池澤夏樹のカヴァフィス(149) | 詩はどこにあるか

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149 彼は品質を訊ねた

 若い男が雑貨店に入っていく。働いている男の姿に引かれたのだ。そして、


彼はハンカチの品質を訊ね、
値段を聞いた。欲望で喉がつまり
ほとんど声も出なかった。
同じ口調で答えが返ってきた。
心乱された、かすれた声が
ひそかな同意を伝えた。


 この四連目にカヴァフィスの「声の詩人」の特徴が出ている。欲望すると、声が変わる。それは相手に伝わる。欲望が聞こえてしまう。そして、相手の声も変化する。
 「美貌」については、


街路をゆっくりと歩いた。人目を惹くほどの
美青年。今、官能的な魅力の
頂点にあることが一目でわかる。
一か月前に二十九歳になったところ。


 と、紋切り型(常套句)で手早くスケッチしているのに比べると、非常にリアルだ。
 これは、すでにセックスそのものである。
 
 池澤は、こう書いている。


 同性愛者同士の出会いが主題だが、異性愛ではこんなにドラマチックにはならない、というのはぼくの偏見か。彼らの場合は同類であると互いに識別するだけで仲が始まるようなのだ。いや、やはり美貌が力を貸しているのか。


 そう単純化はできないと思う。
 ルイ・マル監督「ダメージ」は、性の嗜好が一致すると瞬間的にわかり、関係をつづけ、破滅していく男と女を描いている。リリアーナ・カバーニ監督の「愛の嵐」も瞬間的に互いを識別し、愛というより愛欲が燃え上がる。もちろん「美貌」も影響しているが、ひとが相手の何に反応するかは、ひとりひとり違うだろう。
 愛や性を、異性愛、同性愛で区別しても何も始まらないだろうと思う。
 異性愛者であっても、「声の調子」で相手の欲望に気づくことがあるだろう。耳で官能に目覚める人間もいるだろう。






 



 


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