家騒動を絡ませた四世鶴屋南北による物語(通称「お染の七役」)から、
土手のお六と鬼門の喜兵衛夫婦の強請の場面を抜き出した見取り上演です。
(「柳島妙見」、「向島小梅の莨屋」、「浅草瓦町質見世油屋」の三場)
莨屋を営む貧乏暮らしの粗末な身なりで、死人をも"強請"の道具にしてしまう、夫婦揃って咲き誇る"悪の華"、退廃的な風情が漂います。
とはいえ、大金を欲するのは、紛失した御家の重宝の名刀・午王吉光と折紙を取り戻すために、
お六がかつて仕えていた奥女中・竹川から100両の金を工面して欲しいと頼まれたためであり、その忠義心によるもの。
(実は、その御家の重宝を盗み出したのは喜兵衛…という南北ならではの複雑な経緯があるのですが…)

玉三郎さんのお六は、"馬の尻尾"の髪型の婀娜っぽい"悪婆"、悪態をついても品よく、愛嬌たっぷり。
いろいろな人から物を預かり、小用を頼まれ、庶民の生活感が感じられます。

仁左衛門さんの鬼門の喜兵衛は、匂い立つ色気に凄味、そして愛嬌があります。
煙管をふかす姿、お六と酒を酌み交わす姿は美しく、何気ない会話の中で互いに強請の悪巧みを思いつく、
自然に少しずつの表情を変化させる、その息の合った二人の芝居が巧みで、面白い。

髪結道具の剃刀を研ぎ、死体(実は河豚の毒にあたって仮死状態の久太)を久作に仕立てる喜兵衛、
仁左衛門さんは暗闇の中で眼光鋭く、冷ややかな空気を漂わせ、緊張感があります。
(凛々しい武将や殿様と比べて、この種のお役では細い身体が際立ち、少し痩せたのでは…と、少々心配になります。)

とりわけ南北芝居では、玉三郎さんは台詞回しはさらさらとして、緩急自在で巧みです。
油屋の店先、油屋手代(玉雪)が野菜売り久作(橘太郎)の頭を叩いたことを確認して、上品な佇まいから態度を豹変させ、
喜兵衛を呼び、大胆な言い掛り、ドスを効かして啖呵を切る…その切り替えが、鮮やかです。

強悪ですが少々間が抜けた夫婦、強請に失敗して、駕籠を担いですごすご花道を引き揚げる姿は、可笑しみがあります。

退廃的な風情で"悪の魅力"と謳いつつも、小気味よく、さらりとした味わいです。
何ということはない芝居ながら、円熟した至芸を感じるのは、仁左衛門・玉三郎の黄金コンビならではでしょう。

錦之助さんの山家屋清兵衛は、すっきり涼やか、知的な佇まいで、脇を引き締めています。
彦三郎さんの油屋太郎七は、いつもながら良い声、落ち着いた佇まいで気品のある商家の旦那として好演。

人の好い橘太郎さんの野菜売り久作、剽軽な千次郎さんの番頭善六、可笑しみのある松三さんの丁稚久太。
中村福之助くんの髪結亀吉、キッチリと手堅い演技です。


『神田祭』
「天下祭」と謳われる神田明神の御祭礼の様子を描いた、華やかな江戸の風情漂う清元の舞踊。
粋で鯔背な鳶頭の仁左衛門さん、艶やかで婀娜な芸者の玉三郎さん。
息の合った、見目麗しい二人の人間国宝が、特別で特有の空気感を醸し出し、劇場内に幸福を振り撒いているようです。
爽やかで愛嬌たっぷりのイチャイチャ・ラブラブ振り、動き自体はさらさらしていますが、優美で濃厚な味わいです。
恋仲になった玉三郎を連れて親分に挨拶する件、頭をポリポリと照れる様子など、可愛らしいこと。
仁左衛門さんと若衆たちとの立ち回りも華やか、床几に座って持ち上げられる姿は凛々しく、傍らに立つ玉三郎さんは美しい。
玉三郎さんの衣裳は、黒地に裾は波模様、博多献上の帯に赤の帯揚げ、粋で洒落ています。

3階中央ブロックで観劇することが多いのですが、今回はやや下手よりの座席。
花道で頬寄せ合うその場面は、仁左衛門さんの身体(背中)で見えませんでしたが(ToT)、花道を去る様子はいつもよりも少し長く見ることができました。
華やかで麗しい一幕です。


『四季』
〈春 紙雛〉
女雛(菊之助)と男雛(愛之助)、立雛の仲睦まじい恋模様を描いた、美しい長唄舞踊。
五人囃子(萬太郎、種之助、菊市郎くん、菊史郎、吉太朗)が、可愛らしい人形振りで踊ります。
五人囃子の中では、笛を持つ種之助くんが、特に目を惹きます。

〈夏 魂まつり〉
大文字の送り火を背景に、夕涼みする若衆(橋之助)、舞妓(児太郎)、仲居(梅花)、太鼓持(歌之助)、そして亭主(芝翫)が、義太夫にて踊ります。
う~ん、イマイチ捉えどころがない…途中で睡魔が…(^^;;(^^;;

〈秋 砧〉
李白の漢詩をもとに、夫を思う若妻の心を描いた、筝曲と唄(女性3人ずつ)による舞踊。
唐服姿の孝太郎さんが、しっとりと情感たっぷりに踊ります。

〈冬 木枯〉
木枯らしに舞い散る木の葉を、歌舞伎の立廻りの技やトンボを使ってアクロバティックに、群舞で表現しています。
意外性があり、変化に富んだフォーメーションも楽しい。
みみずくは、黒縁の丸眼鏡をかけたインパクトある姿の松緑さん、いつも凛々しい坂東亀蔵さん。
松緑さん、ほとんど踊っていませんが、存在感があります。
左近くんは美しい女性姿、芯になる立ち位置で、18歳の若手ながら達者な充実した踊りを披露。
出演人数が多いために、目が足りないのですが、やはり鷹之資の踊りは巧み、目を惹きます。
亀三郎くん、眞秀くんも可愛らしい。
木の葉(女)は男寅くん・莟玉くん・玉太郎くん、木の葉(男)は廣松くん・中村福之助くん、その他にお弟子の方々。



2018年3月にも、仁左玉コンビで『於染久松色読販』『神田祭』を観劇しています。
(コロナ禍の2021年2月にも同じ組み合わせで上演していますが、私は未見。)
またコレか…と思いつつ、迷っていたところでの、入院騒動。
チケット発売日には退院してから1週間程度経っていましたが、
手持ちのというオペラ関係のチケットを無事に消化できるかどうか…という状態だったので、
新たなるチケット購入は見合わせていました。
が、初日を迎えてから、仁左玉コンビを絶賛するSNSでの感想を多く目にして、
私自身もだいぶ復調してきたことだし、やはり観られるうちに観なければと、
ついついチケットを購入してしまいました。(^^;;
遅れての購入だったので、あまり良い席は残っておらず、花道で頬寄せ合う場面は目撃できなかった次第です。(ーー;;

数日後、体調を崩す前は行くつもりにしていた昼の部のチケットを更に購入。
その時には、夜の部の3階席のチケットは完売状態でした。





まぁ、行って良かったとは思いつつ、歌舞伎公演の演目立てとしてはどこか物足りない。

終演は19:35頃、これだけ若手花形が揃っているので、小舞踊ではなく、
もう少し出来ることはあったのではないか…と思ってしまいます。
直ぐには思いつかないのですが、時代物でも世話物でも、まだ大幹部がご存命の内に、
若手花形を芯にした古典作品をもっと上演して欲しいと思うのです。

仁左玉コンビについても、近年、同じような演目ばかりのようで…。(ーー;;
年齢的に、体力面での制約はあるのでしょうが、もっと違うものを観たいと思ってしまうのです。
まぁ、なんだかんだ言いながら、結局、観劇してしまうのですが。