74 肉体よ、思い出せ……
「肉体よ、思い出、」と詩は呼びかけて始まる。
おまえを見る眼の中で
輝いていたあれらすべての欲望を、
ふるえていた声を--偶然の障害が
彼らの邪魔をしたのだ。
今となってはどれも過去の話、
まるでそれらの欲望にもおまえが
身をまかせたかのようにさえ思えてくる--あの輝き、
思い出せ、おまえを見る眼の中の輝きを、
おまえを求める声のふるえを、思い出せ、肉体よ。
この詩でも同じことばが繰り返される。モーツァルトの音楽のように、それは繰り返し繰り返し押し寄せてきて、肉体を酔わせる。繰り返しによって、体験していないのに、体験を反芻しているような錯覚に陥る。
音の魔力がある。
池澤は、
偶然の障害に邪魔されないかぎり、彼はいつも身をまかせていたかのようだ。
という註釈をつけているが、余分だろうなあ。
身をまかせなくても、想像するだけでもセックスなのだ。想像したことを「思い出せ」と肉体に呼びかけている。それもまたセックスだろう。
しかし、この詩の、
彼らの邪魔をしたのだ。
の「彼ら」とはだれのことだろう。「まるでそれらの欲望にもおまえが」のように、「それら(の欲望)」と訳さなかったのはどうしてなのだろうか。「彼ら」ということばは、どうしても「人」を想像させる。
「偶然の障害」が「あれらすべての欲望を」「邪魔したのだ」と、私は読みたい。
「邪魔された欲望(かなえられなかった欲望)」を思い出せ、と肉体に呼びかけていると読みたい。
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