日時: 2022年4月9日(日) 15:00より
場所: 東京文化会館
指揮: マレク・ヤノフスキ
演奏: NHK交響楽団
合唱: 東京オペラシンガーズ

ハンス・ザックス:エギルス・シリンス
ファイト・ポークナー:アンドレアス・バウアー・カナバス
ジクストゥス・ベックメッサー:アドリアン・エレート
ヴァルター・フォン・シュトルツィング:デイヴィッド・バット・フィリップ
エファ:ヨハンニ・フォン・オオストラム
ダーヴィット:ダニエル・ベーレ
マグダレーネ:カトリン・ヴンドザム
クンツ・フォーゲルゲザング:木下紀章
コンラート・ナハティガル:小林啓倫
フリッツ・コートナー:ヨーゼフ・ワーグナー
バルタザール・ツォルン:大槻孝志
ウルリヒ・アイスリンガー:下村将太
アウグスティン・モーザー:髙梨英次郎
ヘルマン・オルテル:山田大智
ハンス・シュヴァルツ:金子慧一
ハンス・フォルツ:後藤春馬
夜警:アンドレアス・バウアー・カナバス


マレク・ヤノフスキ氏指揮するオーケストラは、キビキビとよく引き締まり、立体的で推進力があります。
快速テンポながら、緩急・強弱自在、緻密で明晰、重厚で雄弁、スケールが大きい。
粒立ちの良い、磨き抜かれて洗練された音色、素晴らしい演奏です!!
コンサートマスターはライナー・キュッヒル氏。
休憩を含めて約5時間半の長丁場ながら、目も耳も釘付け、退屈することはありません。
観客も長丁場に覚悟を決めて臨んでいるのですが、御年84歳の巨匠ヤノフスキ氏は長時間立ったままでの指揮振りで大したもの、お元気で何よりです。

ベックメッサーのハープ(第2, 3幕)とザックスのハンマー(第2幕)(叩くのは打楽器奏者)は、オーケストラの前に配置。
カーテンコールでは、エレートとシリンスがそれぞれの奏者を称え、微笑ましい光景です。


歌手の皆様も高水準です。

ベックメッサー役のアドリアン・エレートは、明るめのバリトン美声、歌唱力と表現力が素晴らしく、傑出しています。
全て暗譜、表情豊かに、身振り手振りを交えた演技力が素晴らしく、いつもながら達者です。
嫌味な敵役ながら、滑稽さと愛嬌があり憎めません。
確かな実力があってこそなのですが、ある意味、美味しい役柄なのでしょう。
この演目は3度目ですが、ベックメッサーはすべてエレートが歌っています。

ザックス役のエギルス・シリンスは、深く潤いのある低音美声、朗々として充実した歌唱力と表現力、風格があります。
シリンスは、滋味渋味、そして厚みが増した印象。
ザックスの妄念と諦念、それを振り払う気高さ・高潔さ(ベックメッサーに対しては別ですが…(^^;;)が切ない。
「ニワトコのモノローグ」、エファやヴァルターとの対話、そして五重唱でのザックスの歌(音楽・歌詞)が心に沁みます。
従来のこの役に対する私のイメージとは異なり、理知的で気品のあるザックスです。
が、シリンスにとってザックスは初役とのこと、譜面に頼り切っているようで、演技する余裕はないようです。(^^;;
そして、好印象で聴いていたものの、最後の大演説で声が一瞬抜けたところがあったように思えたのは、気のせいか…!??
(と思っていたら、やはり…”一瞬落ちた…”と書いている方がTwitterに複数いました。(^^;;(^^;;
そういうの、"落ちた"と表現するのね。(^^;;)

ポークナー役のアンドレアス・バウアー・カナバスは、深くハリのある低音美声、重厚で存在感ある歌唱です。
懐深く情愛深い、町の有力な資産家というイメージにぴったり。
が、娘を歌合戦の賞品にするってどうなの…!??(^^ゞ
夜警としても、朗々とした歌唱を披露。

ヴァルター役のデイヴィッド・バット・フィリップは、潤いのある良い声質、繊細さと抒情性があり、安定した手堅い歌唱。
やや小粒で、声量や存在感などもう一歩と感じる面はあるものの、まだ若い歌手なのでしょう。伸びしろを感じます。

ダフィト役のダニエル・ベーレは、明るい声質、明瞭で伸びやか、充実した歌唱です。

フリッツ・コートナー役のヨーゼフ・ワーグナーは、出番は少ないながら、ハリのある声質で貫禄があります。

エファ役のヨハンニ・フォン・オオストラムは、透明感と芯のある清澄な美声、声量もあり、歌唱力・表現力ともに見事です。
清楚で可憐、そして賢明な乙女です。
昨年のエルザ姫も好印象でしたね。

マグダレーネ役のカトリン・ヴンドザムは、明るく軽めの美声、手堅い歌唱です。

日本人歌手陣も手堅い歌唱。
合唱は、いつもながら表情豊か、見事です。


照明により、場面場面の雰囲気を作り出す演出も好印象。
第一幕の教会内は白、第二幕は青と紫、側面は橙色、そして白、第三幕のザックス邸では橙色と紫、野外では青、側面は緑。
物語の進行によって、明度や彩度を変化させています。

衣装について、男性陣は黒正装に白シャツですが、ヴァルターだけは黒シャツ…ヴァルターの異色感が外見からも分かります。

終盤でのザックスの大演説、
ドイツ万歳!!ドイツ文化万歳!!
「神聖ローマ帝国は煙と消えようとも、聖なるドイツ芸術は我らの手に残るだろう」

そして、すべての文化芸術万歳!!!…この作品自体が文化芸術への賛歌でしょう!!!
高揚感に満ちた、幸せいっぱいのひと時です!!



  

 

  

 



(写真は東京春祭公式Twitterより)


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(追記)

NHKで放送された「映像の世紀-バタフライエフェクト」<戦争の中の芸術家>が興味深い。

フルトヴェングラー(1886-1954)はベルリン・フィルの指揮者、楽団に所属するコンマスのゴールドベルクはじめ7人のユダヤ人の命と生活を守るため、ドイツ国民に音楽を楽しんでもらうために、ドイツ国内に残り演奏活動を続けました。
結果的に、ヒトラーやゲッベルスに巧妙に利用されて、戦後も葛藤・苦悩することになります。
フルトヴェングラーの回想、「ナチスの下で生きて行かなくてはいけなかったドイツ人ほど、ベートーヴェンの音楽を必要とした人はいなかった。自分がドイツ人のためにしたことを悔やんではいない」
国威発揚の音楽としてヒトラーやナチスが好んだ「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲の演奏の映像が流れます。
(高揚感たっぷりに、このオペラを楽しんできた身にとっては、複雑な心境になります。)

ショスタコーヴィチ(1906-1975)、歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」が当初圧倒的な支持を得ていたにも関わらず、このオペラを観たスターリンが激怒、退廃的でブルジョア的と批判されます。
その後、スターリン体制で生き延びるために意に沿わない作曲を続けますが、「交響曲第5番」の最後の楽章にはビゼーのカルメンのアリアのメロディーに乗せて”気を付けろ”というメッセージが隠されている、「革命の勝利に酔う前に気を付けろ」というメッセージが音符として表されている、と言われています。
また、「交響曲第7番”レニングラード”」など、ソ連国民を鼓舞する音楽とされながら、ショスタコーヴィチ自身はナチを含めたファシズムの恐怖を描いたものだとしています。

日本では、火野葦平(1907-1960)が従軍作家として中国戦線や大戦末期にインパール作戦に行き「麦と兵隊」を執筆、ベストセラーとなりますが、戦後は”戦争に協力した”という罪の意識に苦しみ、自ら命を絶ったとのこと。

最後に、バレンボイムが指揮するシュターツカペレ・ベルリンのイスラエル公演において、楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲の演奏の可否を巡って巻き起こった激しい論争の様子が映し出されています。
結局、反対派は会場を去り、演奏は決行。
バレンボイムは「ワーグナーの音楽に忌まわしい思いを抱く人がいてもいい。ただし、他の人から音楽を聴く自由を奪ってはいけない」と述べています。

国家と表現の自由との間で揺れ続けた芸術家たち…
決して過去の話ではなく、ロシアのウクライナ侵攻、戦争で現在も起こっている問題であり、胸が痛みます。