池澤夏樹のカヴァフィス(81) | 詩はどこにあるか

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81 アレクサンドリアの人アイミリアノス・モナエ 紀元六二八--六五五


言葉と外見とふるまいによって
立派な鎧をつくってやろう、
そうして悪い人間どもと対面しよう、
無力を恐れる必要はなくなるだろう。

奴らはわたしを傷めつけようとする、しかし
わたしに近づく者の誰とて知るまい、
わたしの傷口が、弱いところが、いずこにあるかを。
すべてが虚偽でおおわれているのだから--


 池澤の註釈。


主人公は実在の人物ではない。こう奇妙な処世方針を立てるのはやはり若い人間のすることだろう。


 二十七歳で死んだことがわかっているのだから「若い人間のすることだ」で何を言いたいのかわからない。言う必要がない。
 なぜカヴァフィスは架空の若い人間に、こういうことを言わせ、なおかつ二十七歳で死なせてしまったのか。
 そこにはカヴァフィス本人が描かれているのではないだろうか。
 「言葉と外見とふるまい」によってカヴァフィスは「傷口(弱いところ)」がどこにあるか隠してきた。二十七歳までは。しかし、その後は隠すことをやめた、ということではないだろうか。
 このとき「死んだ」はどういう意味をもつだろうか。
 「傷口」を隠していた人間が死んだのであり、「傷口」をさらけだして生きるようになったという具合に受け止めることはできないか。
 私は「伝記」というものに興味をもったことがない。カヴァフィスがいつ、何を書いたかも関心がない。しかし、この詩を読むと、二十七歳の頃、カヴァフィスは「生き方」を変えたのだろうと思いたくなる。「傷口」を「傷口」ではないと悟って生き始めたと読みたい。カヴァフィスにとっては二十七歳以前は「架空」の人間だった、と「誤読」したい。


 


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