地球のどこかに
何処へも歩きつけない一すじの道がある
「歩きつけない」。どこへもつかないとしたら、その道を歩いている人はどうなるのだろうか。
道に「なる」。
嵯峨は、道が「ある」と書いているが、その「ある」は歩いている人にはわからない。道に「なる」の「なる」も歩いている人にはわからない。
それが何かわからないけれど、「なる」ということが「ある」のが詩だ。
私は、嵯峨のことばを、こう書き換えて読む。
地球のどこかに
何処へもたどりつけない一篇の詩がある
*
詩集『誤読』は、嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で書いたものです。
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