嵯峨信之『土地の名-人間の名』(1986)(37) | 詩はどこにあるか

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* (ぼくはよろめいた)

ぼくはよろめいた
地球の大きな影につかまりそうになつた

 なぜ「よろめいた」のか書いていない。
 二行目は一行目の結果かもしれないが、私は逆に読んでみる。二行目が「原因」であると。
 地球の影につかまりそうになる、というのは「気づき」である。自分やまわりにあるものの影ではなく、地球そのものにかげがあると気づいた。気づきの衝撃が嵯峨をつかまえてしまう。それからのがれようとして「よろめく」。
 「よろめく」には自分の力を超える何か、自分ではどうすることもできない何かを感じさせるものがある。








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詩集『誤読』は、嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で書いたものです。
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