彼は、私の言うことを聞かなかった/異聞 | 詩はどこにあるか

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彼は、私の言うことを聞かなかった/異聞

彼は、私の言うことを聞かなかった。
                 彼とは、私であるのだが。
彼は、光が壁に反射しながら入ってくる路地を音をたてずに歩き、階段のところにいる猫の、やわらかい毛をなでる手を見た。
彼の手は、私の目が、手を見つめることを知っていた。
しかし、私の目のなかで、彼の手と猫の毛が入れ替わるのを知らなかった。
やわらかいのは手の方であり、猫の毛の方が手の感触を楽しんでいる。

私は、彼の言うことを聞かなかった。私とは、語られてしまった彼のことなのだが、と書き換えると、「物語」ということばが廊下を走っていく。ピアノの鍵盤のひとつをたたきつづけたときの音のように。空は夕暮れ独特の青い色をしていた。空のなかにある銀色がすべて消えてしまったときにできる青に。

彼は、私の言うことを聞かなかった。
                 彼とは、私であるのだが。