嵯峨信之『小詩無辺』(1994)を読む(14) | 詩はどこにあるか

詩はどこにあるか

詩の感想・批評や映画の感想、美術の感想、政治問題などを思いつくままに書いています。


偶成二篇

運命の前にあるはずの時が
空をもとめて遠くいづこかへ去つていつたのだ

 抽象的な二行だ。
 「空」には「くう」とルビがふってある。「運命」は「運命」ではなく、強い願いだろう。そうあることを強く願っている、けれどその願いを裏切るように「時」は遠くへ去って行った。このときの「時」は叶わぬ願いであり、期待した「運命」だといえる。つまり、「運命」と「時」を、嵯峨は、わざと入れ替えて書いている。
 この瞬間、あるべきはずの運命が遠くさって行った。運命に裏切られた。
 しかし、そんなふうに自分の思いのままにならないものこそ「運命」かもしれない。

むかいあつて立つている二人は何だろう
それぞれは何処からいつここへ来たのか







*

詩集『誤読』は、嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で書いたものです。
オンデマンドで販売しています。100ページ。1500円(送料250円)
『誤読』販売のページ
定価の下の「注文して製本する」のボタンを押すと購入の手続きが始まります。
私あてにメール(yachisyuso@gmail.com)でも受け付けています。(その場合は多少時間がかかります)