小倉金栄堂の迷子(13) 谷内修三 | 詩はどこにあるか

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 何が買ってほしいか、と聞いたら「ハンカチ」と答えた。「白い、やわらかなハンカチ」と言いなおした。そのときの、秘密めいた声を思い出しながら、陳列棚を見つめていることばは、幾枚ものハンカチに触って感触をたしかめるかげりのない指先と、かげりのない目の色を見ていた。店員が離れていこうとしたとき、「これがいい」とひきとめた。特別に、青い糸でイニシャルを入れてもらった。それから何分後か。そのハンカチをつかったときの、ことばの指の動き。ハンカチを買ってやったことばは思い出していた。指とハンカチ。ハンカチと指。どんな汚れもない。汚れがあるとしたら、あの青いイニシャルだ。ポケットから取り出し、しずかに、ゆっくり広げる。イニシャルの青い糸が見える。そのイニシャルが見えるようにして、ハンカチをひろげたことばは、指を拭いたあと、濡れた床にハンカチを落とした。わざとだ。ハンカチが落ちていくのを見ていることを意識しているように、ハンカチはふわりと舞って、なまめかしい皺を見せた。「白い、やわらかなハンカチ」とつけくわえた声のようになまめかしい秘密。水にぬれて形をかえるその皺のなかで、ひとところ色がかわったところがある。罪の色。それを見るように、目で合図を送ってきた。どうしていいか、わからなかった。「また、白いハンカチを買ってほしい」そう言って、ことばは本のなかへ帰っていった。扉の向こうから足音が近づいてきたので。