石毛拓郎「平凡な夜に」 | 詩はどこにあるか

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石毛拓郎「平凡な夜に」(「飛脚」25、2020年08月15日発行)

 もう一篇、「引用のある詩」。石毛拓郎の「平凡な夜に」。

家人にからみついた孫の かすかな寝息がする
気になっていた
荒川洋司の「スターリングラード」という現代詩に
蒸し暑い光を当て 眼を通してみる
空自・入間基地方面は うるさいが
「スターリングラード」の中では
新たな世界がうまれてくる

 「ああ露語をくだけば
  長い名前は
  こきざみな香水となり 枝をたわめて
  貧しい軒に ふりまかれたであろう」

突如 頭上に大型の遠距離輸送機の
せっかちに響く 重低音が迫ってくる
今夜も いやな感じね!
眠りを妨害された 家人の声だ

 さて。
 石毛家の情景は、わかった。私が気になるのは「眠りを妨害された 家人の声だ」の「妨害された」ということばである。家人が「遠距離輸送機の音」に「妨害され」て、眠れないと苦情を言っているというのが、ここに書かれている「そのまま」のことばである。
 でもさあ。
 「妨害された」と家人が言っているわけではない。「いやな感じ」を「妨害された」と石毛は「翻訳」している。「翻訳する」(自分のことばで言い直す)というのは、ほんとうは自分のいいたいことを他人のことば(引用したことば)を借りて語りなおすことでもある。
 「今夜も いやな感じね!」には「引用符(鍵括弧)」はついていないが、これもまた「引用」なのである。
 「引用(荒川の詩)」と「引用(家人のぼやき)」が一緒に存在し、石毛がひっぱりまわされている。
 「引用」に「遠距離輸送機の重低音」をつけくわえることができるし、また「孫の かすかな寝息」もつけくわえることができる。
 いったい、石毛は何を書きたいのか。
 私は「妨害された」ということばを書きたいと思っていると読んだのだ。「妨害された」は、「妨害された」ということばになる前は「気になる」ということばで書かれている。家人の言う「いやな感じね!」は「気になって、眠れない」と言い直してみれば「気になる」と「妨害された」が同じことばだとわかるだろう。
 そして、同じことばだが、言っている人が違うという微妙なことが起きていることもわかるはずだ。だからこそ、私は最初に「妨害された」は「家人のことばではない」と指摘したのだ。入り乱れているのだ。さらに深読みすれば、孫も荒川洋司も「妨害された」と思っているかもしれない。みんなそれぞれ独自の世界を生きているのに輸送機の重低音に時分の世界を「妨害された」と感じているだろう。
 こういうことを書くとうるさくなる。そして、私がいまつかった「うるさい」ということばも、石毛の詩の五行目に書かれている。「妨害された」を言い直せば「いやな感じ」というよりも「うるさい」の方がもっと「リアル」かもしれない。
 「かすかな」ということばを書いた瞬間から「うるさい」はひそかに予感されていて、それが「いやな感じ」にかわり「妨害された」と明確になる。どこまで意識化されているかわからないが、そういう「ことばの運動/ことばの肉体の動き」がこの詩にある。
 こういう「交錯」は「かすかな」寝息の「かすかな」と荒川の詩の「小刻みな香水」の「こきざみ」の重なりにも見られる。孫の寝息のこころを引きつける「かすかな感じ」と荒川の詩の中にある「かすかな動き(小刻みな香水)」が輸送機の重低音によって台無しにされ(といっても、孫は目を覚ますわけではないし、荒川のことばが違ったものになるわけではない)、それが「うるさい」「いやな感じ」「妨害された」をさらに明確にする働きをしている。

 あ、こんなことを書けばますます「うるさく」なり、石毛の詩(ことばの運動)」を「妨害する」だけかもしれないが。
 でも、書き始めたらやめられない。
 でも、もう書いてしまったとも言えるから、やめてしまおうか。
 詩の後半は、こうである。

いつかの夜 眠気を裂いて
擦過していった戦闘爆撃機が
影の声を 黙らせた
沖縄島嶼の上空で トラブル発生!
入間基地を飛び立っていった
練習機の不時着事故
ああタイミングがよすぎて 笑えない

今夜 どうして現代詩を読むのかい?派の
やれ 詩句の構成がよいだの
やれ 悪いだの
やれ 素敵だの
今夜も いやな感じね!

 「すでに
  孤独を使い切る
  籠の底の
  野菜のとんがりのように」

スターリングラード駅近くの大地に
今 爆撃機は飛んでいないが
かれの起死回生 復活待望の声が
やたらと うるさい!

 この後半で読むべきは「影の声」と「復活待望の声」の関係だろう。その中間にはさまった「黙らせた」と「今夜も いやな感じね!」の関係だろう。いったい何を批判しているのか、黙らせようとしたのか。「黙らせる」には「妨害する」という「意味」もあるから、なかなか複雑である。「戦闘機(の爆音)」か「戦闘機批判」か、「今夜 どうしても現代詩を読むのかい」や、さまざまな愛憎のからむ「現代詩批評」か。
 どう読んでもいい。私は、どこまでもどこまでも「深読み」して、わけのわからな細部の「連絡網」を入り込んで行くことを好むのだが、これやると前半に書いたこと以上に長くなる。どうしても、前半へも引き返して、もう一度ことばを「根っこ」から引き抜いてみたくなるからね。
 だからそれはやめて。
 最後の「やたらと うるさい!」の「うるさい」が五行目に出てきたことだけは忘れないでほしい、と書いておく。
 きのう読んだ愛啓浩一の詩が「みんなが考えたのだろう」といううさんくさい思考で終わったのに対し(愛啓は他人になりきれず、かといって自己を何がなんでも主張するわけでもなく終わったのに対し)、石毛は「うるさい」と全部を否定することで「自己」に帰る。
 何もなかったことにするというと変だが、いつでも、零から出発できる地点を確立する。「引用」して「引用」に流される(引用に棹さして、というかもしれないが)。その果てに「他人」になるのではなく、「引用」を通過して「自己にもどる」。私とは何なのかを問いつづけて、素裸にもどる。

 石毛は「かたすみの身体への想像力」という「批評」も書いている。石毛の批評の特徴は、批評対象に触れながら、先人の思想を「纏う」のではなく、知らず知らずに着込んでしまった自分の「衣裳」を脱ぎ捨て、裸になるところにある。この裸というのは、若者ならともかく、七十近い(超えている?)男の場合は、みっともないものである。でも、私は「流行の衣裳」で勃起しない性器を隠している批評よりも、私はこんな性交をしてきたとあけすけに語る石毛の素裸のあり方に親近感を覚える。だれのことばとどう交わり、どう感じてきたか隠すところがない肉体を美しいと思う。






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