池澤夏樹のカヴァフィス(36)  | 詩はどこにあるか

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36 戻っておくれ


時おりは戻ってきてわたしに憑いておくれ
愛しい感覚よ、時おりは戻ってわたしに憑いておくれ--
肉体の記憶が目覚める時に、
昔の欲望が血の中をめぐる時、
唇と肌が思い出す時に。


 池澤は、こう書いている。


 老人と官能という、それぞれにカヴァフィスがよく扱った主題がここで結び合わされる。


 問題は、なぜ、カヴァフィスが「老人」を描いたか。
 ことばは、いつでも「先取り」をする。体験を書くというよりも、ことばで先に体験してしまう。そして、そういうときの体験というのは、多くの場合、敗北や失敗である。成功を先取りしてことばにすることは少ない。
 なぜだろう。
 成功や栄誉を先取りして書けば「うぬぼれ」になるからだろうか。自信過剰を嫌われ、叩かれるからだろうか。

 しかし、こういうことを書くとき、詩人はたいていは「失意」のなかにはいないだろう。むしろ悦びの中にいる。官能の中にいる。ただし、そこには幾分、下降期の倦怠があるかもしれない。
 失意を先取り体験することで、ほんとうの体験にそなえているのかもしれない。





 


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