135 詩に巧みな二十四歳の若者
頭脳よ、いまこそ働きを見せてくれ。
片思いの情熱に身を滅ぼしそうなのだ。
この事態に気も狂わんばかりなのだ。
毎日、彼は熱愛する顔に口づけし、
彼の手はあの美しい肢体を愛撫する。
これほど深く愛したことはかつてなかった。
「彼」とは誰なのか。「私(カヴァフィス)」が愛した相手なのか。「彼は」「口づけする」「愛撫する」。「これほど深く愛したことはかつてなかった。」の主語も「彼」だろうか。
そうは思えない。
書き出しの「頭脳よ」が問題だ。「彼の」頭脳ではないだろう。他人の頭脳に向かって呼びかけることはない。
「頭脳よ」という呼びかけには、「頭脳」を自分から切り離し、客観化する視点がある。その「自己客観化」を引き継いで、自分のことを「彼」と呼んでいるのだろう。
「片思いに」「身を滅ぼしそう」「気も狂わんばかり」というのも自分自身の客観的な描写だ。主観だが、主体を突き放してみている。「身が滅びそう」「気が狂いそう」ではない。
池澤は、タイトルに註釈をつけている。
「詩に巧みな」という部分、直訳すれば「言葉の職人」となる。
この註釈を参考にすれば、「頭脳よ」と呼びかけられているのは「ことば」と言いなおせる。「ことばよ、今こそ働きを見せてくれ。」詩の力で恋人を虜にしたいのだ。そう読み直すと、「彼」がカヴァフィスの「自画像」であることが、さらにはっきりする。唇は恋人の唇に触れた。手も恋人の肢体に触れた。でも、「こころ(愛)」には触れてはいない。「こころ」は一体になっていない。
あこがれの唇に口づけをし、
すばらしい肉体に心をときめかす。だがわかっている、
自分はただ黙認されているに過ぎない、と。
この三行には、詩の力で恋人と一体になりたいというカヴァフィスの「焦り」(欲望)が動いている。
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