葵生川玲『アメリカわずらい』 | 詩はどこにあるか

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葵生川玲『アメリカわずらい』(視点社、2016年10月15日発行)

 葵生川玲『アメリカわずらい』はタイトル通り、アメリカをテーマにした詩集。ただしアメリカ礼賛ではなく、アメリカ批判。
 巻頭に「鳩」という作品がある。この作品が、私にはいちばん印象に残った。

   *
ゲージの中にハトがいる。

白いハト
首と尾に模様のあるハト
これら様々な、
数千羽のハトは理由も明らかにせず集められたものだ。
   *
キャンプ・コヨーテに配属された
八羽のハトの世話にあたる
笑顔の、オベイド軍曹(28歳)の薬指には指輪が光っている。
   *
一月にはニワトリ数千羽を配備したが、
世話の難しさなどから
大半のトリが死んでしまったという。

このハトは、
イラクのVXガスに怯える
米軍の、
「警報機」として部隊に届けられたものだ。

 炭鉱のカナリアではなく、戦場のハト。ガスに触れたら最初に死ぬ。その警報機。そういう「事実」に驚くが、その「事実」ではなく、

笑顔の、オベイド軍曹(28歳)の薬指には指輪が光っている。

 この一行に、私は「詩」を感じた。戦争とは無関係の、その無関係さ、あるいは無意味さに詩を感じた。
 ふいにまぎれ込んだ日常である。指輪は何の指輪か書いていないが、結婚指輪だろう。28歳だから新婚かもしれない。アメリカには若い妻がいるのだろう。ほんとうならハトの世話ではなく、若い妻の世話をしたい。そう思っているかもしれない。
 数千羽のハトは、想像するのが難しいが、八羽ならそれぞれに名前をつけて識別もできる。「日常」とは、そういうものだろう。その「日常」が、そのままアメリカの新婚生活へとつながっていく。オベイド軍曹に名前があるように、妻にも名前があって、たがいに呼び合っている。そのしあわせ。
 こういう瞬間に、「反戦」がある。「反戦意識」がある。ふつうの暮らしを生きるよろこび。そっちの方が大切なのに、と思う気持ち。
 それがぱっと噴出している。
 ここにある「名前」といえば「キャンプ・コヨーテ」だけである。イラクとは無関係の、かってにつけた「名前」。「名前」に含まれる残酷さ/暴力。
 それも、ぱっと噴出してきている。

   *
バグダッドに進軍する海兵隊の、
軍事車輛で運ばれる
ゲージの中のハトは、
何処にも、
飛んで行けない。

 けれど、若い軍曹の「想像力」はアメリカの新婚の妻のことろへ飛んで行く。「想像力」だけが飛んで行く。
 それは美しいがゆえに、悲しい。
   
葵生川玲詩集 (新・日本現代詩文庫)
葵生川玲
土曜美術社出版販売