
監督 ペドロ・アルモドバル 出演 アントニオ・バンデラス、アシエル・エチェアンディア、レオナルド・スバラーリャ、ペネロペ・クルス
ペドロ・アルモドバルの映画は絵画(色)と音楽が強烈だ。この映画でも色が鮮やかだ。そして、その色の鮮やかさが最後に光に変わる。そこに、この映画のすべてがある。
有名監督が、肉体の痛みに苦しんでいる。栄光はあるが、新しいことは何もできない。ただ生きているだけ、という状態だが、こういう状態をさらに苦しめるのが「過去の栄光」というものなのか。栄光を思い出すが、気分は晴れない。過去を思い出せば出すほど、つらくなる。
それが、最後の最後の瞬間。
アントニオ・バンデラスは一枚の絵を見つける。そこには幼い自分が描かれている。太陽の下で本を読んでいる。それを見たとき、アントニオ・バンデラスは「最初の欲望」を思い出す。
家の修理をしている若い男。(この男が、少年時代のアントニオ・バンデラスを描いたのだ。)仕事をして体が汚れたので、水を浴びる。その姿を少年は、ベッドでうたた寝しながらみつめている。健康な体に水しぶきがはねる。光が散らばる。若い男が体の向きを変えると、体に隠れていたペニスが見える。「タオルをとってくれ」。少年はタオルを持って若い男に近づく。正面からペニスが見える。少年は、気を失う。
日盛りの下で本を読んでいた。熱射病が原因だが、それだけではない。少年は、そのときはじめて「欲望」を知ったのだ。「el primer deseo 」は「欲望の最初」と訳したい感じがする。少年は、自分に「欲望」というものがあったと知る。「欲望」を発見するのだ。
それは太陽の光そのもののように輝かしい。
映画の冒頭、アントニオ・バンデラスはプールに沈んでいる。背中の痛みをやわらげるためなのだろうが、この不思議なシーンは、最後の「欲望」の発見の「水」ともつながっている。少年は「欲望」を発見しただけてはなく、「欲望」のなかに自分の理想像をみたのだろう。水をはじいて、きらきら輝く肉体。
しかし、少年は、成長し、その欲望のままに生きるわけではない。欲望を殺し、「愛」に生きる時代もあった。薬物中毒に苦しむ恋人に寄り添い、旅をする。恋人が薬物中毒から立ち直るのを待って、マドリッドに帰ってくる。そういう時代があった。
その後、その恋人との生活を何度も映画化している。それは忘れられない「祝祭」であり、「栄光」よりも輝かしいものに違いない。その「忘れらない」感情を、体力が落ちたいまは「芝居」にしている。それを演じるのは、一度は仲違いした役者であり、それを昔の恋人が偶然に見て、主人公は自分だときづく、というシーンもある。
私の書き方は逆になったが、映画は、いまと過去を交錯させながら、最後に「最初の欲望」を発見するという展開になっている。そういう展開だからこそ、最後の「欲望」の発見が、とても美しい。
この「欲望」の発見は、また、「欲望の法則(La Ley del deseo)」を思い出させる。アントニオ・バンデラスが出演した。「Dolor y gloria」という原題も音が美しいが、タイトルは「el primer deseo 」の方がよかったのではないか、と私は思った。この文字がパソコン画面をさっと横切っていくシーンも非常に美しかった。
(キノシネマ天神、スクリーン2、2020年06月19日)
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