ジョン・カーニー監督「シング・ストリート 未来へのうた」(★★★) | 詩はどこにあるか

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監督 ジョン・カーニー 出演 フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、ルーシー・ボーイントン

 アイルランドの中学生の少年が、学校の近くで「美人」を見つける。こころを奪われる。なんとか近づきたい。で、「バンドをやっている。プロモーションビデオをつくるので出てほしい」と口走って、それから急いでバンドをつくる。
 その、どたばたがおもしろい。
 バンドをつくり、曲をつくりはじめる。そうすると、それにあわせて「感情」も動いていく。感情が動いて、それから音楽ができるというよりも、音楽をつくっているうちにだんだん自分の感情がはっきりしてくる。
 この変化が、最初の、つたない歌から、だんだん上手くなっていくのにあわせて、気持ちが強くなる。明確になっていくいく、という感じがなかなかいい。
 「音楽」が好きといっても、音楽狂いという感じでもない。アイルランド人は音楽好きだが、主人公の少年の音楽好きは、兄が音楽好きなので、それにひっぱられて音楽が好きという感じ。どの曲がいい、だれそれの演奏がうまい、と言うのも、実は兄の受け売り。自分自身の「実感」ではないのだが、兄が言っていたことを友達に言うと、友達が感心する。「あ、おまえ、音楽がわかっているじゃないか」。で、その友達の反応を見て、「兄の言うことは正しかったんだ」なんて納得する。
 主人公の少年は、もっぱら作詞とボーカルなのだが、その詩は、実際に体験したことの断片。それを音に乗せると、だんだん「ことば」が「実感」そのものになる。少女のひとみに光が射して、そのときひとみの色がかわる、表情がかわるということばを音に乗せると、体験が「物語」のように動き出す。自分の「物語」なのに、他人と共有する「物語」になる。他人は、最初は曲をつくってくれる友人、次に一緒に演奏する仲間、さらにそれが初恋の少女そのものへと「共有」されていく。
 音楽を聴いて少女は少年がどれくらい少女のことが好きかがわかるし、少年も自分の気持ちが少女に伝わっているらしいことが、わかる。
 でも、わからないこともある。
 少女にはボーイフレンドがいる。そのボーイフレンドと自分とを比べたとき、少女はどっちの方が好きなのか、「実感」がない。わからない。
 好きになった少女が「悲しい幸せ」と言う。これも、わからない。いや、これがいちばんわからない。少女が「悲しい幸せ」を味わっている。その瞬間に「生きている」と実感しているということが、わからない。
 「悲しい」と「幸せ」は反対の概念。そんなものが「ひとつ」になるということが、わからない。その「わからない」ことを手探りでさぐりはじめると、少年は、またひとつ成長する。
 少女がボーイフレンドと一緒にロンドンへ行ってしまった。ロンドンで捨てられ少女がダブリンにもどってくる。その、別れと出会いのなかで、少年は「バラード」をつくる。「きみを探している」という歌だ。「きみ」はそこにいる。でも、その少女が何を感じているかわからない。だから「きみを探している」は、「きみの気持ちを探している」であり、それは「自分の、どうすることもできない気持ちそのものをどうすればいいのか、探している」ということでもある。「きみを、そして自分を探している。見つからない。だから、悲しい。しかし、歌を歌っているとき、少女に会っている。きみを見つけているし、自分もここにいる。だから、幸せ」。そんな感じかな。
 みんな、バラードなんかには興味がない。演奏すれば、盛り上がったムードがしらける。わかっている。でも、歌いたい。歌わずにはいられない。そこにも「悲しい幸せ」がある。
 この歌(演奏)を少女はテープで聞きながら、演奏会へ駆けてくる。で、めでたくハッピーエンドなのだが。
 途中の、二人で島にピクニックするときのシーンが好きだなあ。はじめてキスをして、少し照れて、クッキーを食べる。照れ隠し。でも、またキスをしたくなる。少女もクッキーを食べているので(口の中にクッキーがあるので)、「待って」という。きちんとクッキーをのみ込んでから、キスをする。この、ちょっとばかばかしい手間が、初々しく、美しい。ふたりのタイミングをあわせるには、手間がいる。それが「肉体」の動きそのものとして、わかる。「共有」される。
 ほんとうのラスト、おじいさんの形見の小船でイギリスへ向かうシーンも好きだなあ。雨が降っている。よく見ない。大きな船にぶつかりそうになる。少女が「危ない」と声をかけ、少年が必死で舵を切る。船の上から客が見ている。その船を追いかけるようにして、イギリスへ向かう。あの船は、少し兄に似ている。そう感じさせるところが、なんとはなく、いい。
                     (2016年07月09日、KBCシネマ1)



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