池澤夏樹のカヴァフィス(21) | 詩はどこにあるか

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21 足音


黒檀で造られ、珊瑚の鷹で
飾られた寝台で、ネロはぐっすりと
眠っている--何も知らず、静かに、幸福に。
その強健な肉体は若さの極み、
勢力に満ちあふれている。


 この一連目のことばの勢いと二連目のことば弱さの対比がおもしろい。


なぜなら彼らの耳におそろしい物音が、
階段を登ってくるすさまじい音が、
階段をふるわす鉄の足音が聞こえてくるから。
そのためあわれな神々は気も遠くなりかけ、
祭壇の奥へと必死で身を隠し、
たがいに押しあいへしあいしている。


 「なぜなら」「そのため」という「論理」のことばが全体を支配している。「神々」ということばが出てくるが、ここに描かれているのは神が命じた運命ではなく、人間が「納得」しようとした「倫理」が描かれている。「倫理」はことばの運動によってつくりだされる「社会の行動様式」のことである。
 詩の最終行、


あれは復讐神たちの足音だ。


 「復讐神」について池澤は、


エリニュエス。肉親を殺した罪(略)を追及する、ギリシャ神話の中で最も正義派の、執拗な、恐しい女神たち。(略)彼女たちがネロのもとへ来たのはネロが母アグリッピナを殺したからである。


 と書いている。神話は神がいるから生まれたのではなく、人間がつくりだしたひとつの「行動規範」、つまり「倫理」だろう。「肉親を殺した罪を追及する」というのは、人間の意識だろうなあ、と思う。
 詩の力点は後半にあるのだと思うが、私がいいなあと感じるのは、ネロを描写した前半だ。人間をもてあそぶ神の欲望がむき出しになっている。「倫理」がない。



 


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