千人のオフィーリア(メモ10) | 詩はどこにあるか

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千人のオフィーリア(メモ10)

通り過ぎた。目印の前を。行き過ぎた。目印のないところまで。
誰もいないところまで。
遠くで蛙が腹を膨らませて鳴いている。蛙とわかる声で。
遠くから流れてきたオフィーリアはひとり言。
すると、

遠くから流れてきたオフィーリアに、
もうひとつの遠くから流れてきたオフィーリアが身を寄せて、
遠くを近くよりも近く、肌の裏側を逆撫でするように話しかけてくる。
--あの人は言ったの、オフィーリアよ、
  きみの目が一番美しいのは何も考えていないとき。
--あきれるわね、男はみんな同じことを言うわ。
--あの人は言ったの、オフィーリアよ、
  きみの目が一番美しいのはアイスキャンディーを嘗めながら遠くを見るとき。
--あきれちゃうわね、きっとこんなことも言ったでしょ。オフィーリアよ、
  きみの目が一番美しいのは、月の血が流れるのを見るとき。
--どうして知ってるの?
--あきれたわね。男は次にすることしか考えていなもの。
  できるか、できないか。それが問題だ。

それから、ゆっくり話し始める。できちゃった年増女が、
三百五十四番目のオフィーリアになって、満潮にのってやってきたのを確かめながら。
--女の目が一番輝くときは、目をつむって比較するとき。
  やわらかな指。錆びた剣。何も食べていない息。くさいおなら。
  抱かれながら、違う男を思うとき。
  その重さを、スピードを。
--女は恋人から母親になって、それからもう一度女になるの、
  という話なら、もうみんな知っている。
  それはきっと二番目のオフィーリアというガートルード。

ああ、声がうるさい。
近くと遠くがわからない。近くが近すぎと、遠く聞こえる。
いま、ここ、は、いつ、どこ?
待てよ、待てよ、おしゃべりオフィーリア。
ひとりの、最後の、沈黙のオフィーリアが離れて行く。





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