失われた10年とか20年という言い方があって
便利なので私もよく使う。
ただ、「失われた」のは、相対的な経済規模
とか個別産業における競争力、国民一人
あたりの所得、などであって、技術革新
とか、生活の質の変化、などではない、
ということは当然認識しておかねば
ならない。
携帯電話は20年前にはほとんどなかったし、
スマートフォンは10年前にはなかった。
薄型テレビ、インターネットなど過去10年、
20年で驚異的な変化を示している。けして
失われたわけではない。
しかしそれにしても、日本が過去10年、20年
の間に失ったものは大きい。
今や日本人は生活水準において、世界で
20番目くらいに落ちている。20年前に
国民一人当たりの所得が世界1、2であった
面影すらない。
得意分野だった自動車、電機などで韓国や
中国に追い上げられたから、というのが定説
のようだが、それはどこの先進国でも同じ
だから、日本人の生活水準が落ちたことの
理由にはならないと思う。
私の仮説は、この20年間日本が資本主義的な
競争にそっぽを向いて来たことが、失われた
10年、20年の最大の原因ではないか、という
ものである。
資本主義経済は欠陥だらけのものだ、と
言われても仕方のないものだろうが、きわめて
活力に富んでいる。その活力が国民所得の
増加をもたらす。
日本が第二次大戦後、世界に類のない経済成長
を成し遂げたことは事実で、その成功には立派な
理由があったはずだが、そうした力は成熟経済
と世界的な競争下では非力だった、ということ
なのだろう。
資本主義的な活力を使う以外に、日本の
失われた20年を取り戻す有効な方策は
なかなか考えられない、そう思う。
市場資本主義については、「日本的良さ」が
失われる、と言って拒否する人が多い。
しかし、日本人の生活水準がどんどん
低下しないと保つことのできない「日本的良さ」
などというものが、本当に守るべきものなのだろうか?
国民の生活コスト(特に住居費と食料費)を
下げるための政策を真剣に実施する、とか、
どう見ても十分でないセーフティネットの充実
に政府がもっと真剣になり、通常の経済活動では
思い切り市場資本主義的な方向に走らせる、
そうするべきだろう。
突飛な言い方だが、私は個人の税金の申告で
会社員などの源泉徴収制度を一切やめて、
全員が原則所得税の申告をする制度に変えたら
いいと思っている。
そうすることで、国民の多くが自分が日本経済に
おいて「確かに活動している」実感を持つ。
規制緩和も大事、財政再建も重要、小さな政府
を目指すことも不可避だが、もっとも重要なことは
国民の活力である。
国民が思い切り経済において活躍するよう仕向ける
ことがきわめて重要であるということに異論はない
だろう。