2016年08月05日の読売新聞夕刊(西部版・ 4版)一面にとても奇妙な記事を見つけた。「天皇陛下「お気持ち」/首相コメントへ」という見出しがついている。
「生前退位」の意向を持たれている天皇陛下が8日にお気持ちをビデオメッセージで述べられることを受け、安倍首相が同日中にコメントを発表する方向で検討していることが分かった。
首相が直接コメントするか、文書で発表するか検討している。憲法が天皇の政治的な発言を禁じていることを踏まえ、コメントの表現について慎重に準備を進めている。
これは一連の「天皇生前退位」報道の続報なのだが。
07月13日の籾井NHK報道、及び14日の各紙朝刊には安倍のコメントはなかった。翌日14日の夕刊に短いコメントが載ったと私は記憶している。
その対応と比較すると、とても奇妙である。
天皇が何かを言い、それに対して安倍が何かを言うのは、特に変わっているとは思わないが、その「予告」をしているのが奇妙である。天皇の発言よりも、その後の安倍の発言の方に注目しろ、という感じではないか。安倍の発言の方に、重要性があると「予告」しているように、私には感じられる。
だいたい、だれかの発言に対してコメントするというのは、その発言を聞いてから考えることであって、前もって「準備」などしない。特に「表現」について「慎重に準備を進めている」というのが、なんとも不気味である。
天皇が何を言うと想定しているのか。どういう「ことば」が語られると想定しているのか。つまり、天皇に言わせようとしているのか。言わせたいことがあって、それに対してコメントする形で言いたいことが安倍にはあるから、準備するのではないのか。
「首相が直接コメントするか、文書で発表するか検討している」というのが、また、変である。言いたいことがあるなら、聞いてすぐに言えばいいだろう。準備しているなら、すぐに発言できるだろう。どちらの方が効果的かを安倍は考えているということだろう。
「憲法が天皇の政治的な発言を禁じていることを踏まえ、コメントの表現について慎重に準備を進めている」というのは、第一段落でいったことの言い直しなのだが、そこにわざわざ「憲法が天皇の政治的な発言を禁じていることを踏まえ」という文言を組み入れているところが、また不気味である。
これでは天皇が「政治的発言」をし、「憲法違反」をするということが前提になっている。天皇が「政治的な発言」をしないならば「憲法違反」にならないのだから、それをあらかじめ「踏まえ」、「コメントの表現について慎重に準備を進めている」というのは、なんとも「用意周到」である。
天皇の「ことば」から、何としても「政治的発言」につながるものを見つけ出し、それに対してコメントしようと待ち構えている感じだ。
私は一連の報道を、安倍と籾井NHKによって仕組まれた「罠」だと感じているのだが、読売新聞の夕刊を読むと、その「におい」がますます強く漂ってくる。
天皇が身内で(家族や宮内庁の関係者)と「生前退位」について語り合ったことがあるかもしれない。しかし、それはあくまで「身内」のこと。プライバシーというか、秘密というか、天皇の「思想と良心(内面)」の問題だろう。
「だんだん体がきつくなってきたなあ。仕事をかわってもらえないかなあ。いまのうちに、おまえに仕事を任せることは抱きないかなあ」というような話を、普通の父親が息子に話すように話したからといって、それは天皇の「政治発言」にはならないだろう。
一般国民のレベルで言えば、現行憲法第十九条「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」という「領域」のことだと思う。天皇にも「思想・良心の自由」はあるだろう。何を思っていようが、権力が、「そう思ってはいけない」とは言えないだろう。だいたい、何を思うかというこ(人間の内面)とは「侵すことはできない」。
そういうものを、「ことば」としてむりやり表現させ、その表現に対して、「それは政治的発言であり、天皇には禁じられている行為である」というのは、なんともむちゃくちゃな論理である。
もちろん天皇が、ある日突然、記者会見の席で「今のうちに退位して、皇太子に天皇の地位を譲りたい」と言ったいうのなら「政治的発言」になるだろうけれど、皇太子と二人で話し合っても「政治的発言」になり、許されないというのであれば、これは大変だね。だいたい、どうやって二人の会話を聴取するつもりなのかなあ。盗聴器でも仕掛ける?
いくらなんでも安倍が天皇に「罠」を仕掛けるようなことはない。そんなことをすれば「右翼」が放っておかない、という意見も聞くのだが……。私は、そんなふうに安倍を「甘く」見ていない。何でもするだろう。東京電力福島大一原発の状況を「アンダー・コントロール」と言い、「TPP絶対反対と言ったことは一度もない」と平然と言ってのける人間である。天皇に対しても嘘をつくことはなんとも思っていないだろう。
今回の「予告」は、安倍が天皇のことをなんとも思っていない証拠だろう。
本当に天皇のことばを聞く気持ちがあるなら、「天皇のことばを聞いてから自分が思っていることを考え直してみたい」くらいのことしか言えないだろう。その日のうちにコメントする、そのために「表現を検討している」などとは言わないだろう。