池澤夏樹のカヴァフィス(55) | 詩はどこにあるか

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55 マヌエル・コムネノス


 死期を間近にした皇帝マヌエル・コムネノスを描いている。皇帝は、


そして僧院から教会の衣裳を
取り寄せるようにと命じた。
皇帝はよろこんでそれを身につけ
僧か司祭のようなつつましい姿になった。


 「つつましい」という形容詞が気持ちいい。
 僧、司祭の衣裳は皇帝の衣裳に比べればつつましいだろうが、それでも豪華なものもあるだろう。わざわざ「つつましい」と書き加えているのは、それがほんとうに「つつましい」ものだったからだろう。
 もちろんカヴァフィスはその衣裳を見ているわけではない。
 だから、この「つつましい」はカヴァフィスのフィクションである。フィクションには詩人の「事実」が反映される。
 カヴァフィスがどんな衣裳で死期に臨んだだのかわからないが、この皇帝のような姿を望んだのだろう。
 池澤は、ギボンを参照しながら、マヌエル・コムネノスは


きわめて勇猛な戦士王であると同時に快楽の追求者であり、


 と紹介している。
 カヴァフィスは官僚であると同時に快楽の追求者。快楽の追求は、どこかに「つつましい」何かを隠している。つつましさがないと快楽は快楽にならないのかもしれない。つつましい、というのは、きっと「信仰」に対してつつましいということだろう。
 最後の三行は、そう感じさせる。


信ずる者は幸いである。
そしてまた皇帝マヌエルの如く
つつましい信仰の衣裳を着てみまかる者も。


 「信仰」はあくまで「個人」のものである。個人の尊厳の問題である。快楽もまた個人のものであり、他人が口をはさむ必要はない。他人の批判を気にすることはない。




 


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