嵯峨信之『小詩無辺』(1994)を読む(25) | 詩はどこにあるか

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* (言葉はだれかが脱ぎ捨てた影だろう)

火をつけると
白い片翼のように輝く

 「火をつけると」と書いてあるが、火はついている。それに気づいたひとがいるとき、ことばは燃え上がる。
 しかし、ここでもまた、「比喩」は入れ替えて読むべきなのだ。
 「だれか」を「だれかのこころ」と補って読めば、「言葉」に「火」つけるのは「こころ」である。これを入れ替えて、「こころ」に火をつけるのが「ことば」であると読む。それは時として意図されたものではない。「捨て」られたことばが、ときには、それを拾ったひとのこころに火をつけることもある。











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詩集『誤読』は、嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で書いたものです。
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