池澤夏樹のカヴァフィス(141) | 詩はどこにあるか

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141 シノビへの行軍の途中

 「ミトリダテス、栄誉に満ち力に溢れる王」が、シノビへの行軍の途中、自分の運命を占わせる。


だが、王は今あるもので満足なさるがよいらしい。
それ以上を求めるのは危険です。
必ずこうお伝えください--
今あるものでよしとなさい、と。
未来はいきなり変化するもの。
ミトリダテス王にお伝えください、


 「今あるものでよしとしなさい」と「お伝えください」が繰り返される。「今あるものでよしとする」というのは、いわば俗世間の知恵である。占いは、たいていこう言っておけば充分だろう。もし幸運が舞い込んだら、よかった、と大喜びすればいい。占いが外れたとはだれも思わない。不幸が舞い込んだら「やはり、あれこれ望んだのがいけない」と反省する。占いどおりにすればよかったと後悔する。ひとは誰でも欲望に引きずられる。いつだって「今あるもの」以上をもとめてしまうから、この占いは外れるはずがない。
 そういう俗世間の知恵を、


未来はいきなり変化するもの。


 この一行がすばらしい哲学に変える。いや、俗世間の知恵によって、この一行が哲学に変わるのか。どちらか、わからない。
 これもまた占いの名言だ。
 カヴァフィスは、こういう「常套句」の組み合わせがとても巧みだ。「常套句」のなかには、ことばを生み出した「事実」がある。

 池澤はの註釈。


ここにある占い師のエピソードはおそらくカヴァフィスの創作


 創作だろうけれど、ことばと言い回しはカヴァフィスがひととの出会いのなかで耳にしたものだと思う。占い師にこう言わせたい、というのではなく、どこかで聞いたことば。耳を澄ませば、あらゆる占い師から聞こえてくることば。カヴァフィスは街中から聞こえてくることばを「常套句」に結晶させる。巷に流通しているものを「常套句」と言うのだが、カヴァフィスは詩に書くことで、ふと聞いたことばを「常套句」に育て上げる。


 


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