高橋睦郎『つい昨日のこと』(28) | 詩はどこにあるか

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28 ヘルメスの実


浅い木箱いちめんに敷きつめた 無花果の葉
かち割り氷を散らして乗せた 黒紫の無花果の実
二十か三十か どれもびっしり露を噴いて
若い男が地べたに尻をついて 売っているそれを
箱ごと買って 午後の粘い日差の中を急ぎ
ホテルの部屋でひとり きりもなく食べた


 この六行は西脇順三郎のことばのように強い。事実が事実のまま、ことばになっている。無花果の美しさと「地べた」「尻をついて」という「生な生活」が強く響きあう。「野生」というか「野蛮」が光のように眩しい。その野生に刺戟されて、高橋は無花果を一箱食べてしまった。
 後半は、


ひょっとして さっき無花果といっしょに連れてきて
ベッドの上で あられもなく貪り食ってしまったか


 と「幻想」になる。
 ことばは「幻想」のなかで自在に動くが、その自在さゆえに「抵抗感」を失う。強さを失う。
 夢想は読者がすることであって、詩人は夢想してはいけない、いつも現実と向き合っていないといけないということか。