木村孝夫『福島の涙』 | 詩はどこにあるか

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木村孝夫『福島の涙』(モノクローム・プロジェクト、2020年06月01日発行)

 木村孝夫『福島の涙』。「宿題」という詩。


バスツアーの
観光スポットにもなっているようだが
悲しみを共有する時間が足りない


 「観光」では「悲しみは共有されない」。木村は、しずかに怒りを込めて書いている。「時間」は、どの場所にも、あるいはだれにでも「共通」のものとして存在しているようだが、そうではないのだ。「時間」は、「そこ」にしかない。「そこ」に生きるひとには、「そこ」に生きる「時間」がある。「観光」は「観光客の時間」を過ごすだけである。福島の風景をみつめて何かを感じたとしても、それは「共有」にはならない。「悲しみ」を「共有」したと思うのは観光客の錯覚である。「時間」が「共有」されていないのだ。
 だが、「時間」が「共有」されるということはありうるのか。ありえないことなのである。「時間」のかわりに、人間は「記憶」を「共有」する。「歴史」を「共有」する。つまり、「ことば」を「共有」する。


悲しみを共有する時間が足りない


 そう叫ぶ木村の「ことば」を私は私の肉体に刻み込む。それだけでは足りないと木村は言うだろう。しかし、いま、私にできるのは、それだけである。
 私は福島には一度も行ったことがない。これから先も、行く、とは言えない。だから、せめて、「悲しみを共有する時間が足りない」という「ことば」をとおして、木村に会った、と書いておくのである。

 「満月」にも、忘れられないことばがある。


津波の行方不明者の数は
減ることはない
この数を一人でも減らしたいと
月命日になると
海岸線の一斉捜索が行われる


 「行方不明者の数は/減ることがない」とは、「行方不明者が、新たに発見されることはない」という意味である。そして、それは「死者」の数が「増える」ことがないということである。
 「行方不明者」が「生きている」という可能性は、もう残されていない。残れさているのは「行方不明である死者」を探し出し、遺族のもとにとどける、という可能性だけである。「悲しみ」を「絶望」に変えるという残酷な可能性しか残されていない。残酷だけれど、その残酷に向き合うというのが「時間」のなかにある唯一の求められるものなのだ。求めなければならないものなのだ。残酷と絶望をあきらめない。それは「悲しみ」を取り戻すということでもある。人間としての「悲しみ」を取り戻さない限り、人間にはもどれない。父にはなれない、母にはなれない、子どもにもなれない。

 「絶望」から「悲しみ」へ。
 その瞬間、まぼろしのように「よろこび」がやってくる。「肉親に会えた」。そして、それは再び「悲しみ」を呼び覚まし、「絶望」へと人間を追いやる。しかし、その「悲しみ」から「絶望」への「体験」こそが、「行方不明者」の親や子(関係者)が求めているものなのだ。
 人間の思いは「矛盾」している。つきつめてことばにしようとすると、どうしても「矛盾」のかたちでしか言えないものがあらわれてくる。
 その矛盾を、私は、忘れない、と書いておく。




*

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