新倉俊一『ウナ ジョルナータ』 | 詩はどこにあるか

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新倉俊一『ウナ ジョルナータ』(思潮社、2018年10月30日発行)

 西脇順三郎のことを、きのう少し書いた。新倉俊一を思い出した。『ウナ ジョルナータ』に「ある一日」という詩がある。


まだ神無月だというのに
アフロディーテやアテナイやら
女神たちがつぎつぎと
海を渡ってやってくる
そして冷たいゼフィロスに
つぎつぎと鮮やかなに色の
花束を部屋いっぱいに
吹き送らせるのだ
安酒場からファミレスへ
能の「六浦」から運慶の
上野へと連日のように
まさに移動祝祭日だ
だが運命の回転は惑星
よりも速いアイアイ
ささやかな幸運が
いつか訪れたら行こうと
心に決めていたあの
映画の題名のような店
Una Giornata はもう
無くなってしまい
わたしの夢の中にしか
残っていない


 「アフロディーテ」と「ファミレス」の同居、「アテナイ」と「能」の同居。「アイアイ」ということば。どれも西脇を思い起こさせる。西脇も書くかもしれないなあ、と思わせる。もちろん西脇とは違う。こう書くと新倉に申し訳ないが、西脇の方がもっと「音」が強い。活字にすれば同じものなのだけれど、「ほんもの」という感じがする。前後の音との響きあいが違うのだと思う。
 でも。
 きのう読んだ城戸朱理の嘘っぽさ(気取り)と比較すると、ぐっと「真実味(ほんとうらしさ)」が強い。特に、最後の五行が響きあっている。そこに西脇とは違う新倉の音楽がある。
 「無くなってしまい」を「わたしの夢の中にしか/残っていない」と言いなおすときの、静かさ。「心に決めていた」と「心」から始まったことが、「夢の中」と「夢」に変化している。「心」と「夢」は微妙に違う。その移行の動きのなかで行われているのは、店の確認なのか、自己確認なのか、判然としない。店と一体になっている。店について思うことが、新倉自身を思うことと重なっている。
 同じことが新倉の夢と心の中で起きるのだと思う。つまり、西脇を思うとき、そこに新倉が姿をあらわすということが。そのことを新倉は喜んで受け入れているように感じられる。西脇を押し退けて新倉を出さないといけないとは思っていない。西脇によって導かれた世界があるということを、淡々と書いている。「頭」で強引に整理しようとしていない。整えない。
 そこに新倉の「正直」がある。
 だから、誘われるようにして、「ウナ ジョルナーレ」か、と思わず声を漏らしてしまう。どこにあった店なのだろう。東京か。イタリアか。もう新倉の夢の中にしかないという店に行ってみたいなあ、と思ってしまう。それができたら新倉の心の中へ入っていける。そこで新倉だけが知っている西脇にも出会える気がしてくる。

 詩集の最後におさめられている「ウインターズ・テイル」はとても美しい。工藤正廣が書いていた少年パステルナークのように、それは新倉自身のことというよりエミリー・ディキンスンのことなのだが、繰り返し繰り返しディキンスンに触れることで、ディキンスンに重なってしまった部分が自然に動いている。好きな人になってしまう。誰かを愛するということは、自分が自分ではなくなってもかまわないと決心することだが、それを「決心」とも思わず、自然に重なってしまう。そこに新倉の「正直」があらわれていて、美しいなあと思う。ディキンスンが美しいのか、新倉が美しいのか、考えることなく、ただ美しいと思う。





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