千人のオフィーリア(メモ36) | 詩はどこにあるか

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千人のオフィーリア(メモ36)

耳のなかに風の音がする
ドアを開けたとき、いっしょに入ってきた風の音が
まだ耳のなかで動いている
愛は残酷と笑った、
川を渡り木の間を通ってきたあの日の風

あの日、透明な匂いを残して出ていったけれど、
春がはじまる日、また戻ってきた
遠い鉄橋を見ているうさぎの聞いた風、
愛は美しいと嘘をついて
病院で生まれた赤ちゃんの泣き声が弾き飛ばした音、

風の音を追いかけて図書館の活字が並び順をかえる
風の音をまねして高速道路がカーブする
ように輝かしいタンクローリーが、
愛は破滅するもの。
耳のなかに螺旋階段が駆け下りて行く

耳のなかには誰も訪れたことのない部屋があって、
誰も聞いたことのない音がひしめいていて、
それは大都会のなかの地下室よりも小さくて、暗くて、
愛は悲しいと弱気になった
耳のなかに風の音は、その暗さが好き。