藤井晴美『量子車両』(七月堂、2018年12月31日発行)
藤井晴美『量子車両』は、誰にも受け止めてもらえないことばで書かれている。どのことばにも「意味」はある(と、思う)。しかし、その「意味」を共有したいとは、私は思わない。「無意味」のまま、そこにほうりだしておきたい。「無意味」であってもことばは存在する。その「強さ」を、そうやって感じたい。
私は何を書いているのか。
たぶん、何も書いていない。
「スクリュー」という詩がある。一行ずつ、ことばが動いていく。一行じゃないところもあるのだが、基本は一行一連になっている。その作品の45ページ。
性器が重たくて
これが、私は気に入った。
ことばでしかない。
ことばとして、そこにあるしか、ない。
誰かが、助けてくれるわけではない。でも、ことばは、そこにそうして、ある。そういうことばがある。
気に入ったが、これは「共感」とは違う。
「ポルノ」という詩も好きだ。書き出しのポルノ写真、母かもしれない、叔父かもしれないという部分もいいが、それよりも。
小学生のぼくは時々、よその家にもらわれていきたいと思った。殊に夕方、
どこか通りを歩いていて家からオレンジ色の明かりが漏れているのを見たりす
ると。そこに本当の自分がいるような気がした。たとえばミッキーに扮した私。
こういうことは、小学生なら誰でも一度は思うことかもしれない。そして、それは、ことばとして、ことばだけがずっと存在し続けるようなものである。「いま」とは結びつかない。大人になってからも「よその家にもらわれていきたい」と思う人はいないだろうし、それをことばにすることもない。では、なぜ、そういうことばは小学生のとき存在したのか。わからない。わからないけれど、もしそういうことばがことばとして「思い」のなかで動かなかったら、世界はまったく違ったものになるだろうなあ、と思う。これは、違った世界になってもらっては困るという意味だが、なぜ困るのか、やっぱりわからない。
藤井のことばは、何か、そういう変な感じをえぐりだす。
「よくアパートのドアのところにいる黒い猫の話」も好きだ。短いので、全行引用する。
「かた子ね、あれは実は私の妹なんだよ」
「まさか、じゃ、あの小説は実話だと……」
富士額の異様な赤ら顔の男、「ぼくはサルですよ」と自嘲気味に言ってアッ
ハハハッと大声で笑う。それは自然な笑いではない。彼の詩の言葉のようにど
こかぎくしゃくして顎がズレている。
結局そういう現場は人々を醜悪にさせる。
「醜悪にさせる」かどうかわからないが、そこはたしかに「現場」である。
藤井は「現場」を書いている。「現場」には「いま」につながる意味もあれば、「過去」にしかつながらない意味もある。言い換えると、「いま」につながってしまうといやだなあ(それこそ醜悪だなあ)といいたくなるような意味がある。「未来」にもつなげたくない。
でも、人がどう思おうが。
そのことばはことばとして、存在する。「過去」に存在したのなら、「いま」も存在するし、「未来」にも存在する。
「時間」というものを超えてしまう。
手がつけられない。制御できない。そういうことばである。それが詩なのだと思う。
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